八十路徒然なるままに

早稲田かりほすなど、とりあつめたる事は、秋のみぞ多かる。また、野分の朝こそをかしけれ。徒然草より

虫の知らせの続き

2022年01月30日 19時24分44秒 | Weblog
前述の続き。その後、十数年が経って、ゴルフに行くのに、「今日は早めに出たので、車の走行は少ない。こっちの道を行くかぁ」と、思いながら、冒頭の葬儀場の案内板を読んだ。これが、虫の知らせだったのかも。ゴルフが終わり、回り道でも、案内板の住所を読んだ。やはりA君の父親だった。通夜の時間に、間に合うよう急いだ。焼香を済ませた。A君とは、何十年も会ってないので、顔が分からない。親族席を見廻し、あれがA君かなぁと。あとで悔やみ袋をみれば、わかるだろうと、葬祭場を出ようとしたら、「もしかして」と、後ろから声がした。互いに、「あっ」、「あっ」と。「おやじさん、元気にしていたんだねぇ」と、悔やみを述べた。今回、不思議な事だつたと、思い出しました。
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虫の知らせの続き

2022年01月30日 19時00分43秒 | Weblog
前述べの続き。この数年後に、A君から退社の申し出があり、縫製会社に、就職をした。その会社から、A君の身上と退社の、事情の問い合わせがあった。後々になって、突然、A君が訪れた。何事と聞くと、職場結婚をするという。夫婦で勤務するのをはばかるので、自分だけ退社するという。「それは、ダメだ。お前は、真面目に働く」と、「就職する際の問い合わせに、伝えている」。「それと生活の基盤は、まず、自分で築く。嫁さんは、子ども育てに、退職になるのではないか」と、話をした覚えがある。「結婚式には、招待をしてくれ」と、話した。。招待は無いだろうと思っていた。でも、招待をされた。こんなことがあっが、その後は、縁はなくなり、忘れてしまった。月日が経ったあと、不思議なもので、A君の働いている会社の社長さんと、ゴルフの組み合わせで、プレーをしたことがあった。お昼の食事の時、恐る恐る「A君は、居ますかぁ」と、聞くと、びっくりした顔で、「責任ある部署で、一生懸命働いている」と。元気で働いているのだなぁと、その後は全く気にもしなかった。ー続くー
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虫が知らせる

2022年01月30日 18時37分46秒 | Weblog
虫が知らせたのかもと、思い出した。17年ほど前、草刈りゴルフに行く道で、少し遠回りだが、こっちの道を行くべぇと、いつもと違う道を走行をした。途中に葬儀場があった。案内板を読んで、「今日も葬儀があるなぁ。あの苗字は、昔ぁし、俺の所で働いていたA君のだなぁ」と、通り過ぎた。ちょっと気になって、ゴルフが終わって、遠回りでも、葬儀場の案内板の住所をみた。やはりA君の父親だった。この父親は、À君が勤めていた時、小生が、ある日の夜、社に戻ると、À君から、「父親は、明日胃の手術で、血液が必要なので」と、電話があった。翌朝、小生の友人を頼って、数人から、献血の手配が出来た。翌日も、必要と電話があった。A君の弟が、自衛隊に居たので、とりあえず電話をして、直属の上官に、事情を説明をして、必要人数をお願いをした。これはこれで終わった。このまた、数年後に、À君の母親が亡くなり、通夜に行った。当時は自宅での葬儀で、読経が終わり、焼香をすませて、帰ろうとすると、玄関に履物が多く、小生の靴が無い。見廻して探していた、どうしたもんだろうと思っていたら、先の父親が、靴が踏み荒らされてはと、下駄箱の上に置いておいたと、手渡してもらった。ー続くー。
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