カンレの日記

還暦の年から始まったブログ、いつの間にか古希そして喜寿を迎えた日々のこと。思いのままに。

ガソリン給油で出張保育サポート開始

2011年03月20日 | 東北関東巨大地震

いよいよ、夫の車も私の車もガス欠で困っていたところ

朝8時15分、友人からガソリン給油情報のメールが入って

食事の後片付けもそこそこに家を出て並んでいます。

かなり長い列でしたが、なんとか200番の整理券ゲット。

Photo

ここからが大変です。

今日は天気が良くて車の中は暑い !

汗が出る!

窓を開けたいが放射性物質大気汚染も心配だし

一応マスクはしているが・・・

一枚一枚洋服を脱ぐもこれ以上はね。

やむなく時々窓を開けて換気。

途中自動販売機を見つけ水を買った。

11時半やっと目的のスタンドが見えて来た。

ほっ!

12時半くらいには給油出来るかな?

携帯ライブ投稿でした。

これで、出張保育サポート出来るようになりました。

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私にはもったいないほどの

2011年03月19日 | 東北関東巨大地震

まだ寝ているの~

な~んて、娘が嫁ぐ前は、私が娘に言っていた言葉

今朝(8時)、娘からの電話で

「まだ寝ているの~って言われてしまいました。

私 「だって、早起きしても寒いし、電気は使うし

湯たんぽで寝ていた方たいいでしょ。」

な~んて、口答えともつかない言い訳をおりました。

その後、いやいや、あの寝ぼすけだった娘に

こんなこといわれるなんて・・・・嬉しいような・・・カンレ夫婦も落ちぶれたような

・・・・今朝の始まりは、そんは夫との会話からでした。

それでも顔を洗って・・・さて何かしようかと思っていた矢先

なにやら家の前に

帽子をかぶってマスクをしたあやしい人影(大人二人子ども二人)

良く見るとうずしおさん一家なのでした。

一年ぶりくらいだったでしょうか。

昨日のブログ投稿で落ち込んでいるであろうカンレのところに

様子を見に来てくれたのです。

しばらく食べていなかったパンを持って・・・

しかも自家製、焼きたてのパンでした。

Photo

さっそく昼食に

Tosuto

あり合わせのサラダで・・・・おいしく頂きました。

そして午後は

Photo_2

ローソクがないことを知った友人が

わざわざ持ってきてくださいました。

昨日のブログで、皆さんにご心配をさせてしまったようです。

すみません でも、とてもありがたくて

パンを食べながらも、皆さんの優しさが嬉しくて嬉しくてウルウルでした。

メールをくださったmiyakogusaさんSさん、ありがとうございました。

こんな私ごときに、贅沢なもったいない・・・

被災地の方に申し訳ないと思いながらも

その気持ちに感謝した日でした。

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悲しいローソクの火

2011年03月18日 | 東北関東巨大地震

何でも出遅れてしまうカンレ夫婦

ガソリンがなくてもどこに並んでよいのやら・・・

いよいよ無くなり、長い列を見つけその交尾に着くも

散々待って「売れ切れです」の知らせ、ガッカリです。

保育サポートがせっぱ詰まった状況でも

これでは出動できないで、やむなくお断りの状態です。

申し訳ありません。

でも、被災地を思えば、我慢しなければならないですね。

ローソクも買いに行ったときには

長さ5センチ、太さ5ミリ、一箱200本入り

そんなローソクしかありませんでした。

そんな中、昨日は、計画停電2度目は夜にかかってしまい

小刻みにローソクを補充をしながら夜を過ごしました。

Photo

東北関東巨大地震で亡くなられた方の人数が日ごとに増えていく中

昨夜のローソクの火は、とても悲しく感じるのでした。

まして、この時、最初にメールが繋がって

その後途絶えたいた姪の三男が亡くなったとの知らせがありました。

姪のところに飛んでいくことも出来ず

黙って手を合わせることしか出来ない・・・・・・・無力ですね。

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省エネ生活は指先が冷えて

2011年03月17日 | 東北関東巨大地震

今日の計画停電は、カンレ区域もほぼ時間通り実施されました。

ガソリンは、今のところ出かけなければ良い話ですが

灯油が残り少なくなったことが

我が家に影響し始めていることです。

家の中では、厚着をして、手袋までしてパソコンに向かっています。

Photo

しかし、被災地の方々からすればこんなことくらいで

へこたれていては申し訳ないです。

なんとか、省エネ生活を続けたいと思います。

もう皆さんもやっていることでしょうけど

コタツに湯たんぽを入れて停電中の暖を取っています。

友人は、湯タンポの上に一枚毛布をかけているようです。

これ、さっそく真似してみます。

それと、このところ余震やら本震やら、家がゆれることが多く

ちょっとしたことでも、ゆれているように勘違いしたりするので

震度計をつけてみました。

Photo_2

といっても ↑ こんな物ですけど・・・

これをつけてからは、まだ威力を発揮するゆれはきてないようです。

巨大地震から一週間、落ち着いたのでしょうか。

そうだといいですね。

原発の事故の影響も心配です。

ヘリコプターでの放水冷却が始まったようですね。

あ、これから、カンレ地域二度目の計画停電が始まる時間です。

ではまた(@^^)/~~~

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巨大地震その後

2011年03月15日 | 東北関東巨大地震

携帯投稿です。 こちら、那須塩原市でも計画停電が1時間遅れで16時20分から突入しました。

巨大地震、ガソリンはない、スーパーも陳列品がない、放射線問題といろいろ重なって大変ですね。 なんとかこの急場を乗り越えなければなりませんね。

そんな中、今朝早く宮城県塩竈市に住む甥とやっと連絡が取れました。 石巻市に住む夫の姉兄夫婦一家族は無事。あと三家族も多分大丈夫だろう。とのことでした。 しかしもう一家族は依然として心配な状況ではあります。 でも、大分情報が入り少しは気持ちが落ち着きました。

