見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

情と理想主義/映画・キングメーカー 大統領を作った男

2022-09-17 23:18:19 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇ビョン・ソンヒョン監督『キングメーカー 大統領を作った男』(シネマート新宿)

 韓国の近現代史(政治史)を素材にした映画って、どうしてこんなに面白いんだろう。本作の主人公は、第15代韓国大統領となった金大中(キム・デジュン)の選挙参謀だった厳昌録(オム・チャンノク)をモデルにしている。

 キム・ウンボム(モデルは金大中)は民主政治の実現を目指して、野党・新民党から国政選挙に立候補しては何度も落選していた。1961年、木浦の補欠選挙でも、与党・共和党の圧倒的な物量作戦の前に苦戦していたが、ある日、選挙事務所に一人の男が訪ねてくる。北朝鮮出身のソ・チャンデ(モデルは厳昌録)は、キム・ウンボムの理想に共鳴し、必ず先生を国政の場に送り出したいと申し出る。そして、公式には組織に所属しない「影」の選挙参謀として、奇想天外な戦略で民心を掴み、キム・ウンボムを議員に押し上げる。

 1970年、大統領選を控えて、野党・新民党では大統領候補を指名する選挙が行われることになった。与党・共和党は、戦いやすい相手である新民党総裁カン・インサンをひそかに支援する。しかし新民党内部では、次代を担う若手議員、キム・ウンボム、キム・ヨンホ(モデルは金泳三)、イ・ハンサン(モデルは李哲承)の三人が立候補を表明する。下馬評ではキム・ヨンホ有利と考えられていたが、焦るイ・ハンサンを手玉にとったソ・チャンデの心理作戦で、キム・ウンボムが大統領候補の座を獲得する。

 翌年の大統領選に向けて脅威を感じた与党・共和党は、ソ・チャンデの抱き込みにかかる。一方、「影」の存在であることに不満を感じ始めていたソ・チャンデ、ソ・チャンデの手段を選ばない(民衆を信頼しない)やりかたに違和感を抱くキム・ウンボムの間には、徐々に亀裂が生じていた。そしてソ・チャンデはキム・ウンボムのもとを去り、大統領選では与党のために奮戦することになる。現職のパク大統領とキム・ウンボムの戦いを「慶尚道と全羅道の戦い」と称して、国民の愛郷心を煽った作戦があたり、慶尚道(人口が多い)の出身であるパク大統領が勝利を収める。しかしソ・チャンデは、それ以上、与党のために働くことを拒否して姿を消す。

 そして年月が流れ、初老のソ・チャンデは、場末の安酒場でキム・ウンボムと対面し、まだ理想を追いかける彼の姿を眩しそうに見つめる。そんな終わり方だったと思うのだが、このラストがいつ(金大中が大統領になった後か否か)の設定だったか、把握できなかった。でも全編を通して、とても面白かった。

 1960~70年代の韓国の選挙の実態がひどかったことは初めて知った。しかし、木浦の補欠選挙では、ソ・チャンデの無茶苦茶な票固め戦略が描かれるけれど、それを対立候補に指弾され、形勢が悪くなりかかったところで、民心をつかみ直すのは、キム・ウンボムの演説の力なのだ。そもそもソ・チャンデ自身が、キム・ウンボムの演説に惹かれてやってくるので、「言論」や「主義」の力を根底では信じている映画だと思う。

 あと、政治の世界に身を置く男たちの「情」の深さ。それをイケメン(年代問わず)が演じるのが、韓国政治映画のおもしろさである。日本の戦後政治を描いても、残念だが、こういう魅力的な映画にはならないだろう。ソ・チャンデを演じたイ・ソンギュンさん、いい声だなーと思ってぼんやり見ていたが、『パラサイト』の社長さんか。キム・ウンボムを演じたソル・ギョングさんは、理想主義の政治家らしい雰囲気で、演説にも迫力があった。

 ただ、ちょうど私が映画を見た直後に、政治学者の木村幹さんがつぶやいていたところでは、本作は史実そのままでなく、かなりフィクションが混じっているようだ。

 金大中の選挙参謀・厳昌録について、いちばん参考になったのは以下の記事。ネットでこういう記事が拾えるのはありがたい。

※一松書院のブログ:キングメーカー 厳昌録-東亜日報「南山の部長たち」より(2022/8/1)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする