前回、千歳川の王子製紙水力発電施設群の話をしたが、その中で出てきた王子軽便鉄道の件。触れてとおりこの発電所群が土木遺産・近代化遺産であることは間違いないのであるが、軽便鉄道に関連したもう一つの土木遺産がここにはある。
軽便鉄道の山線は、千歳川発電所群を建設するため資材を運ぶ路線だったが、後に旅客運送も開始。地元の人は、支笏湖に向かう路線を「山線」と呼び、苫小牧から海に沿って敷設された路線(後の日高線)を「海線」と呼んで利用し親しんだという。
山線は、苫小牧から第一発電所までを運転開始(1908年)。途中、21.8キロ付近で分岐し、支笏湖畔へ視線を延ばしていた。支笏湖対岸の鉱山から金鉱石を運ぶ役目や発電施設で使う材木の輸送のほか、支笏湖への修学旅行生も運んだという。(写真上:国道旧山線に沿って走る国道276号、道道16号にはサイクリングロード(山線跡)と高圧送電線が絡みついて伸びている。)
その支笏湖畔の駅のすぐ手前で支笏湖から流れ出す千歳川を渡るのであるが、その鉄橋が廃線後も歩道橋として残されている。これが「山線鉄橋」で、北海道で現存する現役最古の鉄橋であり、土木学会選奨土木遺産である(2018年認定、写真上、下)。
この鉄橋は以前函館本線の空知川にかかっていた橋を、王子製紙が払い下げを受けてこの地に移設・架橋したもの。ダブルワーレントラス橋は、以前紹介した最上川橋梁と同じ構造であるが、山線鉄橋の方が少しだけ若いものの、200フィートのピン構造、実に凛々しい姿を見せてくれており、いまでも湖畔を散策する観光客に人気のスポットになっている。
鉄道廃止後に王子製紙から千歳市に寄贈され、解体修復工事によりきれいな姿になって1997年から歩道橋として利用されているとともに、「王子軽便鉄道ミュージアム」の展示物とともに山線があった証として保存されている。
もちろん山線ミュージアムも見学させてもらった。旧湖畔駅は以前は苫小牧寄りの山線鉄橋の手前にあって、その後山線鉄橋を渡った僅かな平坦地にデルタ線を設置(転車台がなかったため)。ここに湖畔駅が設置された。
ミュージアムは、そこから少し小高い場所にあり、支笏湖ビジターセンターに併設する形。こじんまりとして、あまり訪れる人はいないようだが、こちらも軽便鉄道が活躍していた頃のことを知ることのできる貴重な場所でもある。
軽便鉄道の歴史や当時から存在感を示していた山線鉄橋の古い写真。ジオラマも興味深い。山線鉄橋付近のものと、苫小牧、支笏湖、千歳を結んでいる路線を紹介するジオラマは、山線沿線を忠実に再現し、路線を一望できるという感じである。北海道にい行った際にはぜひ立ち寄ってほしい。(写真下:支笏湖畔にある王子軽便鉄道ミュージアムの外観と山線鉄橋の写真)