思うことを。
ずいぶん練習が進んできました。うちのように人数が少ないところではけが人が出ると厳しい。各学年だけでリレーが組めるほどの人がいません。それでもある程度戦っていけるというのは誇らしいですが。少ない人数なのでそれぞれにかかる責任が大きくなるのだけは確かです。
先日から練習を積み重ねています。天気が悪いというのもあるので「基礎的な部分」にかなりの時間を要していました。あえて進まずに走りを作る。ここも重要なことだと思っています。いろいろ試行錯誤しながらやっていっています。「固定する」という部分に関しても「走る以外で意識付け」をしてます。実際に走っているときにそんなことを考えられるはずもなく。「動きの自動化」という部分ですね。
選手が「知識過剰」になるのは避けたいと思っています。「知っている」ことと「できる」ことは違います。「知識」も大切ですが「感覚」はもっと大事。自分の体と向き合う時間を増やしていきたいなと思っています。練習の中では必ず「バランス系」を入れます。自分の体がどのように動いているのかを確認するためです。単純に練習をすればいいという話ではない。きちんと「どのように動かせばいいか」を感じながらできればいいなと思っています。
この手の形でやると選手の「差」が出ます。「競技力を上げたい」と思っている選手にとっては私との「対話」の中で練習を積み上げていく形になる。「今の動きは・・・」と質問してくることも増えています。そこからどうするか。逆に「いわれるがまま」という選手も出てきます。「メニューが決まっているからやる」という感じでしょうか。これは「面白くない」と思います。こちらも選手も。「やらされている」という感じが大きくなるからです。
練習の流れの中で「やるべきこと」を明確にしながらやっていこうと思っています。そこを示す。それをどのように消化するかは選手次第なのかなと。もちろん「意欲」や「目的意識」によってその「取り組み」は大きく違ってきます。こちらが「提供するもの」に対してどのように消化していくかですから。
これまでとは異なる形式の「実践」をしていこうと思っています。「厳しい」といわれることが多いですが、実際はそうでもありません。競技に対してどのように向き合うのか。ここが重要だと思っています。
「あう」「あわない」というのはあると思います。しかし、選手の「なんとなくやりたい」に合わせてやる必要はないと思っています。今のスタイルで「合わない」といわれる。競技をやりたいと思っている「競技者」に合わせてやる必要があると思っています。「なんとなくやりたい」という感じであってもグランドレベルでは「同様の水準でやること」を求めます。ダブルスタンダードでやるつもりはありません。
これも「実践」だと思っています。最初の段階で「方針」を示しています。この方針に従う気がないと言われたら「ほかの活動のほうがいいのでは?」という話になります。すべてをこちらが「譲歩」しての「実践」にどれだけの意味があるか。「しんどいことから逃げる」というのでなく「どのように克服するか」だと思っています。「補強はしたくない」「走る練習はしたくない」でも「試合には出たい」とか「集団に所属したい」というのは違うのかなと。サークル的な活動になればできるのかもしれませんが。
いろいろと考えることはあります。今やっていること、やろうとしていることがどれだけの意味があるかわからないからです。それでも「実践」していく。
面白いことに何人かは明らかな変化が生まれています。この変化は著しい。それをどうやって「競技」に落とし込んでいくか。短期間で結果を出すのが「教育」ではありません。今やっていることが定着してくれば競技力も自然に上がってくると思います。「技術」だけではない。それを支える「土台」の部分を育てていく。重要です。
競技とは少し違う内容だったかもしれませんが。記録しておきます。