kanekoの陸上日記

毎日更新予定の陸上日記です。陸上競技の指導で感じたことやkanekoが考えていることなどをひたすら書きます。

県合宿2

2017-12-18 | 陸上競技
久々に県内で他校の選手を指導しますした。ある意味楽しみでした。実際関わることが少ないので。実力的に分からない部分があります。走りも分からない。関わる中でやるしかないかなと。

多分、他校の選手は私がどんな人間かも知らないと思います。私なんて空気のような存在ですからどこにいるかさえわからないと思っています。そんな人間からいきなり指導を受けるというのはかなりのストレスだと思います。そういえば10年くらい前はかなり厳しく接していました。「やる気のない者は帰れ」と激怒していました(笑)強くなりたいから合宿に参加しているはず。それなのに意欲がない態度を見せられて激怒することも多々ありました。まーそこまで必死にさせる必要は県合宿の指導ではないですね。やる気のあるところに力を注げば良いだけですから。若かったら。

最近の合宿や練習では必ずサイキングアップを練習の最初に入れるようにしています。テンションを上げるためです。ひたすら厳しい練習をするにはなかなか難しい時代です。指導する側が気使わないといけないって話ではないとは思うのですが(笑)。少しでも導入を上手くやっていきたいなと思いますね。フリスビーをやったりバランスディスクを使っての練習をする。今回参加していた選手たちは純粋に楽しみながらやっていました。素直です。その流れの中でしっかりとやってくれているのかなと。

今回は参加パートの中で最大人数。途中からもう一人増えて13人になりました。こういう場面で2年生がリーダーになってくれるとずいぶん雰囲気が違います。今回はかなり2年生が引っ張ってくれました。多分周りからは「うるさい」と思われていたと思いますが。無駄に大きな声をかけて出している者もいました(笑)。私個人としてはこういう雰囲気はアリだと思っています。静かに淡々と練習するというのもアリだと思いますが元気よくやる方が楽しい。きつい練習でも雰囲気が明るくなります。私自身がこういう性格ですから。周りは迷惑だったかもしれません。

お陰で男女がかなり仲良くなっていました。男子に引っ張られて女子も声を出すようになる。相乗効果があると思います。笑顔が絶えない環境で練習する。もちろんメリハリが付けばですが。多少ハメを外し過ぎる部分はあったかもしれませんが練習に対する部分はきちんとできていたと思います。「こなす」だけの練習にはしたくないと思っていました。日常の練習とは異なる環境だからできることがある。一つずつ自分のためになる練習をさせたいなと。

「走るの嫌だ」「補強は嫌だ」と言いたいこと言っていました。厳しいコーチならブチ切れてます(笑)まー結局は何だかんだ言いながらきちんとやるのですが。競技に対して純粋な子が多かったなという印象です。周りから感じられる部分とは違うモノを感じていました。私のスタイルとしてもこういう方が合う。まー批判される可能性はある状況ではありますが。やるときにきちんと集中してなかったらキレますが。周りには迷惑だったかなという気はしています(笑)。集団でやっていますから。

感覚だと思います。こういうのが好きだという指導者もいればやはり嫌だという指導者もいる。集団でやるときの難しさはあるかなと。

基礎的なことを中心に話をするときにはきちんと聞いていました。ある意味「飢えている」部分はあるのだと思います。普段から技術指導を細かく言われている者からすれば「当たり前」だと思うかもしれませんが。メリハリ。ここはすごく大切だと思います。うちの選手、ここの部分が足りないなという気はします。もっともっと貪欲になるべきだなと。

そして雰囲気づくりの部分も学ぶ必要がある。やはりうちの課題はここだと思いますね。2年生女子はそういうキャラではありません。それでもやらないといけない。私がその環境にいて雰囲気を作るというのは本当は良くないんだと思います。私に頼って練習することになるから。もっともっとやれることをやってもらいたい。それを理解するチャンスだったのかなと。

うちの選手には先頭に立って集団を引っ張るように話しておきました。が、実際にそれができたか?女子は先頭に立っていました。勢力図としてある意味当然かもしれません。男子は何番目かに入っていました。もっと前に出て欲しい。女子は先頭に立っていたが集団を引っ張っていたか?声を出していたか?その部分に関しては私的にはかなり不満が残ります。こういう部分をキッカケになにかを変えて欲しいなと常に思っています。まだまだ。

何を書こうとしていたのかよく分からなくなりましたが。とりあえず記録しておきます。
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県合宿

2017-12-18 | 陸上競技
土曜日、日曜日と2日間県合宿が実施されました。この2年間は中四国合宿の引き受けもあり県合宿自体は開催されていませんでした。久しぶりの県合宿。以前は夏もやっていたのですがここ数年は夏開催もしていませんでした。IH直前にやるというのはなかな難しい部分もあります。前任校でIHに出場した時には学校に来てもらって練習をしました。そこにヒントがあるんじゃないかと。まーその前後ではblogで批判コメントももらいましたが。

