2022年9月168日、第56回燮会がオンラインで行われました。燮会は日本交渉協会が主催する交渉アナリスト1級会員のための勉強会です。
今回からレギュラーの燮会は三部構成で行われることになりました。第一部は、前回(第55回燮会)から始まった、1級会員篠原祥さんによる日々の交渉で頻出する交渉戦術の実例について。今回取り上げられたのは、アメリカ人が最もよく使うと言われ、実際に篠原さんも実務の中で遭遇されるという戦術、「High Ball Low Ball」。達成不可能と思われる途方もなく高い、あるいは低い最初の提案をすることです。
この戦術への対処法は、合理的な提案を再度要求すること、こちらも極端な要求で対抗する、交渉決裂を匂わすといったことが考えられます。また、交渉の準備を念入りに行い、良いBATNA(当該交渉で合意する場合以外の代替案で最善のもの)を用意しておくことも重要です。また、どこで交渉を打ち切るかの「撤退ライン」も自分の中で決めておきます。
もう一つは、両者の提示額に差がある場合、人はその差額の中間点で妥結する傾向があります。日本には「足して二で割る」という言葉がありますが、アメリカでの研究でも「最終合意は、二つの提示の中間点になることが多い」ことが分かっています。長引く厳しい交渉の果てに精神的に疲れ、早く妥結したいという思いに捉われることは、交渉者の心理としてある話だと思います。そこで安易に中間点で妥結することを提案し、損をすることのないよう、交渉学では様々な方法が提案されていますが、今回紹介されたのは、「1・2・3理論」と呼ばれる方法。即ち、こちらと相手の提示額の差(距離)を「1」とします。その「2」分の1が「足して二で割る」場合の妥結点。しかし、最初に中間点を提案してしまうと、相手からさらなる譲歩を求められる可能性があるので、予めその譲歩幅を折り込み、中間点より「3」割ほど高い金額を譲歩案として提示するという方法です。
第二部は、「第18回交渉理論研究」。「分配型交渉の理論」の3回目、「オークションの理論」の前半についてお話ししました。
オークションはゲーム理論で研究されている分野です。交渉でなぜオークションを取りあげるのかと言えば、一つにはオークションは複数人が競合する分配型交渉の特殊形態と見なすことができるということ。もう一つは、オークションは、経済学において社会的総余剰を高める(効率的資源分配を達成する)仕組みと考えられており、分配型交渉理論の主たる関心である「分配」の問題を規範的に解決する一手段として位置づけられるためです。
さて、今回は数あるオークションの中で、「ファーストプライスオークション(最高金額を入札した者が落札する)」と「セカンドプライスオークション(最高金額を入札した者が落札。ただし、落札者は入札された二番目に高い金額を支払えばよい)」の分析を取り上げました。
前提として、幾つか知っておかなければゲーム理論の概念がありますので、4年前の「第2回交渉理論研究」から必要な部分のおさらいをしました。
・支配戦略と弱支配戦略
・被支配戦略の逐次消去
・ナッシュ均衡
その上で、初めに「セカンドプライスオークション」の分析から。詳細は割愛しますが、セカンドプライスオークションにおいては理論上、入札するプレイヤーが獲得したい財に対して持っている評価額(その人が財に対して持っている価値)通りの金額を入札することが最適戦略であることが分かっています。
続いて「ファーストプライスオークション」の分析。まず、数ある戦略の組み合わせ(ここでは36個)から、「被支配戦略の逐次消去」という考え方を使い、弱支配されている戦略を選択肢から外していきます。その結果残ったものが最適戦略になるのですが、この結果から導き出されることは、ファーストプライスオークションにおいては、「評価額の一番高い買い手が、二番目に高い評価額で入札し、その他の買い手は、評価額より1単位低い価格を入札することが解となる」ということです。
因みに、3年前の「第7回交渉理論研究」で、意思決定アプローチ「PrOACT」、そのプロセスの最後にある「トレードオフ」を行う手法としての「等価交換法(Even Swap)」を取り上げました。この等価交換法は、上記の「被支配戦略の逐次消去」を応用した考え方です。
