照る日曇る日第1589回
こないだ俵万智の牧水の本を読んで、へえこんな人世だったのか、こんな歌を詠んでいたのかと興味を持ったので、昔むかしに独文の同級生が書いた本書を読んでみた。
なんでも明治43(1910)年の秋、信州小諸の彼女の祖父が開業していた江戸時代から続く「本陣」の任命堂田村病院に、我らが牧水が2か月も滞在していたという。
当時の牧水はかのファム・ファタール、運命の女園田小枝子との絶望的な悲恋に打ちのめされていただけでなく、著者独自の調査によれば、恐ろしい淋病を患っており、その心身両面の疲労困憊を癒すために、当時田村病院で働いていた医師で門下生の岩崎樫郎を頼って、広壮な旧本陣の別室に、隠れるように住んでいたというのである。
いうまでもなく青春時代の大きな主題は、家族英国主義との闘争であり、今も昔も若者は親や故郷を捨てることによって、けなげな自立を果たそうとするが、その自分が親の年齢に達するといつしか郷里を懐かしみ、自分もその末に繋がる、滔々と流れる祖先の血脈の内部に、不変の自らを見出そうとあがくものである。
著者は、かつて一瞬にせよ袖触れ合った偉大な恋愛者、歌人の知られざる足跡をまるでアガサ・クリスティのように執拗に辿りながら、同時に、遠く失われた家族や郷里の思い出という貴重なタピストリーを、一針一針慈しむように丹念に縫いあげていくのであるが、本書を読みながら私は千曲川のほとりをさすらうソルベーグの歌を耳にしたような気がした。
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