■大徳寺本坊
10月の第二日曜に京都・大徳寺で行われる宝物曝涼(むしぼし)に行ってきた。ちなみに3年前の初訪問の際の記事はこちら。↓
※2013秋@大徳寺曝涼(むしぼし)の至福
※2013秋@大徳寺:高桐院宝物曝涼展、黄梅院、龍源院
前日は京都に宿が取れず、滋賀県の守山泊。明け方、目が覚めて窓の外を見ると、どしゃぶりの大雨だった。これは曝涼は中止か、と思って、しばらく二度寝してしまったが、明るくなると、雨だけは上がった様子。でもまだ雲は低い。無駄足になるかもしれないなあ、と気をもみながら、新快速で京都を目指す。大徳寺が目の前に迫ったバスの中で、窓にポツポツ雨粒が当たり始めたときは、万事休すかと思ったが、なんとか傘を開くことなく、本坊に駆け込む。玄関には、たくさんの靴が並んでいたが、前回も感じた通り、会場が広いので、そんなに混み合った感じではなかった。
毎年、宝物の配置は同じらしい。前回の記録を参照しながら感想を修正/追加しておく。
【第1室】
・やっぱり、鴨居の上の『十王図』に驚く。
・高麗仏画『楊柳観音図』。第6室の楊柳観音図ほどは大きくない。
・牧谿筆『龍虎図』二幅。どちらも人相が悪い。その間に、机のような岩にもたれる『白衣観音図』があって三幅対の構成。
・美形の『維摩居士図』。
【第2室】
・左右の壁に『十六羅漢図』8幅ずつ。「明兆筆」の中に1点だけ「等伯筆」。
・牧谿筆の『虎』『鶴』『白衣観音』『猿』『虎』が並ぶ。第1室の虎に比べると、背を丸くかがめた姿勢。たおやかな白衣観音は宋代の美の理想という感じ。
・ここは襖絵も見どころ。
【第3室】
・書状、墨蹟が中心。大きな字で「茘枝(れいし)」が可笑しかったが、禅語では悟りの機縁らしい。
【第4室】
・鴨居の上に南宋時代の『五百羅漢図』百幅のうちの6幅。前回、「展示作品は毎年同じです」と聞いたけど、詳細を覚えていないので、確かめる術なし。
・頂相多し。臨済義玄とか虚堂智愚とか。
・狩野正信筆『釈迦三尊図』。『寒山拾得図』も好き。
【第5室】
・書状、宸筆。綸旨多し。
・襖(障壁)に猿回しが描かれている。
【第6室】
・小さい部屋に作品多数。
・長沢蘆雪筆『龍虎図』二幅と、その間に『大燈国師像』。
・明時代の『猫狗図』二幅。「狗図」は黒ぶち・茶ぶち・灰色のころころした子犬三匹に椿と太湖石、小鳥もいる。「猫図」は、前回キジトラと書いたが、サバトラかも。おすまし猫に牡丹、笹に雀。
・そして再び高麗絵画の『楊柳観音像』。これは本当に巨大。
【起龍軒】
・伝・牧谿筆『芙蓉図』。落款も署名もないのに、どうして牧谿と分かるのかなあ。
・利休の目利き添状は「宗易」の署名。
■高桐院
次に、ここも一日限りの宝物曝涼をやっている高桐院へ。湿り気を含んで緑の鮮やかな竹林と苔庭のアプローチが美しい。書院の展示は、探幽筆『文殊・普賢像』、永徳筆『維摩居士像』が印象的。天正20年(文禄元年)の秀吉の書簡は、文禄の役(朝鮮出兵)に触れていて、けっこう生々しい。「然れば高麗国王、去る二日、内裏自ら放火せしめ逃げ退き候」等とある。
茶室「意北軒」「松向軒」をさっと見て、本堂に向かう。方角を間違えて、思いがけず、銭選(銭舜挙)筆『牡丹図』二幅の飾られた部屋に、先に迷い込んでしまって慌てる。それから、ようやく本堂にたどりつく。
本来の仏間の中央を塞いで、中央に『楊柳観音像』と左右に南宋の李唐筆『山水図』ニ幅が掛けられている。手前には濃い緑釉の香炉が置かれ、線香から煙が立ちのぼっていた。その前に太い青竹が渡されていて、観客が近づきすぎないよう、無言で諌めている。『山水図』は、向かって左に身をよじる巨木の図、向かって右に流れ落ちる滝の図。この配置は前回と同じだ。
正面には、柱を背に、低い机を前に置いて、黙って見守るおじさんの姿。たぶん前回もお見かけした宇佐美松鶴堂の方だな、と思った。きちんと正座されていたので、一日中このままなんだろうか、と驚いたが、帰りがけに見たら足を崩されていたので、ほっとした。ちなみに、室内にはもうおひとり、学生ふうの若い女性の方も緊張した面持ちで正座しておられた。貴重な宝物を間近で拝観できる曝涼はありがたいけど、管理者の方は気が休まらないだろうなあ。
前回、気づかなかったのだが、『山水図』の脇に木箱(保存箱)の蓋が飾られていて、蓋の裏に「平成弐年十一月廿八日修理完了/株式会社宇佐美松鶴堂請負/高桐院現在剛山識」(たぶん)と記されていた。また『牡丹図』の脇にも同様の蓋があり「昭和五拾年参月文化財保護法ニヨリ修理了/高桐院現在剛山宗忠代」と読めた。
こうして二度目の大徳寺曝涼も堪能。外に出たときは、雲が切れて太陽が覗き、気温が上がっていた。またいつか来たい。どうか参観者が増えすぎませんように。この行事が続きますように。