今回はハードル担当。一応そういうポジションのようです。ハードル指導をする機会も少なくなってきているのでこういうい機会は貴重だと思うのですが。完全にノープランで指導に当たりました。酷い話かもしれませんが。実際問題、その競技レベルがどれくらいなのかさえ分かりません。その場に応じて「必要なこと」をやればいいかなと思っています。選手を見て「こういう動きしたらいいかな」と思う部分をやる。それで十分じゃないかと。無責任かもしれませんが。中四国合宿であればある程度の競技力の選手が来ます。大きな差はない。が、県合宿は違う。そう考えています。

特に今回は「ハードル」という大きなくくりの中でやりました。110mH、100mH、さらには男女の400mH。これって「高さ」も「インターバル」もすべて違うのです。ひとくくりに「ハードル」という枠で考えるのですが実際に求められる技術は違うと思います。こうなると「一般的な練習」になるかなと。400mHではインターバルの走り方やハードリングの部分がポイントになると思いますが、ショートハードルでは高さへの対応も必要になります。特に最近の高校生(普通のレベル)ではハードルインターバルが届かないという選手もいます。「刻む」みたいな話がありますがそれは「一定水準以上」の選手でしかない。「中国大会を目指す」というレベルであればやはり「走る」ことを優先しないといけないと思います。後半バウンディングになるのは避けたいですから。そういう視点をもって指導はしないといけないかなと。

一応責任をもって指導をしようと思っていました。パート的には最大規模。13人でした。普段からアップは適度にやるのでそういう感覚の中で実施。ジョグとか体操をしないので戸惑う子もいたかもしれません。せっかくのなのでドッチビーをもっていってフリスビーで遊びながらアップ。身体を動かすという最大目標は果たせたかなと。

そこからはほぼ思い付きなので詳細は覚えていません。基本的なことをやりました。一応ハードルの基礎として位置付けているハードルドリルを簡単にやりました。その中にかなり多くの要素が含まれているのでそれをやるだけである程度対応できるのではないかと思っています。スプリント系の種目では「走る」時間を確保しなければいけないと思います。ハードルも本当は走りたいのですが基礎的な部分をしっかりとやらないといけないなと感じていました。抜き足の部分であったり踏切であったり。リード足であったり。腕の使い方であったり。多くの要素を一つずつ伝えていく中で変化する。それしかないかなと。

女子のハードル選手の特徴は顕著だと思います抜き足が前まで持ってこれない。ここにつきます。さらにはリード足が締めれない。こういう部分をどうやって克服するか。限られた時間の中での練習になりますからなかなか大変です。本当に時間をかけてやれば1週間くらい連続でやるほうが良いんだと思いますが選手も私も体力が続きません(笑)。普段であれば選手に「これやって」と手本を見せてもらうのですが自分でやらなければいけなくなります。そうなるとやはりきつい。やるしかないのですが。

抜き足の感覚を修正するのにはかなりの時間を要します。そしてそういう視点で見なければいけない。まー「やっておけ」で通用するレベルの選手であればそれでもいいと思います。まーこういう部分を書くと自分自身が嫌な気分になるので書きませんが。「分かって指導する」ことの必要性は本当に考えないといけないと思います。なぜその動きを必要とするのか。なぜ、その動きをやるのか。こういう部分の理解もなく「跳んでおけ」で改善されるほど簡単ではないと思いますが。

色々まとまりがなくなってきました。記事を変えてまた書いておきます。
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変化を楽しむ

2017-12-15 | 陸上競技
本格的に冬季練習に入って1か月半が過ぎようとしています。途中、期末考査も入ってきたので実質はそこまで経過していません。さらには修学旅行もあったので本格的に練習ができたのは3週間程度でしょうか。その中で様々な変化があります。これは「そういう視点」で見ているから楽しめるのだと思います。単純に練習を消化していくことに対しての「楽しみ」ではない。

S。中学時代から「前傾」で走っていました。小学生や中学生特有の走りだと思います。それでもある程度のスピードで走ってはいましたがなかなか改善できない。かなりの時間を使って向き合ってきました。この数か月で劇的に動きが変わっています。筋力的な変化もありますが取り組みの姿勢と伴って明らかに走りが変わってきています。腰が引けて足が前に出ないという独特の走りでしたがずいぶん改善されてきています。本人は相変わらず納得していないようですが(笑)。走れるようになると自然に表情が変わります。ここ最近ではほぼMと同じくらいで走っていますね。先日の練習ではMよりも前を走り続けていました。明らかな変化です。

筋力的な変化は正直分かりやすいと思います。ベンチプレス、最初は20㎏でやっていました。笑えるくらいの弱さです。ウエイトを本格的にやっていたらこの程度の重さはアップにさえなりません。それでもうちの女子はその重さで実施していました。これがギリギリ。1か月を過ぎ今は何とか27.5㎏で12回3セットできるようになりました。地味に筋力は上がっています。それが「目に見えて分かる」というのはこの手のトレーニングのほうが分かりやすいですね。

