〇木村幹『韓国現代史:大統領たちの栄光と蹉跌』(中公新書) 中央公論新社 2008.8
戦後、日本の植民地支配からの解放と米国の占領を経て、1948年に大韓民国が建国される。以後、60年間(本書の刊行まで)の韓国現代史を、個性豊かな大統領たちの姿を通じて描く。はじめに終戦の8月15日をどう迎えたかを、金大中、金泳三、尹譜善、李承晩、朴正熙の5人について検証し、以後も「政治的な節目」ごとに、4~5人(大統領就任前だったり、引退後だったり)の動向について語っていく。このほか、70年代以降に登場する李明博、廬武鉉を加え、最終的には7人が本書に取り上げられている。
李承晩(1875-1965)は名前しか知らなかったので、1948年の大統領就任時にすでに73歳だったことに単純に驚いた。朝鮮王朝時代に開化派のホープとして期待され、日本統治時代はアメリカに亡命、日本の敗戦後、米軍政府と各種政治勢力にかつがれて初代大統領に就任するが、1960年の四月革命により辞任、アメリカに亡命し、ハワイで客死する。尹潽善(1897-1990)は名前も知らなかったくらいだが、かなり後の時代まで政治家として活動している。
朴正熙(1917-1979)の軍事クーデタによる政権掌握、そして維新クーデタ(上からのクーデタ)による維新体制の発動については、近年、書籍や映画でだいぶ理解が進んだところである。興味深かったのは、韓国経済の立て直しのため、朴正熙が日本との関係改善に積極的に取り組んだこと、それが国民(特に学生)や野党強硬派の強い反発を生んだことだ。日韓国交正常化に賛成した野党政治家の金大中が、揶揄を込めて「サクラ」と呼ばれたことも初めて知った。政権の末期、朴正熙は「追い詰められることにより、弾圧し、弾圧することにより、さらに追い詰められる」状態で、深い孤独の中にいたという。1974年の暗殺未遂事件では、銃弾を受けた妻が亡くなっている。暗殺直前の1979年10月に李明博が見たという朴正熙の姿は、老いた独裁者の孤独を穿っていて、小説の一場面のようだった。
その後、本書は、崔圭夏、全斗煥、盧泰愚の3人は取り上げてない。これは、彼らが光州事件等の裁判を受けることになった関係上、資料的な制約が大きかったからと説明されている。そのため、次に登場するのは金泳三(1928-2015)と金大中(1924-2009)である。両者とも、長年にわたって権威主義政権の下で民主化運動を牽引してきたリーダーだが、大統領就任のいきさつを見ると、きれいごとだけでは済まない「政党政治」の怖さを実感した。
以上で旧世代が退場し、廬武鉉(1946-2009)、李明博(1941-)は、新世代の大統領と言ってよい。しかし期待を背負って登場した廬武鉉政権は、すぐに国民の支持を失い、レイムダックに陥ってしまう。韓国が未だ貧しく、権威主義体制下にあった時代には、政治家は「改革案」を示し、実行することができた。しかし豊かで民主的な社会では、政治的指導者の権能は限られており、「既にあるこの社会」よりも優れた代案を示すことは難しい。にもかかわらず、「改革」と「経済成長」を続けることができると信じていた国民は、廬武鉉政権に失望したのだ、と本書は説く。そして「経済成長」への期待は李明博政権に受け継がれる。この「豊かで民主的な社会」における政治と政治家の役割という問題は、韓国という限定を超えて、さまざまな地域に適用できると思った。