hokutoのきまぐれ散歩

ブログも12年目、4000日に到達。ネタ探しはきついけどまだまだ毎日更新を続けるつもりです。

ルー・ド・メール〜神田ランチグルメ

2017-03-21 05:00:12 | グルメ

神田はカレーの街である。町おこしに始めたカレーグランプリで切磋琢磨した有名店が広く分布、ボンディ、日乃屋カレー、マンダラ、エチオピアといった店は全て神田にある。そうした有名店の一つである『ルードメール』にお邪魔する。

このお店は神田駅から神田外語学院に向かう途中のビルの2階にあるこじんまりとした洋食店でご主人は有名ホテルの元料理長とのこと。今はホールは1人と家族的な雰囲気。開店5分前に到着すると優しいご主人はどうぞお入りくださいと早目に開店して頂く。

ランチメニューはセットが4種類、黒毛和牛カレー、オムレツ載せのドライカレー、チキンカレー、ポークカレーから選択。ドライカレーと黒毛和牛カレーで悩んだが、やはり王道の黒毛和牛カレー(スープ付きで1100円)をお願いする。

店内ががらんとしていたのはものの5分、スープが運ばれ、これを味わっていると、次から次に新たなお客さんが来店。

テーブルが6つくらいしかないが、すぐに満席。しかし、カレーもすぐに到着。

カレーについて。すでにライスにカレーはかけてあるタイプ。シンプルで牛肉とマッシュルームしか入っていない。まずは一口。いわゆる欧風カレーではあるが、かなりスパイスが効いている。トロトロの牛肉はホロホロ崩れ、よくある繊維がきつい肉とは一線を画す柔らかさ。最初は甘く、徐々に辛味が出てくるルーは凄い。添えてある福神漬もいい。

ゆっくりと味わおうと頭では思うが、だんだんカレーを口に運ぶスピードが速くなり、5分で完食。時間を見ると11時40分、それでももう待っている人もいたので水を1杯飲んで店を後にした。店の人の対応もテキパキしていて清潔感に富んだ店はカレーの味だけでなく全てが素晴らしい。ご馳走さま。

神田ルー・ド・メール
千代田区内神田3ー10ー7
0352984390

豊橋〜江戸川橋(神田川沿いを歩く、その2)

2017-03-20 05:00:41 | 日記

『ぶらっと橋めぐり』その38。神田川沿いに豊橋〜江戸川橋を歩く。豊橋を越えてしばらく行くと左側に塀が見えてくる。これに沿って少し戻ると新江戸川公園の正面に到着。


新江戸川公園は以前にもブログで紹介したから簡単にするが、旧肥後藩の細川氏下屋敷にあった池泉回遊式庭園で季節毎に美しい。今はまだ雪つりが残る一方、梅や木蓮などが花をつけ始めている。


また、川沿いに戻るが、前にはホテル椿山荘が聳え立ち、その先の橋が駒塚橋、人しか通れない橋である。



そして関口芭蕉庵正門、松尾芭蕉が1677年から4年間当地にあった龍隠庵という水番屋に住んだと言われているのがその始まりである。芭蕉の死後に芭蕉や弟子たちの像を祀った建物が造られたたが、太平洋戦争で焼失、その後復元されている。


また、川沿いに戻り、椿山荘の前を通ると江戸川公園に入る。この辺りにはかつて神田上水からの取水口である大洗堰の跡がある。



橋は大滝橋、欄干がレンガ調である。ついで一休橋、この橋も人しか通れない細い橋で桜が咲いたらさぞや美しい風景が見られるであろう。

前方には江戸川橋が見えてくる。しかし、江戸川が流れていないのになぜ江戸川橋なのかと疑問を持たれるかも知れない。実は江戸時代、神田川の中流部分は江戸川と呼ばれていて、その後中では一番早く造られた橋ということで江戸川橋となったのである。しかし、その後、1970年に上流〜下流まで神田川に統一されたため、江戸川の名前は橋と公園くらいしか残されていない。


