見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

国宝と天体望遠鏡/皇室のみやび、他(皇居三の丸尚蔵館)

2023-12-12 18:07:26 | 行ったもの(美術館・見仏)

皇居三の丸尚蔵館 開館記念展『皇室のみやび-受け継ぐ美-』(第1期:三の丸尚蔵館の国宝)(2023年11月3日~12月24日)

 三の丸尚蔵館は、皇室ゆかりの文化財等を展示・公開する施設である。私は、ずっと昔から(戦後すぐくらいから)存在した施設のように思っていたが、調べたら、昭和天皇の崩御をきっかけに皇室の財産の整理が行われ、国有財産となった美術品類を適切な環境で保存研究し、一般に公開する目的で1993年に設置されたのだそうだ。コロナ禍で全く気づいていなかったが、2019年12月から新施設への移行準備のため、しばらく休館していた。そして今年1月、新棟の第1期工事が完了し、開館記念展が開催される運びとなったのである。

 さらに大きな変化として、2023年10月1日付で、管理・運営が宮内庁から独立行政法人国立文化財機構へ移管された。これに伴い、新しいホームページが立ち上がり、名称も「三の丸尚蔵館」から「皇居三の丸尚蔵館」に変更されたようだ。これまで入館無料だったが、本展は入館料1,000円を徴収している。それはいいのだが、事前予約が必須となり、注目を集める今だけかもしれないが、けっこう早くに予約チケットが売り切れてしまうのは困りものだ。ようやく取れたチケットで見に行った日は、乾通りの一般公開と重なって、この賑わい。

 新しい展示棟の隣のスペースでは第2期工事を続行中で、カフェなどの入る施設ができるらしい。

 展示棟の展示室は2室あり、小さいほうが開館記念展に当てられている。10点ほどの小規模な展示だが、タイトルに「国宝」を入れただけの内容だった。いきなり『春日権現験記絵』の、しかも大好きな巻19の雪景色が開いていて不意打ちをくらう。え?ホンモノ?これ複製じゃないよね…。さらに、まわりのお客さんが「国宝」の原本を平然とスマホで撮影していることにも驚く。この展覧会、個人利用のためなら撮影OKなのである。海外の博物館・美術館みたいだ!

 絵巻はもう1作品『蒙古襲来絵詞』も出ていて、少し前に永青文庫で見た模本を思い出しながら眺めた。

 若冲の『動植綵絵』は「梅花群鶴図」「棕櫚雄鶏図」「貝甲図」「紅葉小禽図」の4点が出ていた。これも夏に京都の承天閣美術館で複製を見たが、やっぱり、暗めの照明の下で見るホンモノの色彩は抜群に美しい(気がする)。この青い小鳥はルリビタキだろうか(最近覚えた鳥の名前)。

 若冲はともかく、小野道風の『屏風土代』の撮影OKには、もったいなくて手が震えた(しかし撮影人気は圧倒的に絵巻と若冲)。

 別の1室(こちらのほうが広い)では、特別展示『御即位5年・御成婚30年記念 令和の御代を迎えて-天皇皇后両陛下が歩まれた30年』(2023年11月3日~12月24日)を開催中。両陛下のお召し物(束帯、唐衣、燕尾服、ローブデコルテ)、ボンボニエール、歌会始の御懐紙、御愛用の楽器などが展示されていた。国宝が撮影し放題なのに対して、こちらは、ほとんどの品が撮影禁止。

 個人的に印象深かったのは、天皇陛下が小学生のときに買ってもらったという天体反射望遠鏡。「旭精光研究所」というプレートが付いていた。調べたら、旭精光研究所(アスコ)は国内屈指の望遠鏡メーカーだったが、いまは製造をやめているらしい。私は陛下と同世代で、やはり天体観測に興味を持った時期があり、駅ビルの文具店(たぶん)のウィンドウに飾られていた天体望遠鏡を憧れの目で眺めていたことを、久しぶりになつかしく思い出した。

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画家と刑事のバディ/中華ドラマ『猟罪図鑑』

2023-12-10 22:43:39 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『猟罪図鑑』全20集(愛奇藝、檸檬影視、2022年)