これまで10回上がらなかったのが12回上がるようになる。この地味な変化。それを選手が体験することによりやはり表情が変わります。こういう部分は大切にしたいと思っています。

シーズン中ほぼ練習ができなかった選手もいます。その選手が微妙な痛みはありますがこの1か月半、ほぼ休まずに練習が積めました。それにより明らかにスピードレベルが変わりました。もちろん、まだまだ足りない。そんな部分にだけ目を向けるのではなく「走れるようになってきている」という部分に目を向けたい。きちんと練習が積めれば「身体」も「走り」も変わる。これは大切なことだと思います。

私自身、自分の中での変化を楽しむようにしています。これまではある程度の練習計画を立ててはいましたがその場で臨機応変にメニューを作っていました。が、今は「練習計画」を毎日立てています。それを選手の目につく場所に大きく印刷して掲示する。選手はそれを確認しながら練習を進めていく。もちろん、状況によっては変更もありますが「追加」というよりは「削除」する形で進めています。これも自分の中では変化だと思います。

「やりたいこと」は数えきれないくらいあります。それを全部やっていたら時間がどれだけあっても終わらない。練習のバランスを見ながらやっていく。これまでのように「走りだけ」とか「トレーニングだけ」にならないようにしています。毎日毎日走練習をするし、トレーニングもする。休息時間はほとんどなし。休まず動き続ける形での練習になっています。全体がサーキットのようなメニューでしょうか。

昨日は久しぶりに練習の最後に120mを走りました。以前であればこれが「当たり前」でした。これも今年度の途中で取り組んだのですが「大切な練習を先にやってしまう」という部分もこれまでとの変化かもしれません。昨日は他の部との兼ね合いで走練習を最後にしましたが別にどのタイミングでやってもいいかなという感じはしています。

人数はそれほど多くない。だからこそできることがあると思っています。今のスタイルでは大人数を見ることはできないと思います。別にそれはそれでいいんじゃないかとずっと思っています。県合宿や中国合宿での指導をさせてもらうこともあります。これに関しても「別に私がやらないくてもいいんじゃないか」という気はしています。きっと指導をしたいと思っている人はたくさんいるでしょうから。「協調性がない」と言われるかもしれませんが。「素晴らしい指導者」はたくさんいるでしょう。私は別に様々な場面で指導をしたいと思っているわけではありません。目の前の選手に対して「可能性を引き出す」のが役目だと思っています。

gt先生は「山口県の棒高跳びのために」と公言しています。まーこの人以外に棒高跳びの指導ができる人はいない。なんせ、ナンバー2が私ですから「月とスッポン」「雲泥の差」というレベルではない気はしています。「使命」がある人もいますからやはりそれは果たすべきなんだろうなと。私は??以前はある程度そこまで考えていましたが今はそうでもない(笑)。これも変化かもしれません。達観する気はありません。必要性を感じなくなってきているんかなーという感じでしょうか。

様々な感情の変化があります。また気が向いたら書きます。たぶん。
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閉塞感から抜け出す

2017-12-14 | 陸上競技
閉鎖的な世界。これはどこにでもある。先日、バスケ関係の指導者と話をしたときに「山口県のバスケは守り重視なので面白くないですよ」と言われた。県民性というのもある。かなり保守的な県民性。「違うことをする」というのは好まれない。「村八分」とまではいかないにしても「何かを変える」というのはあまり求められない。そんなものだと思う。刺激が少ないのでその状況でも十分やっていけるから。「県内」だけのことを考えたらそれで問題はない。

昨年から練習の組み立てを変えている。県内では珍しいパターンなのだと思う。が、近畿などではこういうスタイルが当たり前だったりする。「目新しいものに飛びつく」というのではなく「なぜこのスタイルをとっているのか」を考えた時に自分の中に落とし込めたのでパターンを変えた。

ジョグをして体操。ドリルをやって短い距離を走る。そこから長い距離を走って最後に補強をして終わる。これがこれまでのパターン。ごく一般的な練習の流れなのだと思う。別にこれがおかしいとは思わない。これが「普通の練習」という感覚だったので違和感なくやってきた。こういう部分に何も疑問を感じず「これまでやってきたのだから」という感覚の中で進めていくというのは「閉鎖的な考え方」に陥っていたのかもしれない。

「閉塞感」というのは「閉鎖的」とは違うのかもしれない。「行き詰まり」という感じがふさわしい表現なのかも。「先が見えない」というのが「閉塞感」なのかもしれない。今の状況であれば無名校からインターハイ出場者が出た。さらには国体にも選ばれたという部分があるので「十分」とみることもできる。もちろん興味がない人にとってはうちの結果などはどうでもいいだろうが。

これまで通りでやっていたらきっと「それなりの結果」は出ると思う。それくらいのことはやっているから。が、そこで「良い結果」と思うのか「足りない」と思うのか。ここも価値観だと思う。私は今までの練習で選手の力を最大限に引き出せているとは思わない。もっともっとできる。そういう部分があるため今の現状に「閉塞感」を感じていた。

