都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「彫刻家エル・アナツイのアフリカ」 埼玉県立近代美術館
埼玉県立近代美術館
「彫刻家エル・アナツイのアフリカ」
7/2-8/28
ガーナ出身の現代アーティスト、エル・アナツイ(1944~)の作品世界を紹介します。埼玉県立近代美術館で開催中の「彫刻家エル・アナツイのアフリカ」へ行ってきました。
ボトルキャップなどの金属の廃品を用い、あたかも巨大なタペストリーのようなインスタレーションを展開するエル・アナツイですが、ここ埼玉県美のスペースでも、その作品の魅力を余すことなく見せつけています。
展示では初めにキャリア初期、ようは木材などを素材にしていた80年代から90年代以降までの作品を据え、以降、主に2010年近辺のボトルキャップなどを用いた大作を紹介、そして最後にはアナツイの育ったガーナのアサンテ文化を紹介する内容となっていました。
構成は以下の通りです。
第1章 記憶を彫る
第2章 歴史を紡ぐ
第3章 創造のプロセス
第4章 作品の背景-社会、歴史、文化
「あてどなき宿命の旅路」 1995年 木、ゴム 世田谷美術館蔵
冒頭は80~90年代に制作した木材を素材する作品です。丸太を切り抜き、あたかも人の形に見立てた「預言者たち」の他、何枚かの板を繋ぎ合わせ、一枚の絵に仕立てた作品などが登場します。
「共謀者たち」1997年 木、彩色 作家蔵
中でも印象的なのは縦1メートルほどの板を10枚ほどつなげ、凹凸であたかも水のせせらぎを表現した「流れ」でした。アナツイの作品には後の金属のインスタレーションの例を挙げるまでもなく、こうした大地や川など、自然への共感の眼差しを強く感じさせます。故郷の土地の記憶は、アナツイの手を借りて、また新たなる形となって我々の前に姿を現しました。
2000年近くに入ると作風に変化が生じます。アナツイは素材を木材から金属、しかも廃品に替え、どちらかといえばインスタレーション的な大作を次々と手がけるようになりました。
その金属の廃材は何も先に触れたボトルキャップにだけに留まりません。印刷原板のアルミを銅線でつなぎ、人がすっぽり入るほどのカゴを並べた「くずかご」の他、廃材の錫を床面に這うように連ね、まるで川の流れる様子を表現したかのような「排水管」なども展示されていました。
なおこの「くずかご」と「排水管」の置かれた展示室は、埼玉県美唯一の屋外に面したガラス張りの空間でした。差し込む外光は金属に煌めきを与え、当初の素材からは思いもつかぬ美しさをより一層引き出していたのではないでしょうか。効果的でした。
また同じスペースにある「インクの染み」の青い瞬きも忘れられません。アルミを結びあわせ、4メートル四方の大きさで壁から吊り下げた作品は、まさに緩やかなドレープを描く金属のタペストリーでした。
「グリ(壁)」2009年 アルミニウム、銅線 作家蔵 *ライス大学アートギャラリーでの展示
外光を取り込んだ空間から一転、暗室で展開されるのが「グリ」と呼ばれる4~5点の連作シリーズです。こちらも僅か数センチ四方の金属廃品の破片を縦横数メートルほどに繋げた、やはり金属の織物というべき作品ですが、それが行方を遮るように交互に吊るされているため、まるで洞窟の中にある壁画を彷徨いながら見ているような気持ちにさせられます。
何しろ暗いので、個々の素材の色味までを楽しむまでには至りませんが、逆に作品全体の重み、ようは物質感を全身で受け止めるような展示といえるかもしれません。手狭なスペース、また低めの天井高など、どことなく空間に制約のある埼玉県美ですが、この明から暗の展開をはじめ、展示全体を器用に演出していたのには感心しました。
「重力と恩寵」2010年 ボトルキャップ(アルミニウム)、銅線 作家蔵
メインスペースではその金属のタペストリーが6~7点ほど展開します。アルミキャップの破片は赤や青などの色でまとめあげられ、それが作品に様々な表情を与えていました。織りなすドレープは作品に絶妙な陰影をもたらしています。上空から大地の斑紋を俯瞰したような「大地の皮膚」のスケール感は圧倒的でした。
「重力と恩寵」(ディテール)
最後にはアナツイがどのようにして一連の作品を制作しているのかがビデオ映像などで明かされ、さらには彼の生地でもあるガーナのアサンテ文化などが紹介されています。
それによればアナツイが作品のイメージをスケッチした後、実際の金属を数名のアシスタントが次々と繋ぎ合わせていくのだそうです。ようは工房形式です。また文化で興味深いのは、アサンテではケンテクロスという織物が盛んであること、さらにはアフリカでは廃材を再利用することが一般的(廃材による玩具などが紹介されていました。)であることなどでした。
ちなみにアナツイ自身、織物職人の一族を出自としています。まさに廃品の金属によるタペストリーとは、彼の育った一家や文化を反映したものかもしれません。
「レッド・ブロック」2010年 アルミニウム、銅線 作家蔵
素材が意外と限定されている分、作品から広がるイメージも無限大とはいえないかもしれませんが、それでも元々は廃材に過ぎなかった金属の破片から水や大地を思う経験は希有です。またアフリカ、プリミティブ云々の文脈で語られる以前に、作品自体がかなり洗練されていたのも私には好印象でした。
もう間もなく会期末を迎えます。次の日曜、8月28日までの開催です。
「彫刻家エル・アナツイのアフリカ」 埼玉県立近代美術館
会期:7月2日(土)~8月28日(日)
休館:月曜日(7月18日は開館)
時間:10:00~17:30
住所:さいたま市浦和区常盤9-30-1