さらに洪水を度々起こした神田川の治水を行なった大井玄洞の胸像などを見ながら、江戸川橋に到着。


実は江戸時代より桜の名所であったこの辺りも地元自治体などの努力により、桜の名所に復活した経緯なども書かれた案内板もある。実際に花見に再度訪れたいものである。



中俣酒造茂助〜八丁堀グルメ

2017-03-19 05:00:52 | グルメ

今日は八丁堀まで遠征。『中俣酒造 茂助』にお邪魔する。八丁堀には似たような名前の店が3軒あるが、いずれも早い時間からの予約は混んでいて、実は他の店に電話をしたのだがいっぱいでようやくこの店で2席を確保した。

中俣酒造は鹿児島県にあるいも焼酎の酒蔵で海鮮、特にノドグロと活イカがウリとのことである。


すこし早く店に到着したのだが、待ちきれず生ビールをちびちび。店のお姉さんに聞くと久々に剣崎イカの入荷があるとか。すぐにそれを食べるというとこれが最後の一杯だとか。ラッキーである。

すぐに後輩のHくんも到着、ビールで乾杯。注文は『3種のポテサラ』『燻製盛り合わせ』『自家製さつま揚げ』をお願いする。まずはお通し、『チョリソの串揚げ』『キュウリの酢の物』。チョリソは揚げ立てでビールにぴったりである。すぐにポテサラが登場、どう味が違うかはよくわからないが、トッピングがゴマ、フライドオニオン、刻み海苔である。味はまあ美味しい。

次に燻製盛り合わせ、チーズ、鴨ロース、明太子、鯖の4種類。好みは鯖、よく脂が乗っている。併せて注文したイカの塩辛は絶品。


ついで『自家製さつま揚げ』中身は忘れたが2種類が揚げ立てで各4個ずつ。生姜で食べるが味や硬さも素晴らしい、これは必ず頼むべき、一品である。

日本酒に写るが、私は瀉楽、Hくんは伯楽星を注文。ここで剣崎イカを見せてくれる。透明でやや小ぶりながらさすがに活きがいい。


すぐにさばいてくれるが、まだ透明でコリコリした食感がたまらない。ただ、2人で食べるには小さすぎて思わず、『キンメの煮付け』を追加注文。

酒は2杯目、傍島屋の薄濁り、好みの味である。キンメは立派な大きさで食べ応えあり。味付けも甘すぎず、ご飯のおかずとは一線を画した味付け。添えてある蓮も豆腐も美味しく頂く。

この辺りでせっかく焼酎の蔵元に来たのだからと3種の焼酎飲み比べに挑戦する。小ぶりのコップになみなみ入った焼酎は香りがいい。追加した『牛すじ煮込み』『漬物』『エイヒレ』と共に楽しむ。

ただ、だんだん酔ってきて、週末の疲れも勘案してこれでお開き。豪勢に食べたこともあり、大二枚ではちと足りませんでした。それにしてもイカもキンメも美味かった、大満足でした。

中俣酒造 茂助
中央区八丁堀4ー9ー9
0362803524

仙ノ孫〜西荻窪グルメ

2017-03-18 05:00:45 | グルメ

西荻窪は吉祥寺ほどクローズアップされることはないが、中々良い店がある。老舗では西洋料理のこけし屋、ほかにもシンガポールチキンライスの草分けMu−Hung、カツ丼の名店坂本屋、リーズナブルなステーキ店キャロットなど中々特色のある店が多い。

今日は中々予約が取れない『仙ノ孫』にお邪魔した。以前、ランチで一度だけ入ったことがあるが、麻婆豆腐とその前に出た前菜が美味かった印象が強いが、今まで縁がなかった。

店は西荻窪駅から中央線に沿って吉祥寺方面にまっすぐ7分ほど歩いた左側にある。お店はおしゃれで清潔感溢れる、6時入店したため、最初の客となる。メニューをじっくり見るが、食べたいものが多く、決めかねたため、コース(4500円)を注文。


まずはビールで乾杯、すぐに前菜が3皿が登場。『牛のスネ肉に青菜と生しらす添え、ネギソースかけ』『牛のテール・鰤の醤油煮』『青搾菜、切り干し大根のピリ辛炒め』。


いずれも初めて目にする料理だが、スネ肉とネギソース、さらに生しらすの相性がよいのに驚く。八角などスパイスがよく効いて、切り干し大根に至っては食べても食材にたどり着かない不思議なあじがする。