甥からの連絡は家に直接ではなく、北海道の娘経由でした。 やはり被災地に近いと電話は繋がりにくいのかも知れませんね。 皆さんにもいろいろ情報を頂きありがとうございますm(._.)m

甥ともう一人の姪は被災地の医療の現場で親戚の安否確認する余裕もなく忙しくしているようです。 みんなでなんとかこの窮地を乗り越えましょう!

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こうしていると

2011年03月14日 | 東北関東巨大地震

今日の那須塩原市は

穏やかな暖房のいらない過ごしやすい日です。

こうして庭に咲く花を見たり

Photo_2

野に咲く花を見たり

Photo

していると

Photo_3

何事もなく穏やかな日本を想像しますが

テレビをつけると、東北巨大地震の映像が流れ

その別世界が現実なのです。

今だに、被災地の親戚とは連絡がつかず

テレビにかじりついていることからも、逃げているカンレ夫婦です。

ただ、一番心配していた義姉家族の住む街の写真が

ネットを通して見れたものによると

水が引いた街並みと、お店が立ち並んでいるのが確認できて

大きな望みがもてています。

テレビの映像も大きな被災地ばかりではなく

小さな集落の様子、沿岸でも被災してないところなども

映ししだしてほしいと思いました。

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地震その後・烏ヶ森公園

2011年03月13日 | 東北関東巨大地震

いまだに、石巻市の親戚からの連絡がなくて落ち着きません。

唯一、姪とのメールも途絶えてしまいました。

テレビの映像では現地の様子がリアルに報道され

安否の確認が怖い、そんな気持ちになっている心境です。

ただただ、何も手につかず・・・行動も起こせない・・・もどかしい時間を過ごしています。

石巻市河北町、石巻市長面、石巻市渡波の辺りの

情報を知っている方教えてください。

書き込みの皆さんへも、返事をしてなくて申し訳ありません。

しばらくお許し下さい。

しかし、ルーカの散歩はかかせませんので公園散歩には行っています。

烏ヶ森公園にも被害がありました。

Photo

地割れがところどころに

Photo_2

神社の灯篭や鳥居も倒れていました。

近隣では、大谷石の塀が倒れ、かわらが落ちているところもありました。

我が家は

Photo_3

↑ この程度で済んでいましたが

今朝、隣の市に住む友人から、家が壊れたとのとのメールでした。

立派な家で、内装も庭も、住んでいた友人も

とっても素敵な人の家なのに・・・・

添付の写真があったことも確認せず

友人の声が聞きたくて電話をしてみました。

そしたら

Photo_4

↑ こんな状態だったそうです。

ちょうど断層の上だったのでしょうか?

床から突き上げられて、1階部分がダメになったようです。

これでは、どんなに立派な家でもたまりませんね。

幸い、友人の家族は皆さん無事で

息子さんのところに身を寄せているということでした。

不幸中の幸いでした。

それでも、心中は穏やかではないはず

どうぞ、元気を出して頑張ってください。

お見舞い申し上げます。

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電気が通りました

2011年03月12日 | 東北関東巨大地震

皆さんから、お見舞いのメールや電話、書き込みをありがとうございました。

九州の方からの電話は通じました。

昨夜は、頻繁な余震の中寝れない夜を過ごしましたが

今朝早く、電気も通り先ずは一安心です。

しかし、今、夫の実家石巻市の安否を知りたくて

テレビにかじりついています。

石巻市に住む義姉の家族と

実家(旧河北町)の情報がなかなか入手できないでいます。

飯野川に勤める姪にはメールが繋がったのですが

まだ、家に帰れないとの事、心配です。

ただただ、各地の被災者の方にお見舞い申し上げます。

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地震でこちら那須は

2011年03月11日 | 東北関東巨大地震

携帯投稿です。 今日の地震で、塀が倒れた家や、かわらが数枚飛んでいる家がある程度で、わが家の被害と言えば、食器棚のコップが大分壊れた程度に治まっています。カンレ夫婦は無事です。 まだ停電が続いていて困っています。でも、お湯の沸かせるストーブとローソク懐中電灯、卓上ガスコンロでしのいでおります。 こちらは取り急ぎ無事のお知らせです。 そんな訳でパソコンも開けません。

追記

今回の東北関東巨大地震は

マグニチュード9、0

1000年に一度と言われているものだったようです。

私は、ジムに行って運動をしておりました。

ジムのオーナーに誘導され外に出て

駐車場で皆で手を取り合って座り

恐怖に耐えておりました。

駐車場の車は、大きく揺れて動き出すのではないかとおもうほど

電柱電線が大きく波打ってそれはそれは恐ろしい光景でした。

あの電線が折れて飛んできたら怖い

何分ほどだったか

今まで体験したことのない大きな長い揺れでした。

震源地は栃木県とばかり思っていたら、宮城県沖と言う。

ただならぬ事態が起きたことは間違いない。

即停電。信号機が点かない。

家に帰る途中も怖かった。

数え切れないほどの余震が続く。

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