見もの・読みもの日記

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リアリティに抗して/戦後日本スタディーズ1:40・50年代

2009-09-08 22:18:16 | 読んだもの(書籍)
岩崎稔ほか編著『戦後日本スタディーズ1:40・50年代』 紀伊国屋書店 2009.9

 ③80・90年代→②60・70年代→①40・50年代と、”逆時代順”に刊行されてきた本シリーズの完結巻。当初、広告を見たときは、いちばん面白くなさそうだと思った本巻が、読んでみたら、いちばん面白かった。その理由は、冒頭の「ガイドマップ」で成田龍一氏が提唱している、1950年代の見直しにあるらしい。近年、マーケティングの世界では、50年代後半と60年代前半をくっつけた「昭和30年代」を、ノスタルジーの空間として語ることが流行している。しかし、本書は敢えて流行に逆らって、「50年代前半」の可能性を語り直すことにつとめている。

 「50年代前半」とはどのような時代だったのか。乱暴にまとめれば、終戦直後の平和と連帯の理想が、現実の壁に突き当たって、頓挫していった時代ではないかと思う。そして、50年代後半、本格的な経済成長が始まると、右派も左派も、挫折と混乱の50年代前半について、タブーのように口を閉ざしてしまう。小森陽一氏は、これを「忘却の五五年体制」と呼ぶ。

 岩崎稔氏は、1949年後半の下山、三鷹、松川事件→50年のレッド・パージ→55年の六全協決議を取り上げ、労働運動の激化と弾圧、フレームアップ、党内対立と分裂、なし崩しの回収の過程を語っている。内海愛子氏は、51年のサンフランシスコ講和条約調印において、韓国の参加が見送られたことの背景に在日朝鮮人問題があったこと、在日朝鮮人の大部分が「共産系」と見られており、日米の「共産主義」に対する強い拒絶があったことを論じている。

 朝鮮戦争と日本国内の平和運動、女性運動の関係も興味深い。敗戦直後、目覚ましい進展を遂げていた日本の女性運動は、左右の対立を超えて、婦人団体協議会の設立に至るが、1950年に朝鮮戦争が勃発すると、藤目ゆき氏の表現を借りれば、「戦争はイヤです」という共同声明を残して、無期休会してしまう。本書だけでは詳しい事情は分からないけれど、厳しい現実の前に理想が挫折した姿ではないかと思う。

 そのように理想が挫折し、後退していく中で、一般の生活者・労働者たちは、なぜか、ひたすら書いた。職場や地域の仲間と集まり、批評し合いながら、無数の「サークル詩」が生み出された(当時の「サークル誌」は、かなり残っているらしい)。生活記録や、無着成恭氏(インタビューに登場)の「山びこ学校」も同時代の試みである。

 編者のひとり、岩崎稔氏は、本書が「戦後史」ではなく、あえて「戦後日本スタディーズ」という生硬な言い方をしたのは、「戦後にある未発の可能性、実現しなかった夢を、すこしく自由に、いまのわたしたちのリアリティに抗しながら、考える」ためであるという趣旨のことを述べている。その編集意図が、いちばんよく出ていたのが、この40・50年代の巻ではないかと思った。

※『戦後日本スタディーズ2:60・70年代』(2009.5)

※『戦後日本スタディーズ3:80・90年代』(2008.12)
コメント (1)
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