「塩田千春展:魂がふるえる」 森美術館

森美術館
「塩田千春展:魂がふるえる」
2019/6/20~10/27



森美術館で開催中の「塩田千春展:魂がふるえる」を見てきました。

1972年に大阪で生まれ、現在はベルリンを拠点に活動する塩田千春は、これまでにも「記憶、不安、夢、沈黙」(解説より)などを表現したインスタレーションを多く発表してきました。

その塩田の過去最大となる個展が「魂がふるえる」で、インスタレーションをはじめ、映像、写真、ドローイングなどで、約25年に渡る制作を網羅的に紹介していました。


塩田千春「不確かな旅」 2016/2019年

これほど冒頭から多くの人の心を掴みとる展示も少ないかもしれません。舟を模した鉄枠より、さも炎が燃えるかのように赤毛糸が広がるのが、「不確かな旅」と題したインスタレーションで、まさに展示室の一面が輝かしいまでの赤に染まっていました。


塩田千春「不確かな旅」 2016/2019年

「糸はもつれ、絡まり、切れ、解ける。それは、まるで人間関係を表すように、私の心をいつも映し出す。」塩田千春 *会場内より


塩田千春「不確かな旅」 2016/2019年

おおよそ見当もつかないほど無数に張り巡らされた糸は、互いに複雑に絡み合いながら、舟から激しく吹き上がるように上へ広がっては、天井や壁へと達していました。それらは何やら身体を巡る血管のようでもある一方、様々な情念を表すエネルギーが噴出しているかのようでもありました。


塩田千春「不確かな旅」 2016/2019年

塩田の赤い糸のインスタレーションといえば、2016年にKAAT神奈川芸術劇場での「鍵のかかった部屋」も圧巻でしたが、同様のスケール感があったかもしれません。


塩田千春「蝶のとまっているひまわり」 1977年

まさか5歳の時に描いた水彩画が出ているとは思いませんでした。それが「蝶のとまっているひまわり」で、黄色いひまわりにオレンジの蝶がとまる様子を奔放に捉えていました。また左上に塩田の自身の名を記していましたが、右からの鏡文字になっていました。


塩田千春「無題」 1992年

大学1年生の時の油彩、「無題」も興味深い作品かもしれません。黄色や緑など色を分厚いタッチで塗りこめた抽象画で、とりわけねっとりと焦げた血のような赤が目を引きました。ともすると塩田の赤の原点がここにあったのかもしれません。

今でこそインスタレーション作家としての印象の強い塩田ですが、そもそもは半ば身体を張ったパフォーマンスでも知られたアーティストでした。うち「バスルーム」は、自宅のバスタブで泥を被りながら、「洗っても拭えない皮膚の記憶」(解説より)を表した映像で、パフォーマンスを映像化した最初の作品でした。その光景は、身体に染み付いた怨念を打ち払うかのようで、不気味にも映りました。


塩田千春「アフター・ザット」 1999年、「皮膚からの記憶」 2000/2001年

この皮膚も塩田にとって重要なモチーフの1つでした。「アフター・ザット」は自身の縫った長さ7メートルにも及ぶ泥まみれのドレスを壁に吊り、上からシャワーで水を流し続けるインスタレーションで、ドレスは不在の身体を示すとして、「どれだけ洗っても皮膚の記憶は洗い流せない」(解説より)としていました。そしてこの作品は、後にドレスの長さを13メートルに伸ばし、タイトルを「皮膚からの記憶」と変え、第1回の横浜トリエンナーレに出展されました。おそらくは多くの人々に強い印象を与えたのではないでしょうか。


塩田千春「小さな記憶をつなげて」 2019年

窓の外に東京を一望するスペースに展開した、「小さな記憶をつなげて」も魅惑的でした。塩田が古くから集めてきた家具のミニチュアがたくさん置かれていて、それらは互いに赤や黒の糸で絡むように繋がっていました。ドールハウスのような雰囲気も感じられるかもしれません。


塩田千春「小さな記憶をつなげて」 2019年

また家具のみならず、鍵やビーズ、さらには短い鉛筆などもあり、さながらおもちゃ箱をひっくり返したような光景が広がっていました。その1つ1つに塩田の大切にしてきた記憶や体験が込められているのかもしれません。


塩田千春「静けさのなかで」 2002/2019年

赤糸より一転し、無数の黒糸で覆われた「静けさのなかで」も圧巻のインスタレーションでした。もはや行く手を阻むかのように広がる黒糸の向こうには、一台の焼けたピアノと、同じく黒焦げになった椅子がいくつか置かれていて、不穏な気配が漂い、それこそ火事で焼けた家を目の当たりにしたような恐怖感すら覚えました。

