小田原文化財団「江之浦測候所」への旅 前編:明月門エリア

小田原文化財団「江之浦測候所」へ行ってきました。

現代美術家の杉本博司は、自らのコレクションを公開すべく、2017年10月、神奈川県小田原市に建築施設や庭園からなる江之浦測候所をオープンしました。



最寄駅はJR東海道線の根府川駅でした。10時前の電車で駅に到着すると、淡い水色に彩られた木造の可愛らしい駅舎が出迎えてくれました。相模湾に面した同駅は見晴らしの良いことでも知られ、関東の駅百選に認定されています。



根府川駅からの徒歩アクセス(約50分)は現実的ではありません。よって事前に予約しておいた無料送迎バスで行くことにしました。午前のバスは9:45、10:05、10:30の3便あり、駅前から10:05の便に乗車すると、バスはカーブの多い山間の道をしばらく登って、約10分ほどで江之浦測候所の駐車場にたどり着きました。



江之浦測候所が位置するのは、箱根外輪山を背にした、相模灘を眼下にした急峻な山地で、駐車場からも海を一望することが出来ました。そして駐車場から坂道を上がると、右手に瓦屋根の古い門、明月門が姿を現しました。



これは室町時代、鎌倉の明月院の正門として建てられ、大正の関東大震災で半壊し、後に解体と保存、また移築されて、戦後に根津美術館の正門として使われた建物でした。2006年の根津美術館の建て替えの際、小田原文化財団へと寄贈され、この地に再建されたそうです。江之浦測候所のシンボルと言えるかもしれません。



ただ受付は明月門にはありませんでした。係の方の誘導により門を横目に進むと、四方をガラスで囲んだ待合所に案内されました。中央には樹齢一千年を超える屋久杉のテーブルが置かれ、窓の外からは箱根外輪山を見渡すことが出来ました。



このスペースが事実上の受付でした。敷地内の見学は原則、自由ですが、入場の際には一度、待合所にて係の方から注意事項などの説明を聞く必要があります。そこでマップを頂戴し、立ち入り禁止エリアなどを説明していただいた後、いよいよ見学となりました。



江之浦測候所のエリアは大きく分けて2つ存在します。1つは待合室やギャラリー棟や光学硝子舞台、茶室からなる明月門エリアです。そしてその先に榊の森、みかん道、化石窟、竹林の小道からなる竹林エリアが続いていました。よって順路の通り、明月門エリアより見学することにしました。



まず待合所の目の前に建つのが、夏至光遥拝100メートルギャラリーと名づけられた、測候所唯一のギャラリー棟でした。ちょうど海抜100メートルの位置に、全長100メートルからなる建物で、ギャラリーの先端部は海に突き出すような展望スペースとなっていました。そして夏至の朝、海から昇る太陽の光がこの建物の中を透過するように設計されていました。



大谷石の壁が特徴的な建物の中には、杉本の海景シリーズの作品が展示されていて、一方のガラス壁から外を見やると円形石舞台と、苔庭に据えた三角形の石が設置されていました。



こうした石こそ測候所の要と言えるかもしれません。実際のところ庭園内には、飛鳥時代に遡る法隆寺の若草伽藍の礎石や、天平時代の元興寺の礎石、それに室町時代の渡月橋の礎石などが、さも空間を引き締めるかのように随所に置かれていました。



堆く石の積まれた三角塚も目を引くのではないでしょうか。これは根府川石を組む過程で古墳のような空間が現れたことから、実際に古墳石室に使われた石と石棺の一部を収めたもので、まるで明日香の石舞台古墳を連想させるかのようでした。



石舞台は能舞台の寸法を基本として設計されていて、石材は当地を開発した際に出土した転石を用いていました。なおそもそも同地は強固な岩盤で支えられていて、近隣には根府川石丁場など、石を切り出すための丁場が今も残されているそうです。なおこの石舞台の石橋の軸線は、春分秋分における朝日の光が抜ける線に合わせられていました。



夏至光遥拝100メートルギャラリーと並び、明月門エリアで象徴的な存在であるのが、光学硝子舞台と古代ローマ円形劇場写し観客席でした。舞台は冬至の朝の光を貫く冬至光遥拝隧道と並行に設置され、檜の懸造りの上に光学硝子が敷き詰められていました。まさに海に突き出さんとばかりの斜面に位置していて、さながら空中舞台とも言えるかもしれません。



その舞台を囲むのが、イタリアのラツィオ州にあるフェレント古代ローマ円形劇場遺跡を再現した観客席でした。ちょうど観客席から舞台を眺めると、立ち位置によっては水に浮かんでいるようにも見えなくなく、それこそ杉本の海景シリーズと重なって思えてなりませんでした。



また冬至光遥拝隧道の上は、止め石の場所まで歩いて進むことも可能でした。何せ高い位置にあり、手すりも一切ないため、足元もすくみましたが、先から広がる海はまさに絶景と言えるのではないでしょうか。なおこの止め石は敷地内の随所にありましたが、いずれも立ち入り禁止箇所を示す目印として使われていました。



円形劇場への入口にはイタリアの大理石のレリーフがはめ込まれていました。これは12~13世紀頃に作られた、旧約聖書のエデンの園にあった生命の樹を表現したもので、かつてはヴェネツィアの商館のファサードに掲げられていたそうです。



測候所の名が示すように、夏至、冬至、春分、秋分と、それぞれの光の在り処や位置と、敷地内の建物なり施設が全て関係して築かれているとしても良いのかもしれません。



眩しいまでの光を感じつつ、古い社か遺跡に迷い込んだかのような明月院エリアをしばらく散策した後は、階段を降り、工事現場用の単管で組まれた藤棚をくぐり抜けて、竹林エリアへと足を伸ばしてみました。



「後編:竹林エリア」へと続きます。

「小田原文化財団江之浦測候所」@odawara_af
休館:火、水、年末年始および臨時休館日
時間:午前の部(10:00~13:00)、午後の部(13:30~16:30) *事前予約制。各回定員制での入れ替え。
料金:一般3000円(ネット事前購入。税別。)。当日の場合は3500円(朝9時より電話予約。税別)。
住所:神奈川県小田原市江之浦362-1
交通:JR線根府川駅より無料送迎バス。JR線真鶴駅よりタクシー10分。(料金2000円程度)駐車場あり。
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