常願寺川にどっぷり浸かっているうちに、このブログも50万回アクセスを迎えていた。15年かけて50万回ですかー。とりとめのない話題に付き合っていただき、ポチポチっと見ていただいている方に感謝感謝。
常願寺川に興味を持ってのは地元の胎内川の地形や治水施設などを調べているうちに、同じような急流で暴れ川である常願寺川に行き当たった。いやはやとんでもない川が日本にも存在したもので、隣の富山県ならクルマでも行けるということが大きなきっかけであった。
そんな時に、今年(2022年)初めころだろうか、テレビ東京の「乗れない鉄道に乗ってみた」を偶然にも見て(関東圏では昨年の秋の放映)、この砂防専用軌道に体験的に乗ることができると知った。川と鉄道、日本でもちょっとない同時に堪能できる体験学習に応募せざるを得ないというところであった。
「立山砂防工事専用軌道」は、常願寺川上流の砂防施設建設のためには欠かせない命綱。土木技術が近代化に途上する時代、砂防・治水工事にコンクリートが使用されるようになり、資材の運搬には各所で専用軌道が設けられるようになる。日橋川や只見線でも紹介してきたとおりである。
ただ、ここでは難工事。起点は千寿ケ原であるが、途中の樺平まで先に開通し(1929年)、そこから軌道とインクラインにより白岩堰堤への別ルートを開設(1931年)。その後、急坂を連続スイッチバックで克服し、水谷平までの18キロメートルの全線が開通する(1965年)。
千寿ケ原から水谷平まで高低差640メートル。なんとスイッチバックが38段。特に、樺平からの急斜面では連続18段のスイッチバック(写真下2枚目)。これは世界でも例がないという。ギネス物ともいわれるが、「ギネスに申請しなくとも、世界でも唯一のものだから」と立山カルデラ砂防博物館の学芸員が話してくれた。
「立山カルデラ砂防体験学習会」は博物館の主催。毎年、7月から10月の間で開催され、いくつかのコースが用意されている。私が参加したのは「トロッコ個人コース」で年30回あるのだが、1回の参加者は2ユニット16名。8名ずつのグループに分かれて、一方はトロッコ、一方はバスで出発し水谷平で交換する。
このコースでは、年に数回片道を2便に増やして募集する回があり、今年度一度抽選で漏れている自分はこの機会を狙っての参加となった。毎回倍率は4倍から6倍で人気が高く、何度か応募した人、何度も参加した人という参加者ばかりだ。
砂防砂防砂防専用軌道は、国土交通省北陸地方整備局立山砂防事務所の管轄。事務所のエントランスで担当者から注意事項の説明を聞き、ヘルメットを渡されて三両編成のトロッコに参加者8人、事務所職員1人、ボランティアガイド2名、車掌1人の12人が乗車し、千寿ケ原を出発する。
常願寺川の右岸を上流方向へ、崖に張り付いて登っていく。最初からスイッチバックの連続。スイッチバックでは、最後尾に陣取った車掌の役目は大きいい。ポイントが変わったタイミングで運転手にブザーで知らせ、車両はバックを始める。
スイッチバックを繰り返すことで高度はどんどん上がっていく。これは常願寺川がいかに急流であることの証でもある。その川の中では、工事中の堰堤をいくつも見ることができるし、多くの作業に携わる人たちがいることも分かる。
軌間61センチという日本一狭い軌道を守るための作業員も列車の通過に合わせて各所で手を挙げる。何か所かの連絡所でも青旗を振って係員がトロッコを見送る。多くの人たちが富山平野を守るためにここで働く。昔から続けられてきた地道な戦いを見ることのできる「乗れない鉄道に乗ってみた」なのだ。
(写真は、上から千寿ケ原を出発して1時間45分のトロッコ旅を時系列で紹介している。黄色いヘルメットは体験学習参加者、白色に二重線のヘルメットが砂防事務所職員。途中「白岩堰堤」のビュースポットで下車し、終点の水谷平へ至る。午後は別班の乗ってきたバスに乗車し、先に紹介したカルデラ内の砂防施設群を見学することになる。)
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