○東京藝術大学大学美術館 ボストン美術館×東京藝術大学『ダブル・インパクト 明治ニッポンの美』(2015年4月4日~5月17日)
明治の美術は大好きなので、たぶん面白い展覧会だろうと思っていたら、予想以上に面白かった。黒船来航から近代国家成立までのおよそ半世紀を、東京藝術大学と米国ボストン美術館のコレクションから、絵画、工芸、写真等でふりかえるというのが基本コンセプトである。黒船来航が1853(嘉永6)年。歴史イベントでいうと、日露戦争の勝利が1904(明治37)年。その間、わずか50年の多事多端にあらためて驚く。西洋文明は日本に大きな「衝撃」を与えたが、西洋にとっても日本の美術や工芸との出会いは「衝撃」だった。本展は、両者が受けた影響「ダブル・インパクト」を並行的に紹介する。会場内には、異人のベティさんと大工の源さんというキャラが登場し、掛け合いのセリフで分かりやすく観客を案内する。
プロローグの「黒船が来た!」のセクションから、なんだか見たことのない錦絵が並んでいた。黒船来航を蒙古襲来(元寇)に見立てて描いた、河鍋暁斎の『蒙古賊船退治之図』と歌川芳虎の『蒙古賊舟退治之図』。どちらもボストン美術館の所蔵品だ。日本国内にはあまり残っていない作品なのだろうか。いや今の日本人がこういう旧弊で排外的な作品を好まないから、展覧会に出ないのかも知れない。黒船来航を契機に、すばやく西洋文明の摂取に乗り出した賢い日本、というストーリーに魅せられているから。しかし絵画としては、劇画チックな表現がとても面白い作品である。
高橋由一『花魁』など、藝大コレクションとしておなじみの明治の美術もあるが、なんだこれは!と驚く作品も多い。特に工芸。鈴木長吉(嘉幸)の金属製の水晶置物は、逆巻く水流(見え隠れする龍の姿)が大きな水晶の玉を持ち上げている。造形の激しい躍動感と冷え冷えした金属(銀メッキ?)の触感がクール。水晶には会場の風景が逆さに映っていた。作者不詳の小品『半諾迦尊者(はんだかそんじゃ)蒔絵置物』もよかったなあ。小さな鉢の中から天に上ろうとする龍。気品と動きのある尊者の表情もよい。
龍といえば、高石重義の『竜自在』。笑った。全長2メートル近いバケモノである。金属製の支柱で整形して、カッコよく展示してあったが、あの支柱がないと、くたっと寝てしまうのかなあ。柴田是真の『野菜涅槃図蒔絵盆』は、やっぱり若冲に触発されているか、それとも、わりと一般的な発想だったのだろうか。旭玉山の人体骨格は象牙製で、リカちゃん人形くらいの大きさ。玉山は、医師の松本順に依頼されたのをきっかけに、東校(東大医学部の前身)で人体骨格を学んだという。いかにも明治という時代らしいエピソードだ。展示用の(?)椅子が付属しているのが面白い。図録では、いろいろなポーズを取っている。(制作者、遊んでるだろw)
絵画では、河鍋暁斎の『地獄太夫』がボストンから来ていて嬉しかった。福神と宝物模様の打掛けを着た地獄太夫の傍らで、骸骨が三味線を弾き、坊主(一休和尚)が浮かれている。
前半を見終わって、地階の第二会場へ。「西洋美術の手習い」と「日本美術の創造」と題して、本格的な美術作品が多数。ボストン美術館からお目見えの橋本雅邦『雪景山水図』、木村立嶽(知らない画家だった)『嶽間望月図』など、うわーこんな作品があったのか、と驚き、胸が高鳴る。小林永濯の『道真天拝山祈祷の図』は久しぶりだ。同じ画家の『七福神』は布袋さんの太腿の肉付きが注目ポイント。これは、昨年、古本市で買った『芸術新潮』1994年3月号で見たのだったかしら。そして、岡倉天心先生登場。その弟子、横山大観や下村観山の作品もよかった。ボストン美術館の日本美術コレクション、あらためて、すごいわ!
