UFOかも
ある食品がリニューアルし、街頭でインタビュー、若い女性が従来の製品とリニューアル後の製品を食べ比べて発した「あっ! 本当に違うかも」という言葉を聞いた瞬間、画面に向かって「かもって、どうなん?」と突っ込んでしまいました。「本当に」と言ったのになぜ「~かも」なのか、実際にはよく分からないのか? このごろはCMでもやたら「~かも」だなぁ~( ̄ ̄)。
一般人の文章の中でよく見かける不思議な「?」、例えば「うれしいですよ?」という記述。自分の気持ちを述べている、うれしいという気持ちに迷いがあるわけでもない、なのになぜ「?」なのか。「超うれしいかもぉ」とは少し違うような、ひょっとして「私はうれしいし、多分ほかの人もうれしく思うんじゃないかと思うけれど、どうかなぁ?」という意味を「?」だけで表現しているのでしょうか。
ほかにも「出席しますよ?」「大変なことになりますよ?」「同じだと思いますよ?」「信用できないですよ?」といった例がありますが、「出席しますよ、多分ね」「大変なことになる可能性がありますよ」「同じだと思いますけれど、どうでしょうか」「信用できないのではないでしょうか」と書くのが面倒で「~すよ?」だけで済ませているのかな? あるいは、「~すよ」と言い切るのを避けたいだけ?
「とにかく電話して?」なんていうのも見たことがありますが、「とにかく」が「電話してほしい」という強い気持ちを感じさせるのに、最後に「?」ですからね、気持ちは「電話してくれないかなぁ、だめぇ? ごめんねぇ、でもぉ、お願いだから電話してぇ~~~」ですかね。でも、なぜ「電話してください」ではなく「電話して?」なのか。
かと思えば、「団塊スタイル」で見た「『持ち家があるからじゃない』とか」というテロップ、話し手は「『持ち家があるからなんじゃないか』とか」と言ったのに。「持ち家があるからなんじゃないか」を「持ち家があるからじゃない」と縮めるのなら、最後に「?」を付けて「持ち家があるからじゃない?」にしないといけません。
「持ち家があるからじゃない」だと、「持ち家があるからだよ」か「持ち家があるからではない」か、どちらにも取れます。ほとんどのテロップ入力作業者がそうしているのではないかと思うのですが、例えば、話し手が「ランチ行かない?」と言っているのに「ランチ行かない」なのですよ、「?」を書かないのですよ、なんでだろぉ~( ̄д ̄)?
ある食品がリニューアルし、街頭でインタビュー、若い女性が従来の製品とリニューアル後の製品を食べ比べて発した「あっ! 本当に違うかも」という言葉を聞いた瞬間、画面に向かって「かもって、どうなん?」と突っ込んでしまいました。「本当に」と言ったのになぜ「~かも」なのか、実際にはよく分からないのか? このごろはCMでもやたら「~かも」だなぁ~( ̄ ̄)。
一般人の文章の中でよく見かける不思議な「?」、例えば「うれしいですよ?」という記述。自分の気持ちを述べている、うれしいという気持ちに迷いがあるわけでもない、なのになぜ「?」なのか。「超うれしいかもぉ」とは少し違うような、ひょっとして「私はうれしいし、多分ほかの人もうれしく思うんじゃないかと思うけれど、どうかなぁ?」という意味を「?」だけで表現しているのでしょうか。
ほかにも「出席しますよ?」「大変なことになりますよ?」「同じだと思いますよ?」「信用できないですよ?」といった例がありますが、「出席しますよ、多分ね」「大変なことになる可能性がありますよ」「同じだと思いますけれど、どうでしょうか」「信用できないのではないでしょうか」と書くのが面倒で「~すよ?」だけで済ませているのかな? あるいは、「~すよ」と言い切るのを避けたいだけ?
「とにかく電話して?」なんていうのも見たことがありますが、「とにかく」が「電話してほしい」という強い気持ちを感じさせるのに、最後に「?」ですからね、気持ちは「電話してくれないかなぁ、だめぇ? ごめんねぇ、でもぉ、お願いだから電話してぇ~~~」ですかね。でも、なぜ「電話してください」ではなく「電話して?」なのか。
かと思えば、「団塊スタイル」で見た「『持ち家があるからじゃない』とか」というテロップ、話し手は「『持ち家があるからなんじゃないか』とか」と言ったのに。「持ち家があるからなんじゃないか」を「持ち家があるからじゃない」と縮めるのなら、最後に「?」を付けて「持ち家があるからじゃない?」にしないといけません。
「持ち家があるからじゃない」だと、「持ち家があるからだよ」か「持ち家があるからではない」か、どちらにも取れます。ほとんどのテロップ入力作業者がそうしているのではないかと思うのですが、例えば、話し手が「ランチ行かない?」と言っているのに「ランチ行かない」なのですよ、「?」を書かないのですよ、なんでだろぉ~( ̄д ̄)?