〇出光美術館 出光美術館の軌跡 ここから、さきへIII『日本・東洋陶磁の精華-コレクションの深まり-』(2024年7月20日~8月25日)
休館を控えた展覧会の第3弾は、同館コレクションの核とも言える日本と東洋の陶磁を展示する。本展の展示趣旨に「陶磁器は各国・地域で相互に影響を与えながらも、自然環境や文化・伝統などを背景に独自のフォルムやデザインを生み出していたことがわかります。出光美術館の陶磁器コレクションでは、これらを介した人々の交流、情熱を感じることができます」とあるのが嬉しかった。そう、私はこのような視点を、同館の展覧会を通じて学んできた。
本展は冒頭に中国・朝鮮・日本の陶磁を代表する作品を数点ずつ並べている。中国の『青花龍文壺』(明・宣徳年代)は三本爪の龍のほかに鬼面(キールティムカ)4面が描かれているのが特色。ニューヨークメトロポリタン美術館の所蔵品と一対だが、1970年頃までタイのバンコクにあり、暹羅(シャム)国の朝貢の回賜品だったと考えられている。日本ものは巨大な『深鉢形土器(火炎土器)』(出土地の注記なし)と仁清の『色絵芥子文茶壺』で、この2つを並べるセンスが好き。『色絵芥子文茶壺』は芥子の花がわらわらと固まって咲いているのだが、裏側に1株だけ群れを離れた芥子があるのがよい。そして出光コレクションの陶磁は、どれも大ぶりだなあと感じた。
次に中国・朝鮮・日本の各地域の名品を見ていく。中国は、まず『白地黒掻落牡丹唐草文枕』が出ていて嬉しかった。白と黒のうつわ、磁州窯の魅力を教えてもらったのは、ここ出光美術館の展覧会である。『青花騎馬人物文壺』(元時代)は王昭君の故事を描いたもので、ここに描かれた匈奴の風俗、武侠ドラマのモンゴルや金の風俗に影響を与えているような気がする。『青花魚藻文皿』(元時代)も好き。イスラム文化の影響で、中国には元来無かった大皿が制作され、輸出されるようになったという東西交流の一面も、私は同館の展覧会で覚えた。出光の朝鮮陶磁は、あまり意識したことがなかったが、『白砂鉄砂龍文壺』の龍が暴力的にゆるくてびっくりした。古すぎるんだけどケムンパスに似ていた。
日本陶磁に行く前に、銅器や漆器、茶道具などの展示もあった。『鴟鴞卣(しきょうゆう)』は2羽のフクロウが背中合わせになったかたち。泉屋博古館の所蔵品は持ち手がついているだが、これは持ち手がないので、フクロウ感が強い。敵に囲まれて背中合わせで追いつめられた感じ(笑)。玉澗筆『山市晴嵐図』と徐祚筆『漁釣図』(どちらも南宋時代)を見ることができたのは幸運。
日本陶磁は弥生時代後期の『朱彩壺形土器』から始まる。側面に赤色の太いボーダーが引かれている。よく見ると縄文も伴っており、縄文と弥生が、完全に別の文化ではないことを感じさせる。鎌倉時代後期の『灰釉牡丹文共蓋壺』には、中国の青磁壺の写しだが、轆轤を使わず、粘土紐を積み上げて整形しているとあって、え、そんな製法が分かるものなのか?と驚いた。桃山時代の『志野山水文鉢』は出世の代名詞である龍門の滝登りに挑む2匹の鯉を描いているが、画題を裏切ってのんびりした画風で好き。
あとは柿右衛門も仁清も乾山も青木大米も、みんな出光美術館で覚えたなあと思ってしみじみした。ついでに陶片室もゆっくり一周してきた。