この冬はある意味「チャレンジ」という部分がある。これまでやってきたことを精選して「本当に強くなるための練習」を組み立てるようにした。セット走もやらないし、練習の最後に補強をするのもやめた。動きを身につけるために「手段」を選び、同じことでも異なる視点から様々な「方法」でアプローチするようにしている。「感覚の変化」を感じさせるために負荷を変えながら「動きやすくなった」という状況を強制的に作るように心掛けている。

もちろん、「正解」かどうかはわからない。ひょっとしたら「これまでのほうがよかった」ということになるかもしれない。「閉鎖的な県民性」からすれば上手くいかなかった場合は「偉そうなことを言っていた割には何もできないじゃないか」と批判もされるだろう。今のところ「かなりいい方向に進んでいる」と感じている。間違いなく「変化」が生まれているから。動き取り組みも変わりつつある。自己満足の話ではなく全体として「閉塞感から抜け出す」ことを目標にしている。

こういう部分も結局は「捉え方次第」だと思う。普通(何を持って普通なのかは不明)にやっていたらそれでいいじゃないか。そういうスタンスもありだと思う。私にはできないが。競技で結果を出したところで別に評価を受けるわけではない。給与面に反映されるわけでもない。周囲から「あいつすごいね」くらいは言われるかもしれないが、今の仕事をしていて感じることは「そんなに興味をもたれることはない」と思う。

そうであれば「閉塞感」を感じるのは個人の勝手な感情でしかない。別に誰かが困るわけではない。選手自身も「それなりの結果」が出れば「やっていてよかった」と思うかもしれない。が、やはりそれでは面白くない。本当はもっともっと力が伸ばせる。そう思う。選手自身も「これくらいでいいだろう」と思う部分がある。そうならないようにこちらも工夫する必要があると思っている。もちろんそれを「求められている」かどうかは不明だが。

グズグズした現状から抜け出す。それは必須だと思う。「これくらいでいいだろう」という感覚を捨てたい。それはこれからのポイントになると思っている。これまで通りの「普通の練習」をやっていたらそれでいいかもしれない。が、面白くない。だからこそ「結果」につながる取り組みをしていきたいと思う。

新しい取り組みかどうかはわからない。それでもやることはある。やってみたいこともある。しっかりと考えたい。絶対に失敗はしない。考えて考えてやっていくから失敗はしない。「例年通り」「前例に従って」ではない新しい「道」を見つけていきたいと強く思う。
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パズル

2017-12-14 | 陸上競技
練習について。

久々に好きな練習をした。これは前任校からかなりやっていたが、昨年は「苦手意識」もあってなんとなく数が少なくなっていた。400m系の選手が大半だった時に「専門練習」を特別にやる時間がないので400mH選手のために実施していた練習。これはkanaやmakioがいた時にやっていた。ハードル走。これと別の練習を組み合わせると自然に体が進むようになる。意識する部分は接地ポジション。少しやっていくだけでずいぶん違う。

この練習をやると選手の感覚が変わる。これは本当に楽しい。進むようになると選手は表情がよくなる。意識して意識して動きを作っていく練習スタイルの指導でしかこの喜びはわからないと思う。走っていたら勝手に強くなった。今の最大目標はここ。指導をせずに勝手に強くなるというパターンもあるが私はそれとはちょっと違う。

イメージは「パズル」だと思う。様々なピースがあってそれをきちんと組み合わせていくことで力が上がっていく。どこか一つをよくするのではない。走るためにはいろいろな要素があってそれをどう組み合わせていくかで走りを作りたい。「才能」云々だけで物事を片付けたくない。だからこそこちらも「工夫」をしながら「感覚」を作っていく。

グランドでこちらが考えていることがかみ合うと楽しい。技術練習が多くなる傾向があったときは特にそれを感じていた。地道なことを丁寧にやっていく中で確実に走りが変わる。一言声をかけたことで劇的に動きが変わることもある。それはある意味「指導者冥利に尽きる」という部分かもしれない。前はそれをかなり求めていた気がする。指導すれば変わる。これは自己肯定感を高める部分があるから。

しかし、最近はそう思わないようにしている。いろいろな練習を組み合わせていくことで初めて「変化」があるのだと。この冬期は「同じ練習を繰り返さない」というテーマを掲げている。もちろん、メニューが同じようになる日はある。が、少なくとも一つだけは変えたい。○月○日と同じというのは面白くないなと。私自身がそう思うだけなのだが。

以前は「加速段階」に特化した練習をすることもあった。走り込みであれば「××を3セット」のように量的にもかなり走っていた。「同じ動きの繰り返し」のよって動きの自動化を図りたいと思っていたので。が、今は「幕の内弁当」。同じことをやらないようにする。もちろん、毎日やる練習というのも出てくるがそれでも「変化」を持たせたい。