 中国では2022年公開。日本でも同時期から『猟罪図鑑~見えない肖像画~』のタイトルで知られているのは、そうか、国際版プラットフォームで日本語字幕版が配信されているためか、と気づき、いい時代になったなあと思う。檀健次くんの出演作、最近見ていなかったのだが、『蓮花楼』で10年ぶりくらいに肖順堯さんを見て、同じMIC男団の檀健次くんの最近作を見たくなり、本作を見てみた。

 舞台は中国南方の北江市(ロケ地は厦門)。美術学校の教師を勤める青年画家・沈翊は、市警察分局の模擬画像師(似顔絵師)の職を引き受けるが、刑事隊長の杜城は反発する。7年前、杜城の恩師の雷刑事が何者かに殺害される事件が起きた。当時、画学生だった沈翊は、事件の鍵を握る女性の顔を見たはずなのに、絵に描くことができなかったのだ。雷刑事の事件は今なお未解決で、杜城はずっと犯人を追っていた。しぶしぶ沈翊を受け入れた杜城だったが、沈翊が天才的な画力を発揮し、真摯に捜査に取り組む姿を見て、あっと言う間に「同僚」と認め、「朋友」になってしまう(笑)。

 作中に描かれる事件を、順番どおり【ネタバレ】込みでメモしておく。(1)マンション殺人事件。外売配達員が証言。(2)美容整形外科医の殺害。お客の女性を性的にもてあそんでいたことが判明。(3)高校の校庭で白骨化した遺体が見つかる。10年前に失踪した女子学生の日記から、彼女の学園生活を解き明かす。(4)死刑囚の女性が何度も証言を変更し、共犯者の恋人をかばっていた。(5)旧弊な大学教授を父親に持つ少女が男友達に誘拐され、自力で逃げ出す。(6)妻と幼い娘を残した父親の失踪。被害者に見えた女性には別の顔があった。(7)DV男性から逃れた元妻のもとに男性が現れる。(8)幻覚剤を飲まされて性的暴行を受けた女子学生の証言を読み解く。(9)沈翊の恩師である老画家が妻とともに自殺する。発端は息子を騙ったAI詐欺だった。(10)杜城のお見合い相手となった女性モデル。写真の顔が切り取られる事件が起きる。(11)配達物による連続爆破事件。(12)人身売買組織の首謀者と見られていた女性「M」が遺体で発見される。市警察本局から派遣された路刑事は杜城の行動を疑うが、沈翊らは杜城への信頼を堅持する。そして、情報セキュリティサービス会社の社長が、人身売買組織の黒幕であったこと、雷刑事の殺害にも関与していたことを突き止める。最後は杜城と沈翊が、警官の職務にかける決意を新たにして幕。

 天才・沈翊は、曖昧な証言から犯人の似顔絵を描き出すだけでなく、幼少期の写真や、時には白骨から人物の容貌を推測するとか、ちょっと無理があるんじゃないか、とも思ったが、まあ面白いからいいことにする。扱われる事件の多くが、女性を加害者・被害者とするもので、古いタイプの痴情のもつれとかではなく、非常に現代的な「女性の困難」を題材にしているのが、興味深かった。あと、AIフェイク画像とか、情報セキュリティ企業が市民の個人情報を盗もうとしているというテーマは、ずいぶん現代的だと思った。

 檀健次くんの演じた沈翊は、画力については天才だが、温厚な常識人で、むしろちょっとドン臭いところもあってかわいい。金世佳が演じた杜城は体育会系の単純率直な好男子で、二人の凸凹バディ感(身長差がよい)がこのドラマの最大の魅力だろう。また、杜城をはじめ北江市警察分局の面々はいつも仲が良さそうで、ジェンダーと年齢のバランスもよく、警察ドラマにありがちな一匹狼の問題児もいなくて、理想的な職場に感じられた。悲しい事件もあるが、全体としては気持ちの明るくなる刑事ドラマである。

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2023年12月鳥取砂丘と駅前歩き

2023-12-10 18:11:33 | 行ったもの(美術館・見仏)