交通:JR線北浦和駅西口から徒歩3分。北浦和公園内。
「彫刻家エル・アナツイのアフリカ」
7/2-8/28
ガーナ出身の現代アーティスト、エル・アナツイ(1944~)の作品世界を紹介します。埼玉県立近代美術館で開催中の「彫刻家エル・アナツイのアフリカ」へ行ってきました。
ボトルキャップなどの金属の廃品を用い、あたかも巨大なタペストリーのようなインスタレーションを展開するエル・アナツイですが、ここ埼玉県美のスペースでも、その作品の魅力を余すことなく見せつけています。
展示では初めにキャリア初期、ようは木材などを素材にしていた80年代から90年代以降までの作品を据え、以降、主に2010年近辺のボトルキャップなどを用いた大作を紹介、そして最後にはアナツイの育ったガーナのアサンテ文化を紹介する内容となっていました。
構成は以下の通りです。
第1章 記憶を彫る
第2章 歴史を紡ぐ
第3章 創造のプロセス
第4章 作品の背景-社会、歴史、文化
「あてどなき宿命の旅路」 1995年 木、ゴム 世田谷美術館蔵
冒頭は80~90年代に制作した木材を素材する作品です。丸太を切り抜き、あたかも人の形に見立てた「預言者たち」の他、何枚かの板を繋ぎ合わせ、一枚の絵に仕立てた作品などが登場します。
「共謀者たち」1997年 木、彩色 作家蔵
中でも印象的なのは縦1メートルほどの板を10枚ほどつなげ、凹凸であたかも水のせせらぎを表現した「流れ」でした。アナツイの作品には後の金属のインスタレーションの例を挙げるまでもなく、こうした大地や川など、自然への共感の眼差しを強く感じさせます。故郷の土地の記憶は、アナツイの手を借りて、また新たなる形となって我々の前に姿を現しました。
2000年近くに入ると作風に変化が生じます。アナツイは素材を木材から金属、しかも廃品に替え、どちらかといえばインスタレーション的な大作を次々と手がけるようになりました。
その金属の廃材は何も先に触れたボトルキャップにだけに留まりません。印刷原板のアルミを銅線でつなぎ、人がすっぽり入るほどのカゴを並べた「くずかご」の他、廃材の錫を床面に這うように連ね、まるで川の流れる様子を表現したかのような「排水管」なども展示されていました。
なおこの「くずかご」と「排水管」の置かれた展示室は、埼玉県美唯一の屋外に面したガラス張りの空間でした。差し込む外光は金属に煌めきを与え、当初の素材からは思いもつかぬ美しさをより一層引き出していたのではないでしょうか。効果的でした。
また同じスペースにある「インクの染み」の青い瞬きも忘れられません。アルミを結びあわせ、4メートル四方の大きさで壁から吊り下げた作品は、まさに緩やかなドレープを描く金属のタペストリーでした。
「グリ(壁)」2009年 アルミニウム、銅線 作家蔵 *ライス大学アートギャラリーでの展示
外光を取り込んだ空間から一転、暗室で展開されるのが「グリ」と呼ばれる4~5点の連作シリーズです。こちらも僅か数センチ四方の金属廃品の破片を縦横数メートルほどに繋げた、やはり金属の織物というべき作品ですが、それが行方を遮るように交互に吊るされているため、まるで洞窟の中にある壁画を彷徨いながら見ているような気持ちにさせられます。
何しろ暗いので、個々の素材の色味までを楽しむまでには至りませんが、逆に作品全体の重み、ようは物質感を全身で受け止めるような展示といえるかもしれません。手狭なスペース、また低めの天井高など、どことなく空間に制約のある埼玉県美ですが、この明から暗の展開をはじめ、展示全体を器用に演出していたのには感心しました。
「重力と恩寵」2010年 ボトルキャップ(アルミニウム)、銅線 作家蔵
メインスペースではその金属のタペストリーが6~7点ほど展開します。アルミキャップの破片は赤や青などの色でまとめあげられ、それが作品に様々な表情を与えていました。織りなすドレープは作品に絶妙な陰影をもたらしています。上空から大地の斑紋を俯瞰したような「大地の皮膚」のスケール感は圧倒的でした。
「重力と恩寵」(ディテール)
最後にはアナツイがどのようにして一連の作品を制作しているのかがビデオ映像などで明かされ、さらには彼の生地でもあるガーナのアサンテ文化などが紹介されています。
それによればアナツイが作品のイメージをスケッチした後、実際の金属を数名のアシスタントが次々と繋ぎ合わせていくのだそうです。ようは工房形式です。また文化で興味深いのは、アサンテではケンテクロスという織物が盛んであること、さらにはアフリカでは廃材を再利用することが一般的(廃材による玩具などが紹介されていました。)であることなどでした。
ちなみにアナツイ自身、織物職人の一族を出自としています。まさに廃品の金属によるタペストリーとは、彼の育った一家や文化を反映したものかもしれません。
「レッド・ブロック」2010年 アルミニウム、銅線 作家蔵
素材が意外と限定されている分、作品から広がるイメージも無限大とはいえないかもしれませんが、それでも元々は廃材に過ぎなかった金属の破片から水や大地を思う経験は希有です。またアフリカ、プリミティブ云々の文脈で語られる以前に、作品自体がかなり洗練されていたのも私には好印象でした。
もう間もなく会期末を迎えます。次の日曜、8月28日までの開催です。
「彫刻家エル・アナツイのアフリカ」 埼玉県立近代美術館
会期:7月2日(土)~8月28日(日)
休館:月曜日(7月18日は開館)
時間:10:00~17:30
住所:さいたま市浦和区常盤9-30-1
交通:JR線北浦和駅西口から徒歩3分。北浦和公園内。
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