ここでカメ入り紹興酒(12年)をデキャンタで頂くが、その柔らかい口当りにビックリ。ついで汁物が登場。

『聖護院大根、春キャベツとアサリ、春雨のスープ風』、これは見た目どおりあっさりとした味だが、なぜか腹がホッとする。食べていくとコラーゲンがたっぷりのスープはとろける聖護院大根に海鮮の旨味が加わり、これを吸った春雨が実に美味。寒い日にはもってこいのメニュー。

ついで『エビチリ』、添えてあるのが茎の長いブロッコリー(スティックブロッコリー)、角切りのサツマイモである。卵で辛味をマイルドにした餡が絶妙。意外なことに芋が美味い。

さらに名物『麻婆豆腐』、豆腐の処理がよく、味もしっかり。私にはそれほど辛くはない。これも海老チリ同様スープによるものか、かけてあるソース、特にラー油がとにかく美味い。

料理最後は『豚ヒレの黒酢餡掛け』、揚げていない酢豚のような味。舐めたくなるほど美味い餡である。産地に拘った黒大根、黄色い人参、ケールなど沢山添えてあるが、生野菜に餡を絡めて食べるもよし。

締めには『豚ひき肉と青菜の炒飯』、あっさりしていて美味い。パラパラに仕上がっている。さらにツバメの巣が載せられた杏仁豆腐、クコの実も乗り、まさに医食同源。化学調味料は無縁の料理で複雑な味は漢方と出汁が決め手のようだ。

周りのテーブルは全て前菜5品盛り、やはりよだれ鶏を味わうべきらしい。後味もよく、健康になるような中国料理である。ご馳走さま。

中国料理 仙ノ孫
杉並区西荻北4ー4ー2
0333904808

ユキヤナギとシキミ

2017-03-17 05:00:04 | 日記

3月になるとスイッチが入ったように花が咲き始め、それを鑑賞するのも楽しい。

まずはユキヤナギ(雪柳)、柳とはついているが柳の種類ではなくバラ科である。その姿が柳の枝のように細く伸びて枝が垂れること、春になると小さな白い花が溢れんばかりに咲くことからこの名前がついた。

原産国は中国という説と日本原産という説がある。東京ではよく公園で見る花であるが、地域によっては絶滅危惧種として保護されている。葉は小さな丸い葉が付き、晩秋には落葉する。

この季節には真っ白な花が咲き、まるで柳に雪を被ったように見え、素晴らしいネーミングと感心する。子供の頃過ごした家の庭に咲いており、何もしなくても毎年花を付けたのを思い出す。

次にシキミ(樒)である。この葉は榊とよく間違えられるが、神事に使うのが榊、仏事に使うのが樒である。その由来は空海が青蓮華の代わりに密教の宗法に使ったことによるようである。そのため、葬儀には枕花として供えられ、また、墓参の折には末期の水同様に葉を一枚だけ浮かべるのである。

このシキミは春になると黄色とも白とも言えない細長くよじれたような花弁を持った花を咲かせる。この地味な花がちょうど今満開で、街を歩いていて見つけることができた。

ただし、実には猛毒があり、食用にすると死亡する可能性もある。また、シキミの実は毒物及び劇物取締法で植物としては劇物に指定されているため、注意を要する。シキミの名前の由来は『悪しき実』が略されて付けられたとの説があるくらいである。

まあ、花は可愛らしく、地味な花ではあるのだが。正直言って墓参りの際に買うあのシキミに花が咲くとは初めて知った次第である。

二重橋〜坂下門

2017-03-16 05:00:39 | 日記

『江戸城・皇居を巡る』その3。桜田門から中に入るが、すぐを左に曲がる。すると堀があり、その先には古い交番らしき建物が見えてくる。その先に見えるのが二重橋となる。

しかし、二重橋の定義は難しく、この写真に写る橋は『正門石橋』であり、さらに奥には橋が『正門鉄橋』、この二つを総称して二重橋ということが多い。しかし、正式には奥の橋、つまり正門鉄橋を二重橋という。