先週は木・金と鳥取出張だった。私費で後泊をつけて、土曜は現地の知人に鳥取砂丘を案内してもらった。鳥取砂丘は、たぶん20年以上前に、やはり仕事で鳥取に来たついでに観光したことがある。

この日は山陰の12月とは思えない青空だった。馬の背と呼ばれる大砂丘の尾根(標高47メートルとも)の下は黒っぽい湿地で、小さな池がある(同行者の話では、季節によって池の大きさが変わる、とのこと)。この風景、むかし訪ねた敦煌の月牙泉を思い出した。

へろへろになりながら大砂丘に登ると、紺碧の日本海が広がる。これは鳥取ならではの風景。馬の背の上は、かなり風が強かった。

砂丘の周囲は、むかしながらのお土産屋さんが廃業するのと入れ替わりに、おしゃれな施設ができつつあった。2022年にオープンしたタカハマカフェは隈研吾氏の設計。展望テラスでコーヒーをいただいた。

知人と別れてから、駅前をぶらぶらしていて見つけた、味わいのあるビル。ヲサカ文具店は昭和21年創業の老舗で、メイドイン鳥取のオリジナル文具を開発したり、ジューススタンドも経営している。

その隣りにあったのが、鳥取たくみ工芸店。鳥取が民藝運動ゆかりの土地であることは、隈研吾設計事務所のタカハマカフェについての説明にも言及があって、ぼんやり記憶がうずいていたのだが、あとで調べたら、そうだ、国立近代美術館の『民藝の100年』展でも紹介されていたお店だった。「民藝」らしい陶器や織物、染物が手頃な値段で並ぶ中、来年の干支、龍(たぶん)の木彫りの置物が気になったが…その前に丸由百貨店の地下で、白バラ牛乳のシュトーレンを自分のお土産に買っていたのでガマンした。

食べたものは全部美味しかった。冬の味覚・カニだけでなく、らっきょうとか長芋とか牛骨ラーメンとか。居酒屋に置いてあった、山崎醸造のとろっとした醤油が美味しかったので、どこかで何とか手に入れたいと思っている。

駅前の「すなば珈琲」ではモーニングをいただいた。

次回は遺跡や博物館巡りを中心に計画を立てて、来てみたい。

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クリスマスリース2023

2023-12-04 19:58:52 | なごみ写真帖

今年も幡ヶ谷のラベイユ四季という花屋さんで、手作りのクリスマスリースを買ってきた。

いまブログを検索したら、途中(北海道で暮らした期間)中断はあるものの、2008年から写真を掲載している。年に1回のお付き合いだが、顔なじみのおばさんに会えて嬉しかった。

比較的小さめのサイズで、値段は税込み3,850円。ベリーやひまわりなど「実り」を感じさせるデザイン。左右に垂れているのは稲穂で「お正月まで飾ってもいいように」というのが気に入った。実は、スタンダードなクリスマスリースでも、毎年、正月七日までそのまま飾っているのだが。

去年の今頃は喪中だったので、心もち控えめに過ごしていたが、今年は年末年始のお祝い気分をしっかり味わいたいと思っている。

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徽宗の猫と桃鳩/北宋書画精華(根津美術館)

2023-12-03 20:46:47 | 行ったもの(美術館・見仏)

根津美術館 特別展『北宋書画精華』(2023年11月3日~12月3日)

 日本に伝存する北宋時代(960~1127)の書画の優品を一堂に集めた展覧会。「きっと伝説になる」をキャッチコピーに、力の入った展覧会で、北宋の絵画作品21件(墨摺、関連作品を含む)、経巻・書跡10件、舶載唐紙を使った古筆切9件が集結していた。ただ、所蔵館を見ると、大阪市博とか藤井斉成会有鄰館とか黒川古文化研究所とか、最近ご無沙汰しているけれど、たぶん一度は見ている作品が多かった。

