見もの・読みもの日記

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成り上がりの軌跡/女帝 小池百合子(石井妙子)

2020-06-11 23:43:05 | 読んだもの(書籍)

〇石井妙子『女帝 小池百合子』 文藝春秋 2020.5

 めったに読まないベストセラー本を読んでしまった。5月半ばだったと思うが、神田の三省堂に行ったら、小池百合子の笑顔を表紙にした新刊書を見かけた。げっと思って素通りしてきたのが、その後、ネットに次々と感に耐えかねたような読者の感想が流れ、特に近藤大介氏が、著者の石井妙子氏にインタビューした長文記事(現代ビジネス2020/6/5)を読むに至って、ガマンできずに書店に走り、即日読了してしまった。

 小池百合子(1952-)は兵庫県の芦屋に生まれた。ただし「芦屋令嬢」のイメージには程遠い。父・勇二郎は、学生時代はスメラ塾(国家主義団体)の一員で、戦後は自民党右派の有名政治家に積極的に接近した。自ら選挙に出たこともあるが失敗。商売では中東の有力に近づき、石油で儲けようとした。そんな父の影響で、小池はエジプトのカイロへ留学することになる。

 著者は、カイロで小池の同居人だった早川玲子さん(仮名)への取材を通して、エジプト留学時代の小池の実像に迫ろうとする。少し年上の早川さんは、小池のわがままに振り回されながら、若い同居人を暖かく見守っていた。しかし小池がカイロ大学を卒業できたとは信じていない。にもかかわらず、帰国後の小池が「カイロ大学首席卒業」を看板にマスコミに就職し、政界に転じて大臣にまでなったこと、学歴詐称がささやかれてもカイロ大学がそれを否定し続けていることに、困惑と恐怖を感じているという。

 1976年に帰国した小池は、日本テレビ「竹村健一の世相講談」のアシスタント、テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」のメインキャスターを経て、1992年、細川護熙が立ち上げた日本新党の候補者として政界入りする。そうなのかー私はテレビキャスター時代の小池は全く知らない。あまりテレビを見なかったせいもあるが、田丸美寿々、小宮悦子、宮崎緑などは覚えているので、当時の多士済々の女性キャスター勢の中で、小池は目立っていなかったと思う。しかし、そこからの「のし上がり」方はすごい。

 細川政権で総務政務次官をつとめ(日本新党)、細川下ろしに加担、小沢一郎に接近し(新進党)、また離反、小泉外交を批判(保守党)していたかと思えば、自民党入りし、郵政選挙で小泉のための刺客をつとめる。あらためて閲歴をたどると無節操ぶりがすごい。小池にとっては、より高い地位に立ち、華やかなスポットライトを浴びることが重要で、政治家としてやりたいことがあるわけではない、というのはよく分かる。ただ、クールビズとか打ち水とか、イメージ戦略は巧いし大好きだ。そして、ちょっと見栄えのいい女性政治家に、オジサンたちがころころ転がされる図は芸術的で、感嘆する。ただし、安倍晋三首相は小池百合子を苦手にしている、という記述に笑ってしまった。安倍首相に共感したのは初めてである。

 興味深いのは、オジサンばかりでなく、物事をわきまえているはずの中高年女性たちも、しばしば小池に騙されることだ。アスベスト被害者の家族の会の女性とか、築地女将さん会の女性とか。築地のおかみさんが「女性だからと信じてしまった」と歯噛みしているのが印象的だった。気持ちは分からなくもない。そのくらい、この国の男女の溝は深いのである。4年前の都知事選挙のとき、私はまだ茨城県民で投票権がなかったが、身近にいた、比較的仕事のできる女性が「小池さんがいい」というのを、黙って死んだ目で見ていた。

 なお、本書は「カイロ大学卒」という嘘が、嘘(あるいはパフォーマンス)で固めた小池の人生の起点になっていると考える。さらに遡ると、小池は生まれつき顔に赤いアザがあり、アザを隠すこと、アザを気にしていない振りをすること、期待される人格を演じることが習い性になっているのではないかと推察する。興味深い解釈だが、眉唾な感じもする。それよりも印象に残ったのは、早川さんの証言の中で、小池が「よくエジプト人なんかと付き合えるわね」と露骨に蔑み、嫌がっていたこと。都知事である今の姿勢と、見事に一貫しているなと思った。

コメント (2)
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