「慣れ」は怖い。慣れてくると意識しなくても勝手に練習が進んでいく。「これくらいでいいだろう」という感覚で終わってしまうことがある。

動きの自動化はしたい。だからといって同じことを繰り返していくのではなく「様々な切り口」から狙いとする動きを身につけていきたいなと。実際の「パズル」では「ピース」の形が決まっている。この「ピース」はここに必ず来るというのが決まっている。しかし、走るというのは違う。何がいいのかは分からない部分がある。でも「パズル」だと思う。いろいろなことをやっていく中で「少しの隙間」が埋まっていく。何がその「隙間」を埋めるためのピースなのかはわからない。

多くの練習をする。繰り返しになるが「丼物」は止めている。これから先、時々はそのパターンになるのかもしれないがやはり「栄養バランス」に気を配りながらやっていきたい。だからこそ「何がいいのかわからない」と思う。これまで「全否定」していた「栄養素」でさえひょっとしたら「劇薬」になるかもしれない。今の私には「劇薬
は不要なのでオーソドックスになるのだが。

「パズル」のように様々な要素を組み合わせていく。これによりいい方向に進む。きちんと練習ができている者は本当に動きが変わっている。これは「普通の練習」をひたすらやっているだけでは無理だと思う。それは私が勝手に思っているだけかもしれないが。

選手のいい表情を見るとやっていてよかったなと思う。それが全てだと。やることはある。その中でどうするか。「ピース」を一つずつ埋めていきたい。
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グランドに立つ

2017-12-13 | 陸上競技
思うことがあるのでなかなかblogを書く余裕がありません。それでも書き綴っておかなければ先には進めないだろうなと思うので少しずつ書いておきたいと思います。少しずつ・・・。

日々の練習の中で感じることが多々あります。継続して練習をしているという部分。これは本当に大きい。毎日やっていく中で動きの変化がある。そこをどう理解させるか。ここに尽きると思います。色々とやっている中で私自身気づかないうちに「周囲の評価」を気にしていたのかもしれない。そう感じる部分がありました。そこに関してはもうどうでもいいやと思うようにしました。こういう仕事ですから別に何かをしたからといって給与面に反映されることはありません。本当に必要な評価はどこなのかというのは考えさせられます。

目の前で変化が起きていることに対してどう対応するか。今年はこれまでの集大成的な部分があります。いろいろやってきてそれを少しずつ形にしていく。練習スタイルも以前のモノとは変わってきています。やっていることは変わりませんが、組み立てが大きく変わってくる。その中で「手ごたえ」を感じる部分があります。きっとそれはグランドに立って「視る」ことでしか感じられないと思います。漠然とグランドに立って「観る」のは違うなと思います。

色々なことを考えていると今の指導の中に足りないものが見えてきます。毎日同じ練習をしません。だからこそ「偏り」がないようにしなければいけない。気が付けば同じような練習パターンが増えていくことも考えられます。この冬は「柔軟性」の部分も練習に取り入れたいと思っています。これはこれまでの考え方になかった。足りていなかった部分だと思います。動きの中での柔軟性。鍛える部分がある。疲労する部分がある。それに対して「ケア」という視点から「柔軟性」を求める。これは当然の話だと思います。しかし、「動きをよりよくするための柔軟性」というのも必須。練習を見ていて感じた部分です。だから取り入れました。

色々考えて「ある決意」をしました。それにより目の前の選手たちに対して「もっともっと責任を持ちたい」と感じています。強い選手であろうがこれからの選手であろうが「練習計画」に従って取り組んでいる選手に対してもっとできることをしたい。「やっていたら強くなる」という感じではなく「意図的に強くなる」という練習をしたい。毎日グランドに立つことで感じることがある。

技術的な練習をする。それは「視点」によって違ってくると思います。これまでやったことのないメニューをやればそれで「技術が身についた」と感じる選手もいるでしょう。本当に大切なのはそこではない。先日、「自分の走り」について選手が話をしてきました。「思うような走りができない」部分。そこで色々と話をする。調子が良くないときには「動くようになるまで」に時間がかかる、と。そこがすごく大切。「ずっと動かない」のではなく「動くまでに時間がかかる」のです。だったら「より早くその状況に持って行けるには?」を考えればいい。動かないときはチャンスだと思っています。その時に何をするかで大きく変わってくる。

少し記録が伸びたというのを目指しません。劇的に変化したい。それを目指す。そのためにグランドに立とうと思いました。きれいごとではなく。

「評価」を受けるのはどこなのか。この数日間、選手と向き合う時間が増えたと思います。これまでも間違いなく向き合ってきました。他の指導者と比べるものではないと思いますが。が、これからグランドに立つ限り「向き合う」という時間を作りたい。「速くなる」というコンセプトの元、そこにひたすらこだわりたい。自分自身の「道」を進みたいないと思います。それしかない。

ちょっとずつ更新はしていきます。更新していなくても200人以上の方が訪問してくれている。私のblogにそれほど魅力があるとは思いませんが。誰かに何かを伝えるのが今の仕事の存在意味です。やれることはやりたい。そう思います。