 その中で最も「レア」なのは、12/1~3の3日間だけ展示される徽宗皇帝筆『桃鳩図』だと思ったので、展示リストが公表されるとすぐ、最終日12/3の朝イチの日時指定券を取って、あとはじっと待っていた。そうしたら、このブログに大和文華館の『いぬねこ彩彩』を見て来た感想のコメントで、11/28~30の3日間、伝・徽宗筆『猫』が出るというのを教えてくれた方がいて、慌てて日程を調整した。どうやら11/29(水)なら都合がつきそうだったので、15:00過ぎに仕事を切り上げて表参道にダッシュした。幸い、予約なしでも入れてもらえたが、館内は外国人のお客さん(中国系+欧米系)でけっこう混み合っていた。

 冒頭は荘重な雰囲気の墨画山水図が並んでいて、いかにも根津美術館らしいチョイスだと思った。まあ北宋絵画に対する日本人の伝統的な好みということになるのかもしれない。本展には彩色の花鳥画はほとんどない中で『猫図』が目立っていた。大和文華館で見た模本と同じ、額に黒い斑点を持ち、尻尾は黒い白猫が、丸くなっている。ボールのような白い球体の中に、金色の両目と、かすかに黒い鼻と、人間臭く微笑むような口元がぼんやり浮かんでいて、チェシャ猫のようだった。図録の解説によれば、水戸徳川家に伝来し、益田鈍翁旧蔵でもあるとのこと。

 今日12/3は、この位置が『桃鳩図』に置き換わっていた。ほぼ開館と同時に入館したのだが、すでに作品の前に人が集まっていた。それでも適当に入れ替わってくれるので、大きなストレスはなかった。2022年に京博の『茶の湯』展で見たときは、背景に淡いピンクの壁紙が使われていて、作品の色彩(桃花のピンク、鳩の青と緑)を引き立てていた。今回は地味なグレーの壁紙で、展示室内が薄暗いので、あまり色彩が目立たない。その代わり、小さな画面全体がぼんやり輝いているように見えた。今日の印象のほうが、むかしの灯火の下の見え方に近いのかもしれない。

 仏画の見ものは、清凉寺の『十六羅漢像』より2幅(14、15尊者)と仁和寺の『孔雀明王像』。前者はときどき東博に出ており、後者は東博の『仁和寺』展でも現地でも見たことがある。白鶴美術館の『薬師如来像』『千手千眼観音菩薩像』(五代)は敦煌莫高窟の蔵経洞で発見されたもの。色彩鮮やかで素朴な仏画。これも所蔵館で見たことがあるのを思い出した。

 第2室は李公麟特集で東博の『五馬図巻』に加えて、米国メトロポリタン美術館から、説話を1場面ずつ描いた『孝経図巻』と肖像画『畢世長図』が来ていた。『五馬図巻』の前は大渋滞で、警備員さんが「前に進みながらご覧ください」と声をかけても、なかなか人が動かない状況。でもみんな辛抱強く順番を待っていた。私は、かつて東博でじっくり眺めたことがあるので、今回はむしろメトロポリタン美術館の所蔵品を鑑賞することに注力する。実は、李公麟=李龍眠(羅漢図でおなじみ)だということを初めて認識した。

 2階の展示室5は、書跡と舶載唐紙。黄庭堅はいいねえ。永青文庫から『行書伏波神祠詩巻』が来ていた。蔡襄の『楷書謝賜御書詩表巻』は仁宗に献上したものという解説を読むと、ドラマ『清平楽(孤城閉)』が頭に浮かぶ。私にとってはあのドラマが、北宋宮廷のスタンダードなイメージになっている。

 今日は最後にもう一度、冒頭の山水画を眺めて名残を惜しんだ。そのとき、高桐院所蔵の『山水画』2幅は、大徳寺の宝物風入れで見たことがあるものだと気づいた。向かって左に滝、右に樹木の図が掛かっており、水に濡れた岩が、けっこう大胆な墨のベタ塗りで描かれていておもしろいと思った。

 1時間くらいで外へ出ると、道路と並行した庇の下には、当日券を求める人の長い列ができていた。根津美術館でこんな光景は初めて。みんな、無事に参観できているといいのだけど。

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覇者の交代/都会の鳥の生態学(唐沢孝一)

2023-12-02 22:50:56 | 読んだもの(書籍)

〇唐沢孝一『都会の鳥の生態学:カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽の栄枯盛衰』(中公新書) 中央公論新社 2023.6

