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昭和天皇の肉声/象徴天皇の実像(原武史)

2024-11-24 22:24:52 | 読んだもの(書籍)

〇原武史『象徴天皇の実像:「昭和天皇拝謁記」を読む』(岩波新書) 岩波書店 2024.10

 『昭和天皇拝謁記』は、戦後、宮内府長官および宮内庁長官を務めた田島道治(1885-1968)の日記・書簡等の記録をまとめたもので、2021年から23年にかけて岩波書店から刊行された。この中には「まるでテープレコーダーに録音していたのではないかと思われるほど詳細に」田島と天皇のやりとりが記録されているという。貴人に仕える者としての、記録への執念というか責任感が生んだものかと思う。

 本書は、近代の天皇制について多くの論考のある著者が、この『拝謁記』から読み取った昭和天皇の人間像を「天皇観」「政治・軍事観」「戦前・戦中観」「国土観」「外国観」「人物観(皇太后節子、他の皇族や天皇、政治家・学者など)」「神道・宗教観」「空間認識」のテーマで分析したものである。

 正直なところ、そんなに意外な記述はなく、だいたい、こういう人なんだろうなと想像していたとおりの印象だった。昭和天皇は、日本国憲法の制定によって「象徴」となったが、その意味を突き詰めて考えた形跡はないという。政治・軍事中心であったものを今後は文化、学問芸術を中心にしようとか、過剰な警備を止めて国民に接近しようとは考えている。いやなことを進んでやり、道義上の模範となるよう修養を心がけているというのも嘘ではないだろう。しかし、やっぱり統治権の総覧者、大元帥としての意識が抜けていない。忠君愛国は悪くないとか、教育勅語はあったほうがよいという思考は、令和になっても残っているくらいだから、この人が内心でそう思っていたのは、まあしかたないだろう。

 民主主義に関しても、あまり賛意を表明していない。平和、民主、自由のような美名よりも、大事なのは「祖国防衛」である。民主主義は、戦争の時にすぐ動けないのが「弊の一つ」であると述べている。昭和天皇は再軍備論者でもあった。その背景には、共産主義への強い危機感・警戒感がある。共産主義は軍備の弱い日本に易々と侵入することができ、大学や会社などの組織の中にひたひたと勢力を広げていると考えていたようである。ロシア革命の例もあるので、君主(象徴だけど)の立場として共産主義を恐怖することは分かる。しかし再軍備が叶わないなら米軍に守ってもらわなければならいので、沖縄でも内灘(石川県)でも浅間山でも米軍に提供することにためらいがない発言をしているのは、ちょっと驚いた。

 皇太子の進学先をめぐっては、容共的な姿勢の南原繁総長を戴く東大は絶対に嫌だったようだ。皇太子は学習院大学に進学するが、天皇制に批判的な清水幾太郎を教授にしておく安倍能成学長に不満を漏らしている。このへんは天皇家の家庭内事情だから、何を言ってもいいと思うけれど。著者が、昭和天皇の共産党認識を、後期水戸学がキリスト教に対して抱いた危機感に通じると分析しているのは面白かった。

 また、朝鮮半島に対しては、戦後も露骨な蔑視を伴う発言を残している。しかしこれも当時の多数の日本人(知識人を含めて)の標準的な感覚だったとも言える。晩年の昭和天皇は全斗煥大統領と会うわけだが、もし反共主義について言葉を交わしていたら、十分意気投合できたのではないかと思う。

 天皇家の人々について。昭和天皇が皇太后節子を強く恐れていたことは、著者の『皇后考』にも書かれていたが、皇太后が亡くなった後、父・大正天皇と母・貞明皇太后の関係を語っている箇所は、宮内庁は外に出してもよかったのかしら。宮中では大正天皇の時代から一夫一婦制が確立されたことになっていたが、実態はそうではなかったという。その点では、一夫一婦制の実態を確立した(と思われる)昭和天皇はえらい。しかし宮中の儀礼(血の穢れを忌む)との関係で皇后の生理を完全に把握して話題にしていることに、著者は驚きと違和感を述べている。確かに夫婦としては非人間的なようだが、生物学者でもあるしね。

 皇太子明仁(東宮ちゃん)については、天皇となることを不安視する発言を繰り返していたが、天皇明仁が「象徴」の務めを熟考し、沖縄訪問、中国訪問など、先代の「負の遺産」の解消に努力されたことは周知のとおりである。それで、今上はどうなんだろう。年代的には一番近い今上の考えていることが、今ひとつ私には分からない。


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