また書きます・・・。
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葛藤

2017-12-11 | 陸上競技
blog更新する気になりませんでした。別に誰に断わるわけでもないのですが。思うことがあり本当にそこに目が向かなかった。

この1週間、様々な葛藤がありました。ここには書きませんが。数人には相談した部分もあります。まーいいんです。どうこうなる話ではないし。現実を受け止めるしかない。その現実の中で自分が何をするか。そこだと思います。まー割り切れるまでにかなりの時間を要しました。

自分自身がその時、その時に何をするか。どういう行動がとれるか。どうにもならないことを嘆いたところで何も始まりません。この感情を言葉で表現できるかどうか。ちょっと今の私にはできないですね。

グランドに立つ中で感じることは多々あります。練習に対するアイディアは出てくる。それをどうやって走りに落とし込むのか。その部分の「気持ち」は失せません。ここを大切にしたいなと強く思いました。

多くの葛藤の中で人は生きている。SNSなんかは「自分は幸せだ」と記載することが多い。facebookやblogはその最たるものかなと。私は生きていて毎日が楽しいということはありません。気持ちが乗らないときだってある。blogを更新しないということはそういうことです。

前に進みたいなと思います。練習は順調です。故障者もいますがなんとか対応したいと思います。進むことでしか見えないものもある。いつの日か・・・。
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限界を超える?

2017-12-04 | 陸上競技
思うことを。

先日行われたマラソンで注目選手がかなり取り上げられていた。学生のころから注目され当時から「スター」として扱われていた。長距離はそういう部分が大きい。箱根駅伝は新年の風物詩になっているし、6時間以上もTVを独占し続ける。多分考えられないくらいのお金が動いているんだろううなと思いますが我々には関係ない部分なのかもしれない。

「陸上競技を盛り上げる」という意味では効果があるのかもしれないなと思う。日本人が大好きな駅伝。そこには様々な人間ドラマが含まれている。別に否定する気はない。それはそれで「面白い」と思う。実業団で競技を続けていくにはやはり長距離種目のほうが圧倒的に有利になる。そのプロセスの中で「駅伝」が存在するのだと思う。企業名がTVで取り上げられる。トップを走り続ければ何時間も企業名が画面に映り続ける。トップをとれば1億円以上の宣伝効果はあるのでは?15秒CMを作るために何千万円もかけることを考えればある意味効果は高いと思います。必ず勝てるとは限らないのでこちらもかなりのリスクを背負いながらだと思いますが。

少し話がそれましたがそんなマラソンに向かう中で「練習で70キロ走をした」という部分がありました。編集としては30年以上前に活躍されたOBの方が「今のマラソン練習に足りないもの」という感じで「走り込みが必要」だと話をされていた。インタビューの一部を切り取っての放送なのでその前後の流れが曖昧ですが。「自信を持つ」ために70キロを走ったという話でした。走り終わった後は足の裏の皮が剥げていたという部分も言っていました。フルマラソンは40キロ。それを走りきるために70キロを練習に取り入れる。どれくらいの効果があるのかは分かりませんが。

毎回毎回この手の練習をするわけではないと思います。多分1回だけだとは思います。が、本人が「必要だ」と感じて行った練習であればそれは意味があるのではないか。よくわかりませんが。根拠としてはない。走り終わって次からの練習で30キロ走が短く感じたということでした。私には想像できない世界ですね。距離を走ればいいというわけではないと思います。そこにどのような意味があるのかを判断するのは難しい。通常考えれば70キロ走る意味というのはどこにあるのか。故障のリスクもあると思います。今回はレース途中で遅れ始め順位的にも記録的にも満足できるものではなかったようでしたが。

この話を聞いていて「うちはスマートだな」と感じました。それは良い部分もあるし悪い部分もあるかもしれない。判断基準がどこにあるか。指導の中で「昔ながらの練習」というのは存在すると思います。上述のように「量を積むことで自信を得る」という部分。300mを3本を何セットも行うというのも「量を追う」練習なのかもしれません。その中でこれまでとは異なる感覚を得ることができる可能性もある。「走る中でつかむ」というのもあると思います。

最近は特に「量」を追わなくなっている。それがスタンスです。「量を追う」というのもあるときには必要なのかもしれない。今はそういう部分が少なくなってきている。常に「量を追う」練習が必要だとは思いません。しかし、すべてが不要だというのも違うのではないかと。技術的な話をし始めるとどうしても「質を高める」という部分も必要になってきます。それだけでは足りないものがあるのではないか。これも最近の課題でした。

時には「めちゃめちゃやる」という部分も必要になる。100mを100本やるというのも実は必要な要素なのではないか。単純に「効果がない」と決めつけるのではなくそういう部分も大切にしていく必要が少しはあると思います。誤解なきよう書いておきますが「毎回やる」のではない。年に数度くらいはそれくらいの「泥臭い練習」があってもいいかなと。ひたすら走るという部分。今のうちに足りないのかなと思います。