 千葉県市川市に住み、都立高校に勤める著者が、半世紀以上にわたって「都市鳥」を観察してきた経験をまとめたもの。都市鳥とは、都会に生息する鳥をいう。都市環境に最初に適応したのは、すでに農村で人に適応していたスズメやツバメ、カラスで、その後、さまざまな野鳥が進出してきた。日本では、1960~70年代に、キジバト、ヒヨドリ、ハクセキレイ、イワツバメ、ユリカモメが進出し、80年代には、チョウゲンボウ、コゲラ、カルガモが見られ、いったん姿を消したカワセミが東京23区に戻ってきた。2000年代には猛禽類のオオタカやハヤブサが都市で繁殖するようになった。一方、中国大陸や東南アジアから持ち込まれた外来鳥類の野生化も観察されているという。

 本書は、副題にもあるとおり、ツバメ、スズメ、カラス等々、種類ごとに章を立て、都会における「栄枯盛衰」を記述しているのがおもしろい。ツバメは「人との親密な関係」を利用し、銀座や丸の内のビル街で繁殖してきたが、都心のビルが超高層化するにつれて姿を消し、郊外へ移動しているという。スズメはツバメほど人に近づかないが、それでいて離れすぎない距離を選び、人に追い払われながらも人と共存してきた。スズメには、集団ねぐらで夜を過ごす個体と単独ねぐらを持つ個体がいる。街中で繁殖するスズメは、屋根の隙間、電柱の腕金(中空のパイプ材)などを単独ねぐらにする。しかしビルが高層化し、電柱の撤去が進む都心は、やはり営巣しにくくなっているようだ。それでも身体の小さなスズメは、さまざまな建造物や銅像(!)のちょっとした隙間で繁殖しているという。

 カラスは「都市生態系の頂点」に立つ鳥と見られていたが、2000年をピークに激減しているという。これは東京都民感覚としても同意できる。カラス減少の最大の要因は生ゴミの減量である。2005年以降は、ゴミの量は横ばいだが、カラス対策のネットや生ゴミの深夜回収が功を奏したと見られる。コロナ禍に伴う飲食店の休業やテイクアウトの普及など、都会人の生活スタイルの変化も影響を与えた。そして第二の要因は、猛禽類の進出である。これは実感したことがなかったので驚いたが、新宿副都心や六本木ヒルズでハヤブサが観察されているという。まあ岩場も高層ビルも同じようなものか。

 猛禽類でも樹洞で営巣するフクロウは、都心進出は難しいと考えられていたが、都心の緑地で生息が確認されているという。いいなあ、ハヤブサやフクロウの住む大都会。この状態を維持するためにも、あまり都心の樹木を伐らないでほしい。

 水鳥について。上野不忍池の優占種が、コガモ→オシドリ→オナガガモ→ヒドリガモ、キンクロジハジロと変遷していることは初めて知った。不忍池にはカワウのコロニー(池の小島)があるが、巨大都市の真ん中で、カワウのような大型水鳥が繁殖しているのは世界的にも珍しいという。皇居外苑のコブハクチョウ(たぶん見たことがある)は、1953年にドイツから移入され、飼育されているもので、羽の一部が切られているのでお濠からは飛び出せない。コブハクチョウの寿命は50~100歳と言われている(私と同じで、昭和、平成、令和を生きているのだな)。縄張り意識が強いので、1つの濠では1つがいが繁殖しているという。

 湾岸近くに暮らす身として、なじみが深いのはウミネコ。もともと上野動物園で保護していたウミネコを不忍池に放したのが、池の畔で繁殖するようになり、墨田区、江東区、中央区などに広がり、隅田川に近いビルの屋上で繁殖するようになったという。今や都会のウミネコは「カラスと互角」だというが、私の生活圏では、もはやカラスを駆逐して都市鳥の頂点に立っているように思える。しかし、カラスの栄枯盛衰を見て来た身には、ウミネコの覇権もいつまで続くか、と疑われる。

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絶望、たまにハッピーエンド/円(劉慈欣)

2023-12-01 18:55:16 | 読んだもの(書籍)