塩田は9歳の頃、隣の家の火事を目撃し、次の日に外に焼け出されたピアノが「以前にも増して美しく見えた。」と語っています。そして「何ともいえない沈黙が襲い、焼けた匂いが家に流れるたびに、自分の声が曇る」のを感じたそうです。*「」内は解説より。


塩田千春「静けさのなかで」 2002/2019年

洞窟を築くような黒い糸は、ピアノを拘束するかのように覆いかぶさり、椅子もろともを飲み込んでいました。椅子とピアノの位置関係からすれば、演奏者と聴衆の向き合うコンサート会場のようにも見えますが、ともかく何者も存在しない空間、言わば喪失感を強く感じさせてなりませんでした。


塩田千春「内と外」 2009/2019年

塩田の拠点にするベルリンを舞台としたのが「内と外」で、旧東側で集められた古い窓枠を積み上げては、1つの屈曲した壁を築いていました。そして「内と外」の前にはベルリンの工事現場を捉えた写真が並んでいて、壁の崩壊後も変わり続けた街の姿を記録していました。


塩田千春「ベルリンの工事現場」 2004年

「人為的に28年もの間、東西に別れ、同じ国籍の同じ言葉の人々が、どういう思いでこのベルリンの生活を見ていたのだろう。」 塩田千春 *会場内より


塩田千春「集積:目的地を求めて」 2014/2019年

入口の「どこへ向かって」で誘われた塩田の作品世界への旅は、スーツケースが天の高みを目指した「集積:目的地を求めて」にてフィナーレを迎えました。約400以上ものスーツケースが赤い糸で階段状に吊るされていて、スーツケースは時折、まるで自ら意思を持つかのように振動していました。


塩田千春「集積:目的地を求めて」 2014/2019年

いずれもドイツで集められたトランクで、全て使い古しであるのか、中には相当に年季の入っているものもありました。既に本来の持ち主との旅を終えたトランクは、ここで塩田の手を介しては、また新たな旅をはじめたとしても良いかもしれません。

この他、撮影は出来ませんでしたが、塩田が過去に手がけた舞台美術も興味深いものがありました。そのうちドイツではキール歌劇場において、「トリスタンとイゾルデ」や「神々の黄昏」などのワーグナーの作品の演出も行なっていて、展示でも記録映像や写真などを通し、舞台の一端を知ることも出来ました。


塩田千春「時空の反射」(部分) 2018年

会場内の状況です。今回はタイミング良く、夏休み前の平日の火曜日に見ることが出来ました。15時頃に美術館へ到着し、特に並ぶこともなく入館すると、場内は思いがけないほどの混み合っていました。特に大規模なインスタレーションは写真映えもするため、スマホなどで記念撮影を楽しむ方が多く見受けられました。海外のお客さんも目立っていました。



実際に開幕22日目の7月11日には、入館者が早くも10万人に達しました。SNSでの拡散、及び展望台やピクサー展への来館者との相乗効果などもあり、連日、多くの方で賑わっているようです。


塩田千春「赤と黒」 2019年

この日は火曜日のため、閉館時間が17時でした。そのためか16時を過ぎると人出もやや落ち着き、16時半以降には最初の展示室も人が疎らになりました。


塩田千春「どこへ向かって」 2017/2019年

この夏と秋、全国でも最も話題を集める現代美術展になるかもしれません。また森美術館のチケットブースは展望台や他の展示と共通のため、混雑時は並ぶことも少なくありません。事前にオンラインなどで用意されることをおすすめします。


10月27日まで開催されています。

「塩田千春展:魂がふるえる」 森美術館@mori_art_museum
会期:2019年6月20日(木)~10月27日(日)
休館:会期中無休。
時間:10:00~22:00
 *火曜日は17時で閉館。但し10⽉22⽇(⽕)は22時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1800円、学生(高校・大学生)1200円、子供(4歳~中校生)600円、65歳以上1500円。
住所:港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階
交通:東京メトロ日比谷線六本木駅より地下コンコースにて直結。都営大江戸線六本木駅より徒歩10分。都営地下鉄大江戸線麻布十番駅より徒歩10分。

注)写真はいずれも「クリエイティブ・コモンズ表示 - 非営利 - 改変禁止 4.0 国際」ライセンスでライセンスされています。
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