第3部は、1級会員松本邦弘さんによる事例紹介。「産学連携による新たな価値創造」と題してお話しいただきました。大手航空会社にお勤めの松本さんが携わった、離島路線の小規模航空会社、地方国立大学と連携しての価値創造のお話です。
小規模航空会社では、パイロット不足に課題がありました。離島路線は単に乗客を運ぶだけでなく、離島への物資や医薬品の運搬、重症患者の搬送など、離島の住民の皆さんにとってライフラインとなっています。それだけ高い社会的使命を帯びた仕事ではありますが、パイロットを自社で養成する力はなく、全国に数少ない操縦科を持つ大学を卒業し、ライセンスを取得した人材を採用せざるを得ません。しかし、そうした人材はただでさえ数が少ない上、学生の大手志向、LCCなどとの人材のとり合いなどもあり、満足のいく採用ができていませんでした。
これに対し、松本さんがいらっしゃる大手航空会社には社内でパイロットを養成するノウハウがあります。しかし、逆に規模が大きいために離島路線までを自社がカバーすることは困難であり、小規模航空会社が成り立つことはお互いにとって良いことです。
もう一人のプレイヤーは、離島路線のある地方の国立大学です。この大学に操縦科はありませんが、地域に貢献する人材を育成したいという思いがありました。なお、同大学はこのプロジェクトによって文部科学省の「インターンシップアワード」を受賞しました。
そこで企画されたのが、大手航空会社がインターンプログラムとして、この大学に学生にセスナ機の操縦体験を提供します。まず、これにより大学生の皆さんに就職先の選択肢として、パイロットに関心を持ってもらうことができます。また、飛行機の操縦というものは隣に乗機する教官が肌で感じて訓練生のパイロットとしての適性を見極めなければならない側面があるそうで、この操縦体験により潜在的にパイロットの適性を持った人材を発掘することもできます。
プログラムを終え、小規模航空会社を志望する場合、条件付き内定が得られる可能性が開けます。しかし、ライセンスを取得しなければならないので、地元にある操縦科を持つ大学に通う必要があります。これには決して安いとは言えない費用が掛かりますが、このプログラムでは奨学金など様々な支援が受けられます。大手航空会社にとっても、元々採用は普通の四年制大学からですので、四年制の国立大学の学生にパイロットへの関心を持ってもらうことは、採用の母集団を広げる意味で利があります。
交渉にも通じる、松本さんがこのプロジェクトで大事にしたことは、特に初動の対応です。過去に例のない企画を初顔合わせのメンバーが行わなければならないため、三者の信頼関係の構築、そして共通のゴール(何のために取り組むのか?トラブルがあっても立ち戻れる共通の価値観)の設定に時間をかけたそうです。その結果、意見の食い違いによる対立はあっても、それはあくまで共通のゴール実現のための建設的なものであり、そもそもプロジェクト自体をやるか、やらないかというような議論に陥ることを防ぐことができたそうです。
この信頼関係を構築すること、ゴールの共有を実現するため、松本さんは次の三つを大切にされているとのことでした。
●たずねる:必ず相手に会うという「訪ねる」と、相手の真意を深く理解するための「尋ねる」とがある。
●おぼえる:入手した情報(特に相手に関する情報)を覚えておく。会議前に必ず前回のおさらいをする。
●わすれる:時には自分のユニークな経験ゆえに自信過剰バイアスに陥ることも。これを防ぐため、我を捨て相手を尊重することを心がける。
同プロジェクトの資金面をサポートする金融機関との交渉が難航した際も、平素から相手を深く理解する習慣が役立ったそうです。当初予定していた金融機関との交渉が暗礁に乗り上げた際、同プロジェクトの趣旨を理解してもらえそうな代替金融機関を見つけることができたのも、別件でその金融機関の性格を把握できていたからでした。交渉の本台に入る前の土台作りがいかに大切か、平素から深く相手を知り、信頼関係を築いておくことがいかに力となるかを改めて考えさせられるお話でした。
繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした
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