70キロ走ることに効果があるかどうかは別問題ですが。うちには「足りないものがある」とは思います。そういうがむしゃらな部分が足りないのは間違いない。きれいに走って終わっている。往復走なども実施しますがそれはそれで必要な練習だから。20年前くらいに行われていた「根性練習」と言われるような練習とは違うと思います。だからこそあえて「根性練習」のようなメニューも必要なのではないか。長期休業中などであればできる気がします。

私自身が「合理的に考えたい」という部分が年々強くなっている。それにより「根性練習」は「効果がない」と決めつけている部分があったかもしれないなと。夏の合宿では150mを20本くらい走ったと思います。その中で間違いなく変化が生まれる。それは動きなのか気持ちなのか。無駄のない走りを覚えるためには必要かもしれない。体が動かない中で気持ちを奮い立たせ、動かし続けるという部分でも重要かもしれない。そう考えると「限界を超える練習」も「絶対悪」ではないと思います。

まーこれも考え方の部分。毎回はそう思いません。今の自分の考え方に足りないものを探している感じですね。無駄に量を追うことを求めるのではなく「時と場合」によっては必要になることがあると思います考え方ですが。

練習納めの日、少し考えてみたいと思います。「リミッターを超える」という部分が欲しい。

常に陸上になる(笑)。どうなんだ。
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なんとなく書いておく

2017-12-03 | 陸上競技
基本的に何かあった時には他の人の話を聞くようにしている。食事会があったり、誰かと話をする時には基本「聞き役」になる。特別な理由はない。色々な人がいて色々と話をしたいだろうと思うからなのかもしれない。

私自身は何も面白みがない人間だと自覚している。他者が興味を持つような話が出てできない(笑)。私が興味関心を持っていることに対して興味を持つ人が少ないというのもある。実際、競技の話などを聞かれたことはほぼない。練習に関しても考え方に関しても誰からも聞かれない。まー面白くないから仕方ないのだが。

昔、大学の頃ある集まりに参加したことがある。リーダー研修のようなモノで体育会に所属している部のキャプテンや副キャプテンが参加するもの。その場では様々な部活動が参加していた。司会というかグループの責任者となった。現キャプテンが次期キャプテン達に少し何かを伝えられればという感覚で引き受けた。その時、「時間がある時にはそれぞれの部活の現状の話をしたり、どういう取り組みをしているか話をした方が自分達のためだ」と投げかけた。が、空き時間にそんな話をする後輩達はいなかった。あーそういうものなんだなーと改めて思った。役割を与えられたからその場に来ているのかな、と。私的には色々な人の話を聞いたりする中で自分なりの考え方を作り上げていきたいなと思っていたから「感覚が違うんだ」と強く感じた。

それ以後、自分から積極的に話をすることはなくなった気がする。本当に興味があれば聞いてくると思うから。今の仕事はそういう感じでは上手くいかない部分がある。「人見知り」と書くと各方面からツッコミが入るが、実際問題ある程度の距離置きながらやっていると思う。ドライな部分があると思う。指導者はきっと自分の指導にある程度自身を持っているから他者から聞くことは少ないのかもしれない。自分のやって来たことを話したいという気持ちが強くある気がする。

私はblogにあれこれ書いているからそれで昇華されているのかもしれない。別にどんなことをやっているというのを隠す必要もないと思っているし、それに対して興味関心を持つ人がそれほど多いとは思わない。blogを見てくださる方々がいてくれるのは何となく救われる(笑)。面白いことを書いているわけではないし、参考になる部分はない。それでも「話を聞いてくれる」のと同じことなのかなと。

正直、自分自身「面白みがない人間だな」と思っている。自分が興味があること以外は本当に知らない。それでも何とか生きているので大丈夫なのだろうが。話をしても面白くないだろうなと思うことが多々ある。アクティブ感がないので盛り上がる話もできない。ここは大きな問題だとは思う。ある意味枯れている(笑)。

今一番したいことは本を読みたい。最近本当に本を読めていない。自分のせいなのだが。唯一の趣味である読書ができないというのは面白くない。引き出しが少ないから話をする事もないのかなーと思う。そういうコンプレッスがある。だからといってなにかをする気はないという矛盾(笑)。

もう少し何かした方が良いんだろうなとは思っている。が、実際問題読書くらいしか興味がない。本当に幅が狭い。自分で身体を動かしたり、釣りに行ったりなどのアクティブな趣味がある方がきっと人生は楽しいと思う。私自身、本当に生きている事を楽しめているのか?何となく過ごしているのではないか?そんな気持ちになる。何が正解で何が間違ってるのかは分からないけど。