〇劉慈欣;大森望、泊功、齊藤正高訳『円:劉慈欣短編集』(ハヤカワ文庫) 早川書房 2023.3

 『三体』の劉慈欣の短編集。1997年に発表されたデビュー作『鯨歌』から2014年の『円』まで13編を発表順に収録する。豪華なクルーズ船に乗った謎の西洋人たちが登場する『鯨歌』は、普通の短編SFという感じ。1999年の『地火(じか)』、2000年の『郷村教師』は、舞台が近現代中国の辺境に設定されていて、劉慈欣らしさが濃厚である。典型的(≒通俗的)なSFらしさ(科学的・進歩的・未来的)から最も遠い、永遠に続く貧困と停滞の世界にSFが接続するところが、このひとの小説の魅力の一つではないかと思う。

 『栄光と夢』は、アメリカ合衆国とシーア共和国の戦争の代替手段として、両国のみが参加するオリンピックが開催されるという皮肉な物語。この競技大会は、ビル・ゲイツの発想に由来する「ピース・ウィンドウズ・プログラム」と国連により挙行される(ビル・ゲイツが、国家間の戦争をデジタル・シュミレーションに置き換えことで、リアルな戦争を撲滅するプログラムを開発しようとした、というのは、さすがにフィクションだよな、と思いながら調べてしまった)。しかし、シーア共和国の選手たちは、長い経済封鎖がもたらした飢餓と病気で、すでにアスリートとして最低限の肉体さえも失っており、連戦連敗を重ねる。女子マラソンに出場した少女シニは、憧れだったアメリカ選手のエマに、命を削って肉薄するが、最後は敗北してゴールと同時に息絶える。IOC会長はアメリカ選手団の勝利を宣言するが、同時に、両国の軍事戦争の火蓋が切られたことが告げられた。敗北すると分かっていても、シーア共和国は「最後まで走ろう」と決めたのである。

 本作は、2003年のイラク戦争(第二次湾岸戦争)勃発の直前に書かれたというが、読んでいると2023年現在のリアルな国際情勢がちらついて、胃が痛くなるような物語だった。劉慈欣は女性を描けない作家と言われているが、本作の主人公シニは可憐で印象的だった。まあ女性でなくて少女だからかもしれない。

 『円円のシャボン玉』の主人公・円円(ユエンユエン)も変わり者だが魅力的な女の子(結末では中年女性?)だと思う。円円の両親は、大西北の緑化を志して砂漠地帯に移住した科学者夫婦。しかしママは研究中の飛行機事故で亡くなってしまう。パパは絲路市の市長となって市民のために尽力する。成長した円円は、ナノテクノロジーで博士号を取得し、起業にも成功して巨万の富を得るが、シャボン玉の研究に没頭し、絲路市に投資してほしいというパパの頼みには耳を貸さない。「あたしは自分の人生を生きたいの」という円円だったが、その子供のような夢から生まれた巨大シャボン玉が、海上の湿った空気を大西北に輸送する「空中給水システム」の実現に寄与することが判明する。

 これは珍しくハッピーエンドな作品でほっこりした。課題解決のイノベーションは、往々にして、軽はずみで自分勝手な研究から生まれるというのはうなずける気がする。また、『天下長河』とか『山海情』などのドラマにも描かれた、中国人と自然環境の長い闘いの歴史を思い出した。

 『円』は小説『三体』で有名になった、始皇帝の人海戦術コンピュータが登場する作品で、私は『三体』より先にSFアンソロジー『折りたたみ北京』でも本作を読んでいる。初読のときは、単純にその発想を面白がったが、今回は冷え冷えした読後感を持った。【ネタバレ】すると、始皇帝と刺客の荊軻は燕王によって一緒に処刑されるのである。太陽と月がともに輝く空の下で。

 私は1970~80年代には、英米の古典的なSFをそれなりに読んでいたが、今はすっかり離れてしまった。陰に陽に現れるマチズモが好きでなかったのが一因のような気がするが、劉慈欣の作品にはあまりそれがないのが好ましい(むしろ敗北する男たちばかりである)。あと、大森望さんをはじめとする翻訳者グループの日本語が、私の好みに合うのかもしれない。

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