さらに先に行くが、とにかく広い。二重橋あたりまでは舗装道路があるが、その先は砂利道となっており、歩くだけでくたびれる。

ようやく、その先の坂下門が見えてくるが、ここは宮内庁の出入口となっているため、一般には通行できない。元は桜田門同様枡形門であったが、明治維新以降に皇居が西の丸に移ると高麗門が撤去、さらに渡櫓門が90度角度を変えて建て直されたものである。一般参賀の際に出口として通行する門である。写真でも奥には宮内庁が写っている。

また、桜田門外の変が発生した2年後に当時老中であった安藤信正が和宮降嫁に反発した水戸藩士らに坂下門外で襲われる事件が反発、警備を増やしていたために未遂に終わったが、桜田門と坂下門が隣り合わせにあることを初めて知った次第である。


銀座線レトロ車両に初乗車

2017-03-15 05:00:05 | 日記

『鉄道シリーズ』その161。東京メトロ銀座線レトロ仕様にようやく乗車することができた。この編成は昨年1月に東京メトロ90周年を記念して2編成が旧1000系を忠実に再現したものである。

実はこの日は半蔵門線が乗入れの東急田園都市線市が尾駅の人身事故のため、遅延し、通常では考えられない乗車率となったため、イラっと来ていた。表参道駅で銀座線に乗り換えようとするとやって来たのがこの車両であった。ほぼ毎日乗っているにもかかわらず、1年経過して初めて出会うことができ、まずは感動する。

乗車してまず驚いたのは細部まで渡った再現性。つり革も当時のリコ式つり革になっており、網棚も木製を思わせる塗装。

また、予備灯も付いている。このライトがなぜ付いているかを知る人もあまりいないだろう。昔は車両が駅に着く直前に真っ暗になり、この予備灯が頼りであった。もちろん今は付くのはイベント時くらいだが。

さらに、車両の製造板、左書きとなっているが、よく見ると平成28年製造とある。

また、座席も木目調のデザインでシートの色は一般座席のグリーン(優先席は渋い赤色)が昔を思い起こさせる。

表参道を出た車両はあっという間に渋谷駅に到着、乗客は車内アナウンスに急かされて降車するが、その後の短い時間で写真を撮りまくる。車庫に入る車両を見送ると最後部のライトが通常車両と異なり1灯に、流石である。

もちろん、毎日銀座線に乗っているのにやっとレトロ車両に出会え、ようやく写真を撮ることができた喜びを胸に帰途に着いたのは言うまでもない。

(最後は地下鉄博物館の旧1000系車両、ライトに注目)

桜田門

2017-03-14 05:00:13 | 日記

『江戸城・皇居をめぐる』その2。今回は東京メトロ有楽町線桜田門駅を降りて歩く。

桜田門駅を上がり、振り返るとすぐ後ろには警視庁の迫力のある建物。その隣にはレンガ造りの建物を復興させた法務省の威厳のある建物が並ぶ。

そして目の前には『桜田門』が見えてくる。現在は石組みの修理中ということもあり、一部覆われているが、見物する人は多い。

門に近づくと堀を間に対岸には祝田橋、内堀通りにはいつも車があふれている。

この桜田門は正式には『外桜田門』と言われ、内桜田門(桔梗門)と区別される。また、小田原街道の起点として小田原門と呼ばれていた時期もある。そして、2つの門、高麗門と渡櫓門から構成される枡形門となったのは1636年と言われている。田安門などと1961年には重要文化財に指定されている。

また、1960年3月3日にこの門外で井伊直弼が暗殺された桜田門外の変で歴史に名を残している。



まずは高麗門から中に入るが、規模が大きいのは内側の渡櫓門の方である。関東大震災では破損、その後再興されている。

とにかく320坪もある門は江戸城で現存する門の中では最大で西の丸防備のために造られた。

門の中に入ると目の前には内堀通り、なんとなく不思議な風景である。(続く)

