小田原文化財団「江之浦測候所」への旅 後編:竹林エリア

「前編:明月門エリア」に続きます。小田原文化財団「江之浦測候所」へ行ってきました。



明月門エリアより藤棚を抜けると、木漏れ日の差し込む鬱蒼とした森の中に入りました。さらに小道を進み、坂道を降りると、小さな石仏などが道端から顔をひょっこり覗かせていました。



これらは、大阪の実業家で、仏教美術を蒐集し、茶人でもあった細身古香庵が、泉大津の邸宅に置いていた石仏群でした。なお同氏のコレクションの多くは、仏教美術だけではなく、琳派などの江戸絵画でも定評のある京都の細見美術館へと引き継がれています。



竹林エリアは明月門エリアより遅れること約1年、2018年10月に新たにオープンした、山の斜面のみかん畑を囲むように整備されたエリアでした。明月門エリアよりも低い場所にあり、確かに下からギャラリー棟を眺めると、相当の高低差があることが分かりました。



ここで中核となる施設が、昭和30年代にみかん畑の道具小屋を整備して作られた化石窟でした。



古屋の中ではみかん栽培のための農機具類や、杉本の化石コレクションが展示されていて、とりわけ目立っていたのが約5億年前に遡る三葉虫の化石でした。



さらに化石窟への奥へと進むと、硝子の社に祀られた縄文時代後期の石棒が姿を現しました。いわゆる石剣への移行期に当たる祭祀用の用具で、水色のガラスの質感と独特なコントラストを描いていました。



小屋の裏手の磐座も見逃せません。樹木の根が露出しては、まるで大蛇のように大地へ食らいつく斜面の前には、1本の石棒が祀られていて、何やら太古の遺跡の気配を伝えるかのようでした。なお巨石は小屋を整備する途中、偶然に発見されたそうです。



化石窟を見学して小道を歩くと、竹林を背景に杉本自身の造形作品、「数理模型0010」が光学ガラスの上に立つ姿が目に飛び込んできました。先ほどの太古の磐座からは一転、さも宇宙と交信するアンテナのような近未来的な雰囲気が感じられるかもしれません。



かつて広島の中心部にあり、原爆投下時に被曝した宝塔の塔身も印象深い資料ではないでしょうか。宝塔は南北朝から室町時代に作られたとされていて、屋根の部分は熱線などにより粉砕されたと考えられているそうです。



一通り、竹林とみかん畑を見学し終えた後は、斜面の小道を登り、明月門エリアへと戻ることにしました。



しばらく進み、ちょうど海へと突き出た夏至光遥拝100メートルギャラリーの展望台の下を抜けて、建物の裏手に回ると、石造の鳥居と茶室「雨聴天」が見えてきました。



「雨聴天」は利休の待庵の写しで、春分と秋分の日の出の際は、太陽の光がにじり口より中へ差し込むように作られています。



そして屋根はかつて残されていた小屋のトタンを用いていて、雨が降る音がトタンに響く音を聴くことから、「雨聴天」と名付けられました。茶室の中へ入ることは叶いませんが、外から中の様子は伺うことは出来ました。



茶室横の鎌倉時代の鉄宝塔も興味深いのではないでしょうか。木造の宝塔を鉄で鋳造したもので、これ以外には現在、13世紀の国宝「西大寺鉄宝塔」と15世紀の重要文化財「日光山鉄宝塔」の2例しか確認されていません。極めて貴重な作品資料と言えそうです。



宝塔を観覧し、箱根町の「奈良屋」の別邸への門として使われていた門を潜ると、夏至光遥拝100メートルギャラリーの中からも見えた円形石舞台に辿り着きました。そして石舞台の一方が冬至光遥拝隧道の入口となっていて、中に入っては海の方へと歩くことが出来ました。



隧道の途中には採光のため光井戸があり、光学硝子の破片が敷き詰められていました。雨の日は、雨粒の一滴一滴が井戸に降り注ぐのを目で見られるそうです。



さらに光に誘われて先へ向かうと止め石があり、まさに目の前に海を望めました。写真では分かりにくいかもしれませんが、ちょうど開口部の上下で海と空が二分していて、まさに杉本の海景そのものでした。

最後に観覧に際しての注意点です。まずチケットは原則、ネットでの事前予約制です。専用サイトにて午前の部(10:00~13:00)、もしくは午後の部(13:30~16:30)のどちらかを予約する必要があります。なお入場人数を相当に制限しているのか、敷地内の人は疎らで、見学に際して並ぶことなどは一切ありませんでした。



敷地内はほぼ屋外で、屋内スペースはギャラリー棟や待合所程度に過ぎず、空調のあるスペースも限られています。全て歩いて見て回るため、見学時間は個人差があるものの、最低2時間は必要です。

また敷石や舗装されていない通路も多く、歩きやすい服装や靴でないと観覧するのもままなりません。高低差のある山道もあるので、簡単なトレッキングの感覚で準備されることをおすすめします。雨具等も必須です。外を歩くことを考えると、傘よりもレインコートの方が有用かもしれません。



飲食に関しては自販機は設置されていましたが、カフェや売店はありませんでした。ただ屋外のベンチでは持ち込んでの飲食が可能でした。とは言え、根府川駅には食事を調達出来るような店はないので、予め用意する必要がありそうです。



9月初旬のまだ暑い日に出向いたからか、歩いていると、終始、汗が吹き出ているのを感じました。夏は暑さ、そして冬は寒さ対策が必要です。



測候所の名が表すように、気象条件によっても鑑賞体験が大きく変わるのかもしれません。私が出向いた日は快晴でしたが、曇天や雨、それに季節によっても光の感覚はもちろん、景色が大きく違って見えるのではないでしょうか。

杉本は子どもの頃、江の浦を走る東海道線から見た景色が、海景シリーズの原点だと語っています。



「古代の人々がどのように自然を見ていたのか?」を同時体験出来るという江の浦測候所は、まさに杉本の美意識で全てが構築された、「アーティストとしての集大成」(解説より)を飾るに相応しい場所でした。

「小田原文化財団江之浦測候所」@odawara_af
休館:火、水、年末年始および臨時休館日
時間:午前の部(10:00~13:00)、午後の部(13:30~16:30) *事前予約制。各回定員制での入れ替え。
料金:一般3000円(ネット事前購入。税別。)。当日の場合は3500円(朝9時より電話予約。税別)。
住所:神奈川県小田原市江之浦362-1
交通:JR線根府川駅より無料送迎バス。JR線真鶴駅よりタクシー10分。(料金2000円程度)駐車場あり。
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