10月の第二日曜に京都・大徳寺で行われる宝物曝涼(むしぼし)に行ってきた。ちなみに3年前の初訪問の際の記事はこちら。↓
※2013秋@大徳寺曝涼(むしぼし)の至福
※2013秋@大徳寺:高桐院宝物曝涼展、黄梅院、龍源院
前日は京都に宿が取れず、滋賀県の守山泊。明け方、目が覚めて窓の外を見ると、どしゃぶりの大雨だった。これは曝涼は中止か、と思って、しばらく二度寝してしまったが、明るくなると、雨だけは上がった様子。でもまだ雲は低い。無駄足になるかもしれないなあ、と気をもみながら、新快速で京都を目指す。大徳寺が目の前に迫ったバスの中で、窓にポツポツ雨粒が当たり始めたときは、万事休すかと思ったが、なんとか傘を開くことなく、本坊に駆け込む。玄関には、たくさんの靴が並んでいたが、前回も感じた通り、会場が広いので、そんなに混み合った感じではなかった。
毎年、宝物の配置は同じらしい。前回の記録を参照しながら感想を修正/追加しておく。
【第1室】
・やっぱり、鴨居の上の『十王図』に驚く。
・高麗仏画『楊柳観音図』。第6室の楊柳観音図ほどは大きくない。
・牧谿筆『龍虎図』二幅。どちらも人相が悪い。その間に、机のような岩にもたれる『白衣観音図』があって三幅対の構成。
・美形の『維摩居士図』。
【第2室】
・左右の壁に『十六羅漢図』8幅ずつ。「明兆筆」の中に1点だけ「等伯筆」。
・牧谿筆の『虎』『鶴』『白衣観音』『猿』『虎』が並ぶ。第1室の虎に比べると、背を丸くかがめた姿勢。たおやかな白衣観音は宋代の美の理想という感じ。
・ここは襖絵も見どころ。
【第3室】
・書状、墨蹟が中心。大きな字で「茘枝(れいし)」が可笑しかったが、禅語では悟りの機縁らしい。
【第4室】
・鴨居の上に南宋時代の『五百羅漢図』百幅のうちの6幅。前回、「展示作品は毎年同じです」と聞いたけど、詳細を覚えていないので、確かめる術なし。
・頂相多し。臨済義玄とか虚堂智愚とか。
・狩野正信筆『釈迦三尊図』。『寒山拾得図』も好き。
【第5室】
・書状、宸筆。綸旨多し。
・襖(障壁)に猿回しが描かれている。
【第6室】
・小さい部屋に作品多数。
・長沢蘆雪筆『龍虎図』二幅と、その間に『大燈国師像』。
・明時代の『猫狗図』二幅。「狗図」は黒ぶち・茶ぶち・灰色のころころした子犬三匹に椿と太湖石、小鳥もいる。「猫図」は、前回キジトラと書いたが、サバトラかも。おすまし猫に牡丹、笹に雀。
・そして再び高麗絵画の『楊柳観音像』。これは本当に巨大。
【起龍軒】
・伝・牧谿筆『芙蓉図』。落款も署名もないのに、どうして牧谿と分かるのかなあ。
・利休の目利き添状は「宗易」の署名。
■高桐院
次に、ここも一日限りの宝物曝涼をやっている高桐院へ。湿り気を含んで緑の鮮やかな竹林と苔庭のアプローチが美しい。書院の展示は、探幽筆『文殊・普賢像』、永徳筆『維摩居士像』が印象的。天正20年(文禄元年)の秀吉の書簡は、文禄の役(朝鮮出兵)に触れていて、けっこう生々しい。「然れば高麗国王、去る二日、内裏自ら放火せしめ逃げ退き候」等とある。
茶室「意北軒」「松向軒」をさっと見て、本堂に向かう。方角を間違えて、思いがけず、銭選(銭舜挙)筆『牡丹図』二幅の飾られた部屋に、先に迷い込んでしまって慌てる。それから、ようやく本堂にたどりつく。
本来の仏間の中央を塞いで、中央に『楊柳観音像』と左右に南宋の李唐筆『山水図』ニ幅が掛けられている。手前には濃い緑釉の香炉が置かれ、線香から煙が立ちのぼっていた。その前に太い青竹が渡されていて、観客が近づきすぎないよう、無言で諌めている。『山水図』は、向かって左に身をよじる巨木の図、向かって右に流れ落ちる滝の図。この配置は前回と同じだ。
正面には、柱を背に、低い机を前に置いて、黙って見守るおじさんの姿。たぶん前回もお見かけした宇佐美松鶴堂の方だな、と思った。きちんと正座されていたので、一日中このままなんだろうか、と驚いたが、帰りがけに見たら足を崩されていたので、ほっとした。ちなみに、室内にはもうおひとり、学生ふうの若い女性の方も緊張した面持ちで正座しておられた。貴重な宝物を間近で拝観できる曝涼はありがたいけど、管理者の方は気が休まらないだろうなあ。
前回、気づかなかったのだが、『山水図』の脇に木箱(保存箱)の蓋が飾られていて、蓋の裏に「平成弐年十一月廿八日修理完了/株式会社宇佐美松鶴堂請負/高桐院現在剛山識」(たぶん)と記されていた。また『牡丹図』の脇にも同様の蓋があり「昭和五拾年参月文化財保護法ニヨリ修理了/高桐院現在剛山宗忠代」と読めた。
こうして二度目の大徳寺曝涼も堪能。外に出たときは、雲が切れて太陽が覗き、気温が上がっていた。またいつか来たい。どうか参観者が増えすぎませんように。この行事が続きますように。