マティーニバーガー〜神楽坂ランチグルメ

2017-03-13 05:00:47 | グルメ

ハンバーガーは好きだが、あまりマクドナルドは好みではない。まあ、外訪時には止むを得ずたべることもあるが、いつもエビバーガー、というのもマクドナルドのあの薄いハンバーグ(パティ)はどうもいただけない。

今日は美味いハンバーガーを求めて神楽坂駅を矢来町側に降りる。少し坂を下り、江戸川橋方面に向かうと左側にハンバーガーの看板が見えてくる。店の名前は『マティーニバーガー』、100%ビーフのバーガーを提供してくれる店である。

中に入るとアブソリュートのカラフルな瓶が並んでいるおしゃれな店。それでもハードロックがバックミュージックとしてながれている。

メニューは多種、NYの街の名前がついたハンバーガーが並んでいてチョイスに困るが、ランチサービスからオーソドックスなマティーニバーガーを注文(1100円)する。

待つこと7分、ハンバーガーはあまり大きくはないが、焼き立てがバンズに乗り登場。もちろんレタスとトマトもついており、ソースはバターとハーブのソース。サイドディッシュは大きめに切られたコールスロー。

ハンバーグをバンズに挟み、ソースを開けてがぶりと行く。肉の焼き方がミディアムレアで肉そのものの味が口に広がりうまい。


ただ、食べ進めるうちにソースがあまり薄味で塩胡椒をしながらたべるが。個人的にはやはりケチャップとマスタードは欲しいところだ。


あっさり味であるが、肉のレベルが高く、次は違う味で注文してみたい。ただ、少しコスパには欠ける気がするが。

店のおすすめはハンバーガーにカクテルだとか、まあ、夜ならそうするかな。

マティーニバーガー
新宿区中里町31
0362808920

面影橋〜豊橋(神田川沿いを歩く その1)

2017-03-12 05:00:59 | 日記

『ぶらっと橋めぐり』その37。今回は神田川に架かる橋を面影橋〜江戸川橋間を歩く。


面影橋は都電で早稲田から一つ目の電停『面影橋』のすぐ前にある。大変ロマンチックな名前だが、上を通る道は目白台から続く鎌倉街道の古道でかつては姿見の橋と言われていた。


歌人在原業平が水面に身を映した説や三代将軍家光が鷹狩りの際に鷹を見つけ、その折に付けたという説など諸説ある。今の橋は周りの橋同様コンクリートの普通の橋である。


また、渡ったあたりには『山吹の里』の石碑が建てられているが、実は1686年に建立された供養塔を流用したものと思われる。太田道灌の山吹の花の『七重八重 花は咲けども山吹 みのひとつだになきぞ悲しき』という句の逸話
(太田道灌が雨に困り、近くの農家を訪ねると、娘が八重の山吹の一枝を出す。道灌は蓑くらい貸してくれればと思いつつ、屋敷に戻りその話をした。するとこれは古歌にあるフレーズで『実の』と『蓑』を掛けたもの。娘は貧しくて蓑もないことを言いたかったのだ、と教えられ、道灌は自らの教養の無さに愕然とし、その後は学問に励んだという話)

は有名であるが、その蓑を借りようとした場所がこのあたりと考えられている。


川に沿って歩くとすぐに隣の『三島橋』、その先には東京そめものがたり博物館。神田川ではかつて染色が盛んであったが、民間業者が造った小さな博物館。


少し早いが、桜が美しく咲いている。ただ、昼休みは休館のため、諦める。

その先は『仲之橋』、この辺りの橋はよく似ている。この先は一時的に川沿いの道が通行止めとなっているが、新しい橋を架けているためらしい。やむなく、早稲田通りまで一旦出る。


その先の高層マンションを左に折れてまた神田川沿いに道がある。そのすぐそばで新たな橋の工事中。


先に進むとその先には『豊橋(ゆたかばし)』という少し広い橋。反対側に渡り、また川沿いを歩く。うららかな春の日差しが暖かい。

もう、2週間もすれば川沿いの桜も綺麗だろうと思いつつ、まだ、固い蕾しか付いていないソメイヨシノを見ながらひたすら歩く。(以下次回)