〇東京藝術大学大学美術館 特別展『日本美術をひも解く-皇室、美の玉手箱』(2022年8月6日~9月25日)
宮内庁三の丸尚蔵館が収蔵する皇室の珠玉の名品に、東京藝術大学のコレクションを加えた多種多様な作品を通じて、日本美術の豊かな世界を展観する。8月にふらっと前期を見に行ったら、あまりの凄さに圧倒されて、後期も行かざるを得なくなった。両方の感想を混ぜながらレポートしたい。
後期の見ものは、なんといっても伊藤若冲の『動植綵絵』10幅の登場。朝、早めの時間に入館し、順路は3階からなのだが、若冲が展示されていると思われる地下2階から見ることにした。展示室に入ると、右手の壁にずらりと『動植綵絵』が並ぶ。ちょっと考えて、前期は酒井抱一の『花鳥十二ヶ月図』が掛かっていたことを思い出した。展示は「芍薬群蝶図」「老松白鶏図」「向日葵雄鶏図」「紫陽花双鶏図」「池辺群虫図」「蓮池遊魚図」「芦鵞図」「芦雁図」「桃花小禽図」「梅花小禽図」。記憶に従って会場の配列を再現してみたつもりだが、違っているかもしれない。この中だと私は、いちばん好きなのは「蓮池遊魚図」かな。ついついみんな饒舌になるので(分かる)係員の方が「感染予防のため、会話はお控えください」と何度も声をかけていた。
3階の入口に戻ろう。「序章」冒頭には『菊蒔絵螺鈿棚』。なぜこれが?とよく分からなかったが、図録を読むと、明治天皇の許可のもと、東京美術学校と宮内省によって制作された記念碑的作品であるそうだ。たいへん優美。それから芸大所蔵の法隆寺金堂模型、岡倉天心の講義ノートなど。
「1章 文字からはじまる日本の美」は圧巻だった。全体の点数は少ないが、全てメインディッシュ。伝・行成筆『粘葉本和漢朗詠集』と伝・公任筆『巻子本和漢朗詠集』は料紙も美しい。前期は大好きな藤原佐理の『恩命帖』に釘付けになり、後期は小野道風の『屏風土代』に圧倒された。
「2章 人と物語の共演」は絵巻大集合! 『絵師草紙』『蒙古襲来絵詞』『春日権現記絵』(前期:巻4、後期:巻5)『北野天神縁起絵巻』(三巻本、室町時代、かなりゆるい)『西行物語絵巻』(尾形光琳が俵屋宗達の作品を写したもの)『酒伝童子絵巻』(17世紀、土佐派と狩野派の両者の影響)そして『小栗判官絵巻』(前期:巻1、後期:巻2)。『小栗』後期は、深泥池の大蛇が姿を現した図を見ることができて大満足。
「平治物語絵」「保元物語絵」などを貼り込んだ宗達の『扇面散屏風』は、どんな場面なのかを想像しながら、1画面1画面をじっくり見てしまった。ちょっと奇怪な風貌の『小野道風像』(伝・頼寿筆、鎌倉時代)も面白かった。古代風俗に題材をとった明治の工芸、山崎朝雲『賀茂競馬置物』もよかったなあ。
地下2階「3章 生きものわくわく」は楽しい展示室で、左右の展示ケースに動植物を描いた絵画を掛け、中央の空間には工芸品を並べる。前期は、酒井抱一の『花鳥十二ヶ月図』や狩野永徳・常信の『唐獅子図屏風』を従えるように、突き当りの壁面に高橋由一の『鮭』と葛飾北斎の『西瓜図』があるのが、なんだか可笑しくて笑ってしまった。まあ「生きもの」には違いない。後期に登場した谷文晁『虎図』は、どこか人間を思わせる体型。図録の解説に「ユーモラス」とあるけど、人虎伝説を思わせて私は怖かった。
この展示室の見どころは、ふだんあまり見る機会のない明治の工芸品である。彫金の『鼬』の愛らしさ。高村光雲の木彫『矮鶏置物』の尾羽の超絶技巧。白銅鋳造『兎』の洗練されたアールデコ造形。ブロンズ『軍鶏置物』は逞しい両足で堂々と歩む姿が、カオカオ様を思わせる。こういう多彩な「生きもの」たちの背景に若冲の『動植綵絵』を眺めるのもオツな体験だった。
最後の「4章 風景に心を寄せる」。前期はずいぶんモダンな屏風が出ているなあと思ったら、桃山時代・海北友松の『浜松図屏風』と『網干図屏風』でびっくりした。後期は一転して、小坂芝田『秋爽』と池上秀畝『秋晴』(どちらも大正時代)。初めて聞く画家の作品だが、とても気に入った。五姓田義松『ナイアガラ景図』は、どこかで見ているかもしれないが、初めて認識した。変化する水の色が美しい。高橋由一『栗子山隧道』、中村不折『淡煙』、和田英作『黄昏』など、大好きな明治の洋画をたくさん見ることができて嬉しかった。