
照る日曇る日第897回
ここでは彼一流の悪魔主義を徹底的に発露してみせた「お艶殺し」「お才と巳之助」を柱に「金色の死」に収められた「創造」「独探」、それから天才児の末路を描いた「神童」、藤原時代の彫刻師の内面を描いた戯曲「法成寺物語」などをスクープして読み応えがある。
「お艶殺し」と「お才と巳之助」は、いずれも凡夫が妖艶な悪女に地獄の底まで引きずり込まれる谷崎得意のマゾヒズム小説であるが、この被虐の世界の裏も表も奥の奥まで舌舐めずりしながら書きつくす作家の透徹した筆致は空恐ろしいほどである。
本人は「これは藝術にあらず、通俗でげす」などとやに下がっているが、とんでもない。こういう作品こそがこそは大谷崎独自の真骨頂であり、彼が本邦を代表する大作家である所以なのである。
「独探」ではどことなくゾルゲやラフカディオ・ハーンを思わせる謎めいた外国人が登場して谷崎本人と思しき作家との交流をつづった物語であるが、最後はこの男が題名通りドイツのスパイであったことが判明して幕を閉じる。
それでも谷崎は彼をスパイとは思い切れないでいたようだが、まことに興味深い人物ではある。
道端に落ちた栗は誰のもの誰のものでもないと私が拾う 蝶人