「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」 ポーラ美術館

ポーラ美術館
「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」
2019/8/10~12/1



ポーラ美術館で開催中の「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」を見てきました。

印象派絵画を筆頭に、彫刻、東洋陶磁、ガラス工芸など幅広いコレクションを有するポーラ美術館が、2002年の開館以来、初めて現代美術とのコラボレーション展を実現させました。

それが「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」展で、クールベ、モネ、セザンヌの他、東洋陶磁などの同館のコレクションと、国内外の12組の現代美術家の作品が合わせて公開されていました。

カランカランと鳴り響く透明感のある音が耳に聞こえてきました。それがフランスのアーティスト、セレスト・ブルシエ=ムジュノの「クリナメンv.2」で、たくさんの白いボウルが円形のプールの上に漂ってはぶつかる音でした。


クロード・モネ「睡蓮」 1907年 ポーラ美術館

ボウルは水の流れにより常に動いていて、どこかで互いに絶え間なく衝突しては、偶発的に音を奏でていました。そしてこの作品とともに展示されたのがモネの「睡蓮」で、まさに水にたゆたい、複雑な光を放つ睡蓮が、「クリナメンv.2」の音の移ろいに響き合うかのようでした。


石塚元太良×ルネ・マグリット 「偽る風景」

アラスカを撮影した石塚元太良の写真も興味深い作品ではないでしょうか。カヌーで同地を探検して見つけた氷河の風景は、時に実景とは思えないほど絵画的で、確かに「超現実」(解説より)的にも見えました。


右:ルネ・マグリット「前兆」 1935年 ポーラ美術館

そして隣り合うマグリットの「前兆」と見比べても、どちらがリアルな光景で絵画なのか、にわかには判別し難い面があるかもしれません。その絶妙なズレに面白さを感じました。


ヴォルフガング・ティルマンス×エドゥアール・マネ 「世界を見つける」

現代美術と西洋絵画の意外な邂逅とも呼べるのが、写真家のヴォルフガング・ティルマンスと、エドゥアール・マネによる「世界を見つける」と題した展示でした。


ヴォルフガング・ティルマンス×エドゥアール・マネ 「世界を見つける」

そこでは日常の何気ない光景を断片的に捉えたティルマンスの写真と、寓話の場面を組み込んだマネの「サラマンカの学生たち」などの絵画が入り混じっていて、不思議と1つの物語を紡ぐかのような空間を作り上げていました。ひょっとすると「草上の昼食」において裸婦像を人間として表したマネの革新性と、新たな視点で世界を見つめようとするティスマンスのスタンスに何らかの共通点が見出せるのかもしれません。


アリシア・クワデ×サルバドール・ダリ 「鏡の向こう側」 *作品タイトルは「まなざしの間で」

まさに視覚を揺さぶられるとはこのことを指すのかもしれません。ポーランド生まれのアーティスト、アリシア・クワデは、ガラスや金属フレーム、それに電球などを用いた「まなざしの間で」を展示室の中央に設置していて、その向こうにはダリの絵画、「姿の見えない眠る人、馬、獅子」が掲げられていました。一見するところ、無機的なインスタレーションとダリの作品に関係性は見出せないかもしれません。


アリシア・クワデ×サルバドール・ダリ 「鏡の向こう側」

しばらく「まなざしの間で」の周りを歩いていると前に開ける景色に驚きました。とするのも、作品にはガラスと鏡が組み合わされているため、時に自分の姿が写り込んだり、向こうが見通せたりと、様々に変化して見えるからでした。そして幾つかの立ち位置からでは、本来あるはずのダリの絵画がなくなったり、2枚あるように見えることもありました。


サルバドール・ダリ「姿の見えない眠る人、馬、獅子」 1930年 ポーラ美術館

そうしたまるで迷宮の中を彷徨う感覚こそ、ダリの絵画世界にも近い面があるのではないでしょうか。鏡像と実像で変化する景色にしばし見入りました。


アブデルカデル・バンシャンマ×ギュスターヴ・クールベ 「神秘の大地」

フランスの作家、アブデルカデル・バンシャンマは、展示室全体をダイナミックに覆うドローイングの壁画を制作しました。いずれもモノクロームで大波、あるいは大地や地層が隆起するような大胆な表現を用いていて、一部はパネル状の立体としても展開していました。


ギュスターヴ・クールベ「岩のある風景」 ポーラ美術館

そのバンシャンマが敬愛するのがギュスターヴ・クールベで、同じく岩山を力強い筆触で描いた「岩のある風景」が展示されていました。ちょうどドローイングの中に掲げられていたからか、さも画中の世界が壁画に広がっていくような錯覚にもとらわれるかもしれません。