ぼーっと自分のことについて考えてみると今の仕事が自分に向いているのかも考えさせられる。何かを誰かに伝える仕事。私が今の仕事に就いた時とは明らかに取り巻く環境が変わっている。こちらが伝えたい事を持っていたとしたもそれを「必要としない」子供達もいるんだろうなと感じることが増えてきた。無理矢理にそれを伝えようとすれば間違いなく軋轢が生まれる。それって誰にもプラスにならない。競技を通じて人間的な成長をしてもらいたい。そう思う部分がズッとあるが、実際そんな事を求めて部活に所属する生徒は少なくなっているんじゃないかなと感じることもある。

もっと魅力があれば違うのかもしれない。そこは分からない。前とは違う。そう思う部分はある。しかし、それは大学時代から何も変わっていないのかもしれない。やはり興味がないと何も変わらないんだと思う。私が興味のないことに対して知りたいと思わないように、競技などに関してそこまでしてやらなくて良いと思っている人にとってはやはりどんな練習するのか、どうすればいいのかなんてことはきっと興味がない。それを求める事は違うのかもしれない。もちろん、興味関心を持ってもらうための努力を我々がすれば良いだけなのだと思うが。

色々なコンプレッスや悩み、表面に出せない感情をずっと持っている。それはきっと誰にでもあることだと思う。こんなどうでもいい事を考えている暇があれば趣味を見つけろという話なのかも知らないのですが。

落とし所のない話を書いています。流してください。
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少人数でも変わらない

2017-12-03 | 陸上競技
土曜日、この日から2年生が修学旅行。そのため1年生だけの練習になります。人数は少ないですがそれでもできることを最大限にやりたいなと。練習メニューに関しては人数に関係なく詳細に決めます。これも当たり前の話ですが。人数が少ない分、細かく見ることが出来るなと思っています。

練習の最初に少しだけ話をしました。今の1年生は2年生に頼っている部分があります。仕方ない部分があるとは思いますがやはりこのままではダメだと思います。前から何度か話をしていますが「危機感が足りない」のです。上級生に頼っていては来年度自分達が主役になることはありません。2年生の不在期間どう使うのか?そこの部分はかなり重要だと思っています。さらにいえばここで変わりきれなければ来年活躍はできないと思います。どこまで伝わるのか分かりませんがこちらも思う事を話しました。

そこからマークアップ。前の記事にも書きましたが練習の初めにサイキングアップをすることにしました。身体を動かしながらテンションを少しだけでも上げていけたらと。人数が少ないと出来ることが限られてしまいます。軽くやってそのままウエイトサーキットへ。テスト期間中に1時間とはいえきちんと練習が継続できた者とできなかった者ではやはり差がつきます。これは仕方ないかなと。どうやってその差を埋めるか。ベンチプレスで2.5キロの差が出ています。たった2.5キロかもしれませんがその2.5キロを上げていくためにどれだけの時間がかかるのかという話です。やはり継続できる者が強くなると感じますね。

人数が少ないので普段より時間がかかりました。準備や片付けなどの部分も含めてですね。数は力。まさにそう思います。単純に数が多ければ良いわけではない。ここは難しいところですが。時間がかかったとしてもやるべき事を見極めながらやれる方がいいと思います。

ウエイトサーキットが終わってからスパイクを履いてウインドスプリント。そのままチュープもも上げ。前日にやりたかったのですが忘れていました(笑)。膝締めの感覚を作りたい。この部分が基礎的技術の部分です。これまで継続した練習ができていない所があるのでこれからもう一度やっていかなければいけないなと思っています。チューブ走をやって前半マーク。この日は走るメニューはB&DM走にしました。20mから50mまで。本数的にはそれほどではないですが「自然に動きができるように」という感じですね。練習が継続できていない者もいるので気持ち抑えめにしています。

一旦スパイクを脱いで補強サーキット。これはプレート補強と縄跳び、手押し車などを組み合わせています。意識的に声を出すように話しました。人数が少ないから活気がなくなる。それを仕方ないねといって妥協するのではなくしっかりと取り組ませたい。こういう部分がキッカケになって変わってくる選手もいます。ある意味チャンスだと。それをいかせるかどうか。

再びスパイクを履いてスイッチングラン。トレーニングしてから走る。こればっかりですね(笑)。本当はその後にスイッチングスプリントをしたかったのですが時間的にもかなり経過していたので諦める。上述のように練習が積めていない者もいるので一気に負荷をかけるのはしんどいかなと。ショートスプリントも考えていましたが取りやめました。甘いか?(笑)最後に往復走。今回は少し休息を長めにとって最大スピードを上げるイメージで走り続けました。様子を見ながら2往復を2セットに。その時にできる最大限の練習という感じですね。

人数は少ないですがきちんと3時間近くやりました。少ない時ほどきちんと練習できるようにしたいなと思います。特定の選手だけが強いとか中学時代の実績だけで評価されるのではなく高校に入ってどうするかだと思います。私としてはそういう部分も大切にしたいと思っています。練習の中で工夫する事でそれを実現させたい。まだまだやることはたくさんありますが。

もう数日間はこの人数でやることになると思います。しっかりと取り組みたいですね。
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