「小林かいち展」 武蔵野市立吉祥寺美術館

武蔵野市立吉祥寺美術館
「生誕120年記念 小林かいち」 
8/13~9/25



武蔵野市立吉祥寺美術館で開催中の「生誕120年記念 小林かいち」を見てきました。

明治29年に京都に生まれ、木版の絵葉書や絵封筒の図案を手がけた作家、小林かいち(1896~1968)。60歳余で生涯を全うしたものの、主な制作期は大正末から昭和初期のみ。ほかの経歴なども明らかではなく、かつては「謎のデザイナー」と呼ばれたこともありました。

このところ再評価の機運が高まっているそうです。生誕120年を期しての展覧会です。出品は500点。いずれも伊香保の保科美術館のコレクションでした。


絵封筒「街燈の女」

かいちは当初、小林うたぢの名で活動。着物の図案描きなどで生計を立てていました。転機は関東大震災です。その後に新京極の土産物店「さくら井屋」より「現代的版画抒情絵葉書」を刊行。名をかいちと改めてデビューします。

そもそも大正初期から少女の間で絵葉書が流行していました。背景には私製葉書の解禁、ないしは女子の教育制度の普及などがあったそうです。コミュニケーションが盛んになったのでしょう。そこにかいちの絵葉書が火をつけます。何といっても豊かな抒情性です。夢二にも由来。大正ロマンを色濃く感じさせます。絵葉書は京土産の定番と化したのかもしれません。現代的抒情シリーズは5枚で20銭でした。コレクションのための専用アルバムなども売られていたそうです。

震災の影響も垣間見えます。例えば「祈りの夕」。女性が膝をついています。背景は紅色。細身のシルエットは確かに夢二画を思い起こさせます。震災で亡くなった方々に祈りを捧げているのでしょうか。ほかにも嘆きや涙なども画題として取り込まれました。


小林かいち 絵葉書「彼女の青春」

興味深いのは異国のモチーフを積極的に描いたことです。例えばピエロやトランプ、ゴンドラ、それに教会や十字架も登場します。そもそもかいちのデザインにはアール・デコや未来派の影響も少なくありません。花も外国原産のバラやスズランを好んで描いています。

特に目立つのは十字架でした。例えば「踏絵の女」です。左に大きな十字架、磔刑のキリストの姿も見えます。そこにもたれかかるのが女性です。マグダラさながらに悲しんでいます。ただし和装です。そして足元の小さな蝋燭に火が灯っています。かいちは何もキリスト教徒だったわけではありません。あくまでも儚さや祈りを表すために十字架や蝋燭を用いているわけです。


小林かいち 絵封筒「ハートと花瓶」

恋愛を示すハートも得意のモチーフです。「ハートと花瓶」に目が留まりました。ハートのエースの上の花瓶。赤やピンクの花はトランプへ雫を落としています。さも花が魂を持って涙を垂らしているかのようです。まさに抒情的と言えるのではないでしょうか。


小林かいち 絵葉書「灰色のカーテン」

いずれも魅惑的なかいちのデザインです。この一点を挙げるのは難しいかもしれませんが、「灰色のカーテン」は特に目を引くのではないでしょうか。ピンクのカーテンを背に立つのは女性。珍しいヌードです。よく見ると長い十字架を手にしています。カーテンは花柄です。ほぼ画面の全てを覆い尽くします。一方で影の空間には点線でハートが描かれていました。まるで万華鏡の中を覗きこんでいるかのようです。華やかで美しい。ひょっとすると着物の意匠などを参照しているのかもしれません。

京都の舞妓や名所も描いた絵葉書もありました。「版画抒情絵葉書」のシリーズです。伝統を意識したのか、同じ抒情シリーズから現代的という言葉を除いています。「ある日の舞妓」の提灯はさくら井屋の商標。かいち自身がデザインしたそうです。名所では金閣、清水などの定番の光景を表しています。かいちは確かにアール・デコなど、洗練されたデザインも特徴ですが、時に日本の古い花鳥画のモチーフも見え隠れしています。その折衷的な表現も魅力の一つかもしれません。


小林かいち 絵封筒「女ひとり」

ちなみにかいちの活動したさくら井屋は2011年、170年の歴史をもって店を閉じたそうです。とは言え、かいちのデザイン、これからも愛され続けるに違いありません。

大正の少女の手紙文化に関する展示もありました。当時の少女雑誌なども出ています。かいちの受容の参考になりました。

「小林かいち:乙女デコ・京都モダンのデザイナー/河出書房新社」

カタログの発行はありませんが、ショップにてかいち関連の書籍が何種類か発売されています。中でも河出書房新社の「小林かいち 乙女デコ・京都モダンのデザイナー」が手軽でかつ内容も充実していました。図版の一部はモノクロですが、作品を網羅的に掲載されています。私も購入しました。



入館料はいつものお得な100円でした。9月25日まで開催されています。おすすめします。

「生誕120年記念 小林かいち」 武蔵野市立吉祥寺美術館@kichi_museum
会期:8月13日(土)~9月25日(日)
休館:8月31日(水)
時間:10:00~19:30
料金:一般100円。小学生以下・65歳以上は無料。
住所:武蔵野市吉祥寺本町1-8-16 FFビル7階
交通:JR線・京王井の頭線吉祥寺駅中央口(北口)から徒歩約3分。コピス吉祥寺A館7階。
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