第3部:「実践的交渉戦術と実例」
第3部は、いつも交渉関連の書籍に取り上げられているトピックから、それに合った交渉事例をお話しいただいている、篠原祥さん。今回の関連書籍は以下の通りです。
今や広く知られていますが、ダニエル・カーネマンによると、人間の脳は情報を処理する際に直感的思考であるシステム1と、論理的思考であるシステム2という二つのモードを使い分けているそうです。冷静な交渉者は、システム2を使って交渉していると思いますが、交渉が難航している時、とりわけ①平行線であることが明らかな時、②立場による違いの隔たりがある時、③交渉が長引き、感情的な対立が発生している時などは、なるべく交渉相手にシステム2を使わせたくない時があります。
では、人はどのような時、システム1に頼りがちになるのか?①疲れている時、②情報量・選択肢が多い時、③時間がない時、④モチベーションが低い時、⑤情報が簡単で見慣れすぎている時、⑥気力や意志の力がない時などが挙げられます。ということは、その様な状況を作り出せば、相手はシステム1に頼る傾向が強まるわけです(逆も然りであることは、頭に入れておかなければなりません)。交渉学においても、相手をシステム1のモードにするための戦術や陥りがちなバイアスが取り上げられています。例えば、
・時間のプレッシャー(Deadlines):相手の決定に一方的に期限を設ける戦術。
・口車戦術(Snow Job): 相手がどの情報が重要で、どの情報がそうでないか判断しかねるほど多くの情報で圧倒する戦術。専門用語の多用もこれに含まれる。相手には非常に高い認知負荷がかかるため、無抵抗に合意してしまうことがある。
・利用可能性ヒユーリースティック:簡単に想起できる情報に頼って判断してしまう傾向のこと。
などがそれにあたります。システム1に頼らせたいのは、システム1には騙されやすい、認知バイアスにより判断を誤りやすいといった欠点があるためです。篠原さんの経験では、口車戦術(Snow Job)は欧州の交渉者が使ってくる戦術として3本の指に入るほど頻繁に見られるものだそうです。
そのような戦術に対する対処として、
1.理解していないことには同意しない
2.要約を求める(最近では、オープンAIも使える)
3.口車戦術(Snow Job)で返す
といった方法があるということでした。
第4部:「『コミュニケーション』と『広報』・『報道』」
第4部は、中沢則夫さん。1.広報(コミュニケーション)の基礎、2.よい広報(=よいプレゼン)のために留意すべきこと、3.報道対応上注意すべきこと、についてお話しいただきました。情報が盛りだくさんでしたので、ここでは要約してお伝えしたいと思います。
1.広報(コミュニケーション)の基礎
1.「広報」と「報道」の違い
・広報対応業務…情報を分かりやすくお知らせする仕事
・報道対応業務…取材者の関心事項に応える仕事
2.その他
・公聴…広く意見や問い合わせを受ける
・情報公開…「行政文書開示制度」に矮小化されていることは多い
・パブリック・アクセプタンス…社会的受容性、社会的合意形成。戦略的に行う必要がある。
・広告…通常は商業広告を指す
3.「広報」の英語訳と使い分け
・Public Relation…若干表面的
・Communication…広報対象への情報伝達(通常は望ましいものを指す)
・Disclosure…公表が義務化されている情報の開示
・Media Handling…報道対応を指すことが多い
・Advertisement…商業広告
4.Communication の諸タイプ
・コミュニケーションの概念は広い…指示、報告、伝承、交渉、調整、すべてコミュニケーション
・情報発信者、受信者も幅広い
5.コミュニケーション・ループ
6.コミュニケーションの事故
・伝言ゲームの悲劇
・受信者の理解不十分による悲劇
・情報の第三種過誤による悲劇
・情報の毀損、憶測や曲解による悲劇
7.広報意図
・政策広報
・世論形成……特定の世論を形成するために広報することがある
・存在の誇示
・アドバルーン…世の中がどう思っているのかを調べる、不都合な情報を小出しにしておくことでガス抜きをするなど
2.よい広報(=よいプレゼン)のために留意すべきこと
1.プレゼンの目的と手法
・プレゼンのタイプ
① 正確な事実を伝える
② 受信者の共感を得る
③ 受信者を説得し、行動を起こさせる
↓
・どのプレゼンをしているのかを意識することが重要
① 数字、5W1H 簡潔
② ムードを盛り上げる仕掛け
③ 受信者が主体的に考えられる材料の提供
2.プレゼンで心掛けるべきこと
・受け手の関心を的確に把握する…関心を向けさせるための仕掛けが有用
・広報情報の伝達経路、伝達速度を理解する…ビジュアルも重要(話し手の見た目、資料の見た目)、情報が伝達される過程で正確さは減衰する、一般に悪事は伝達速度が速く、浸透度が高く、かつ不正確に伝わる、単純な話ほど浸透度は高い
・TPOに合った話題、論法、資料を使う…第一受信者のTPOだけに注力しないよう注意
・明確なメッセージを持つ…受け手に沿う論法、メッセージは明確かつ簡潔に(多くて3つ)
・分かりやすい言葉の使用を心がける…専門用語を使わなければならない時は、分かりやすい解説で補う。
・単純な論理を用いる…せいぜい三段論法ぐらい、論旨展開は、「起承転結」または、「序破急」
・安定感を持った口調・文体を用いる(つまり、平易)…話すスピードは一定に。A4用紙4行を30秒が目安。準備・トレーニングが必要。
※参加者が上司から言われた教え:「プレゼンをする時は、相手が酔っ払いだと思え」
3.「分かり易さ」と「正しさ」のトレードオフ
・正しくても伝わらなければ意味がない
・正確であること≒全てを開示すること、を理解する
・一般的には正しいことより分かりやすいことの方が大事
・脚注の活用、予め限界に言及しておく
3.報道対応上注意すべきこと
1.報道対応の現場= 事件・不祥事対応
・どこまで情報を公表するか?
・緊急記者会見…適切な方法と対応者、内容の正確さ
・経済部記者の動きと社会部記者の動きはまるで違う
・会見前の利害関係者への根回し
2.報道対応で気を付けるべきこと
・窓口の一本化
・電話取材は録音されているものと心得る
・会見における注意事項…これまで述べてきた、適切な対応者、会見で伝える範囲、見た目、感情的にならない
・悪い情報はエスカレートするので、直ちにラインに共有、
・悪い情報の公表の可否・要否の判断
・公表する際は、時間を空けない、嘘をつかない、想定問答を用意
最後に、今回のお話しに関連して、参加者から出たヒントの幾つかを挙げます。
※(簡潔にまとめさせるために)わざと小さなフォントの使用を禁止する。
※資料のまとめとプレゼンの練習を繰り返す(その過程で、論理の矛盾に気づいたりする)
※上記と同じように、スタートアップではプレゼンの訓練をすることが多い。それよりビジネスモデルが磨かれてくる
※会見で、自由にしゃべりたい上司とリスクを回避したい部下(第2部の話であったように、内部調整が必要)
※マンガのようなビジュアルと簡潔な言葉でまとめるという考え方も有効
※プレゼンは場数 練習 重要なプレゼンならビデオを撮って確認するのも有効
今回のお話しの結びに、中沢さんの考える「知的活動」を構成するのは、「予測力」と「伝達力(つまり、コミュニケーション力)」であるということでした。
懇親会は、当社からわずか240mのところにある割烹「仙や」で行われました。マンションが立ち並ぶ下町の中にポツンと現れる美しい日本庭園が魅力のお店です。ちょうど庭の紫陽花が満開でした。
繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした
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