渡辺豊×ポール・セザンヌ、パブロ・ピカソ、レオナール・フジタ 「ポートレート」

古くから多くの画家らの表現してきた肖像、すなわちポートレートをテーマとした展示も充実していました。ここではピカソ、セザンヌ、フジタらの描いた絵画とともに、渡辺豊がモデルたちの名前をネット上に求め、真偽の混じるイメージから表したポートレートを並べていました。どれもがキュビスムを思わせる画風で、元の作品との関係を追うのも面白いかもしれません。


オリヴァー・ビア×東洋陶磁 「声のかたち」

イギリスのオリヴァー・ビアは、ポーラ美術館の陶器コレクションを用いて、オーケストラのような音響空間を築き上げました。ステージ上には、古代アナトリアの壺や古代ギリシャのアンフォラ、そしてコンゴの仮面や日本の陶磁、さらにはイギリスの砲弾などが並べられていて、それぞれの器にマイクを差し込み、内部で反響した音を増幅させては、スピーカーから空間全体に響かせていました。


オリヴァー・ビア×東洋陶磁 「声のかたち」

それこそ楽器が固有の音を持つように、個々の器も独特な音を奏でていて、さも器自身に音が宿っているかのようでした。音と器に着目した他にはないアプローチではないでしょうか。

さて一連の「シンコペーション」展は、美術館内だけで完結しているわけではありません。美術館の外へ連なる森林、「森の遊歩道」も会場の1つでした。なお入口は一度、美術館のエントランスを出て左手に進み、駐車場の横に位置します。展示室から直接の出入りは出来ません。(再入場が可能です。)



美術館の建物を横目に、屋外彫刻などを鑑賞しながら遊歩道を歩くと、いつしか木漏れ日の差し込む鬱蒼とした森の中に入っていました。



するとどこからともかく軽やかなフルートの調べが奏でられていることに気がつきました。しかし周囲を見回しても音のありかはよく分かりませんでした。



遊歩道の最奥部に音の主がありました。それがイギリスのスーザン・フィリップスの「ウインド・ウッド」で、ラヴェルの「シェヘラザード」より魔法の笛の旋律を切り取った音を、森の樹木に11個のスピーカーから流していました。その音色は、鳥のさえずりや小川の流れる音、また風が樹木を揺らす音などを一体化し、あたかも森の精霊が声を発しているかのような幻想的な空間を作り上げていました。

まさに緑に囲まれ、森の中に位置したポーラ美術館でなければ叶わないような展示ではないでしょうか。何度か深呼吸をしながら、しばし時間を忘れては、美しい音色に聞き惚れました。

タイトルの「シンコペーション」とは、「基準となるリズムの拍をずらして、楽曲に変化を与える音楽の手法」(解説より)を意味します。それゆえか音楽的な要素を盛り込んだ作品が目立っていました。視覚と聴覚の両面で楽しめる展覧会といえるかもしれません。



タイミング良く晴天の日に鑑賞することが出来ましたが、荒天時は「森の遊歩道」を閉鎖する場合があるそうです。また高低差のある地形でもあるため、歩きやすい靴や服装で出かけることをおすすめします。



なお台風19号により、一時臨時休館していたポーラ美術館ですが、10月14日より開館しました。「森の遊歩道」のインスタレーションも通常通り観覧出来ます。

しかし箱根地区は、土砂災害により交通アクセスが寸断され、箱根登山鉄道が全線不通になるなど、大きな影響が出ています。全て復旧するには相当の時間がかかると思われます。


10月17日現在、箱根湯本からポーラ美術館を結ぶ直通バスも運休中です。美術館へのアクセス情報については同館の公式サイトでも発表されています。お出かけの際は十分にご注意下さい。

台風19号の影響による交通アクセス状況のお知らせ(ポーラ美術館)

一部を除き撮影も可能です。12月1日まで開催されています。おすすめします。

「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」 ポーラ美術館@polamuseumofart
会期:2019年8月10日(土)~12月1日(日)
休館:会期中無休。
時間:9:00~17:00 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1800(1500)円、65歳以上1600(1500)円、大学・高校生1300(1100)円、中学生以下無料。
 *( )内は15名以上の団体料金。
住所:神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285
交通:箱根登山鉄道強羅駅より観光施設めぐりバス「湿生花園」行きに乗車、「ポーラ美術館」下車すぐ。小田急線・箱根登山鉄道箱根湯本駅より箱根登山バス「ポーラ美術館」(桃源台線)行きに乗車、「ポーラ美術館」下車すぐ。(所要時間約40分)有料駐車場(1日500円)あり。
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