と、私がこのあたりでうろうろしていたときであった。数人の男女の集団がすっと入ってきて、迷わずお目当ての作品の前に行って、小声で何か話していた。輪の中心にいらっしゃるのは山下裕二先生! 実は、展覧会会場に入るとき、すれちがいに一人で出て行かれる山下先生をお見かけしたのである。何かの所用で戻っていらっしゃったとのか、と思ったら、山下先生の解説を熱心に聞いている背の高い男性が、井浦新さんであるのに気がついた。えええ!! 周りにも何人か気づいている人がいて「日曜美術館の…」とささやいていたが、みんな大人なので、静かに見守っていた。ああ、びっくりした。
最後の展示室には、日清・日露戦争を描いた戦争錦絵、明治天皇の肖像などが登場する。異彩を放つのは、竹内久一が制作した『神武天皇立像』。これは藝大の所蔵品だが、見たことあるだろうか。とにかく巨大なのだ。顔立ちは明治天皇の御真影をもとにしたといい、確かに似ている。そのため、こう言っては悪いが、あまり神々しさを感じない。大きいだけが取り柄のようにも思える。
帰りに陳列館で『保存修復彫刻研究室研究報告発表展』(2015年4月15日~4月19日)も見て来た。古い仏像や文化財を愛する私には、頭の下がる教育研究活動である。
明治の美術は大好きなので、たぶん面白い展覧会だろうと思っていたら、予想以上に面白かった。黒船来航から近代国家成立までのおよそ半世紀を、東京藝術大学と米国ボストン美術館のコレクションから、絵画、工芸、写真等でふりかえるというのが基本コンセプトである。黒船来航が1853(嘉永6)年。歴史イベントでいうと、日露戦争の勝利が1904(明治37)年。その間、わずか50年の多事多端にあらためて驚く。西洋文明は日本に大きな「衝撃」を与えたが、西洋にとっても日本の美術や工芸との出会いは「衝撃」だった。本展は、両者が受けた影響「ダブル・インパクト」を並行的に紹介する。会場内には、異人のベティさんと大工の源さんというキャラが登場し、掛け合いのセリフで分かりやすく観客を案内する。
プロローグの「黒船が来た!」のセクションから、なんだか見たことのない錦絵が並んでいた。黒船来航を蒙古襲来(元寇)に見立てて描いた、河鍋暁斎の『蒙古賊船退治之図』と歌川芳虎の『蒙古賊舟退治之図』。どちらもボストン美術館の所蔵品だ。日本国内にはあまり残っていない作品なのだろうか。いや今の日本人がこういう旧弊で排外的な作品を好まないから、展覧会に出ないのかも知れない。黒船来航を契機に、すばやく西洋文明の摂取に乗り出した賢い日本、というストーリーに魅せられているから。しかし絵画としては、劇画チックな表現がとても面白い作品である。
高橋由一『花魁』など、藝大コレクションとしておなじみの明治の美術もあるが、なんだこれは!と驚く作品も多い。特に工芸。鈴木長吉(嘉幸)の金属製の水晶置物は、逆巻く水流(見え隠れする龍の姿)が大きな水晶の玉を持ち上げている。造形の激しい躍動感と冷え冷えした金属(銀メッキ?)の触感がクール。水晶には会場の風景が逆さに映っていた。作者不詳の小品『半諾迦尊者(はんだかそんじゃ)蒔絵置物』もよかったなあ。小さな鉢の中から天に上ろうとする龍。気品と動きのある尊者の表情もよい。
龍といえば、高石重義の『竜自在』。笑った。全長2メートル近いバケモノである。金属製の支柱で整形して、カッコよく展示してあったが、あの支柱がないと、くたっと寝てしまうのかなあ。柴田是真の『野菜涅槃図蒔絵盆』は、やっぱり若冲に触発されているか、それとも、わりと一般的な発想だったのだろうか。旭玉山の人体骨格は象牙製で、リカちゃん人形くらいの大きさ。玉山は、医師の松本順に依頼されたのをきっかけに、東校(東大医学部の前身)で人体骨格を学んだという。いかにも明治という時代らしいエピソードだ。展示用の(?)椅子が付属しているのが面白い。図録では、いろいろなポーズを取っている。(制作者、遊んでるだろw)
絵画では、河鍋暁斎の『地獄太夫』がボストンから来ていて嬉しかった。福神と宝物模様の打掛けを着た地獄太夫の傍らで、骸骨が三味線を弾き、坊主(一休和尚)が浮かれている。
前半を見終わって、地階の第二会場へ。「西洋美術の手習い」と「日本美術の創造」と題して、本格的な美術作品が多数。ボストン美術館からお目見えの橋本雅邦『雪景山水図』、木村立嶽(知らない画家だった)『嶽間望月図』など、うわーこんな作品があったのか、と驚き、胸が高鳴る。小林永濯の『道真天拝山祈祷の図』は久しぶりだ。同じ画家の『七福神』は布袋さんの太腿の肉付きが注目ポイント。これは、昨年、古本市で買った『芸術新潮』1994年3月号で見たのだったかしら。そして、岡倉天心先生登場。その弟子、横山大観や下村観山の作品もよかった。ボストン美術館の日本美術コレクション、あらためて、すごいわ!
と、私がこのあたりでうろうろしていたときであった。数人の男女の集団がすっと入ってきて、迷わずお目当ての作品の前に行って、小声で何か話していた。輪の中心にいらっしゃるのは山下裕二先生! 実は、展覧会会場に入るとき、すれちがいに一人で出て行かれる山下先生をお見かけしたのである。何かの所用で戻っていらっしゃったとのか、と思ったら、山下先生の解説を熱心に聞いている背の高い男性が、井浦新さんであるのに気がついた。えええ!! 周りにも何人か気づいている人がいて「日曜美術館の…」とささやいていたが、みんな大人なので、静かに見守っていた。ああ、びっくりした。
最後の展示室には、日清・日露戦争を描いた戦争錦絵、明治天皇の肖像などが登場する。異彩を放つのは、竹内久一が制作した『神武天皇立像』。これは藝大の所蔵品だが、見たことあるだろうか。とにかく巨大なのだ。顔立ちは明治天皇の御真影をもとにしたといい、確かに似ている。そのため、こう言っては悪いが、あまり神々しさを感じない。大きいだけが取り柄のようにも思える。
帰りに陳列館で『保存修復彫刻研究室研究報告発表展』(2015年4月15日~4月19日)も見て来た。古い仏像や文化財を愛する私には、頭の下がる教育研究活動である。