あまでうす日記

あなたのために毎日お届けする映画、本、音楽、短歌、俳句、狂歌、美術、ふぁっちょん、詩とエッセイの花束です。

主婦の友社版「誰もが泣いて喜ぶ愛と感動の冠婚葬祭その他諸々挨拶&スピーチ実例集No.66」

2021-06-23 14:41:20 | Weblog

西暦2021年水無月蝶人狂言綺語&バガテル―そんな私のここだけの話第393回


○金婚式のお祝いでの本人の謝辞
本日はご多用中にも係わりませず、かくも多数の皆々様のご出席を賜りましてありがたく厚く感謝致しております。*1
私ども夫婦が結婚しまして、横浜の一隅に居を構えてから既に半世紀以上の年月が経過したとは、まるで夢のようです。私は、勉強と学校が大嫌いでしたので、山手の中学校をでるとすぐに当時宮内庁の御用達で日本一のテーラーであった西川洋服店に弟子入りしまして、紳士服の仕立ての修行に精を出しました。*2
師匠も兄弟子もぐっすり寝こんでいる丑三つ時にこっそり起き出して、お客様からお預かりしていた最高級の英国製背広をすっかり解体してその製法技術を研究し、明け方までにきれいに元に戻したりして、一心不乱にやったものです。手先が器用でしたから、この仕事が性に合って親方からも可愛がっていただき、20歳頃には独立して元町に黒田洋服店の看板を掲げることができました。
当時、日本の輸入生地は安物で品質が良くなかったので、主として英国製の輸入生地を用いて入念に仕立てたものです。*3
私はどうも普通の仕立て屋がやっていることじゃつまらないものだから、お客様の許しを得て、生地の選択、裁断、縫製、細部の仕立てまで、全部私の好きなようにやらせてもらいました。
それが厭だというお客の仕事は最初から引き受けなかったものです。そのかわり、仕立てには凝りに凝ったので、お代も、普通の仕立て屋の5倍の料金を頂戴しました。
完成した製品は丈夫で型崩れせず、何十年も着られたので、横浜の外国人、船乗りや外交官、政治家、富豪、高級官吏、宮中の貴賓の方々といったハイソサエティ階級の人々にだんだん上得意が増えまして、お陰さまにて食うに困るようなことにならなかったのはありがたいことと天に感謝しております。
このたびの戦争で横浜も焼け野原になりましたが、私の家は幸い戦争の災禍にかからなかったので、戦後も家内がマネージャー兼大蔵大臣、私が製造部長兼総理大臣という二人三脚で今日までつつがなく生き延びて参ったような次第であります。*4
家内にはいままでどこへも連れて行ってやれなかったので内心気に病んでおりましたら、本日の会を設けてくれました一人息子が私たち老夫婦を引率して「ロンドンパリ10日間の海外旅行」に行こうと言うてくれまして、このとしになってはじめてのロンパリと洒落込むことになりました。*5 
歳は取ってみるものです。せがれ、そして皆さんにこころからお礼を申し上げる次第です。


○アドバイス
*1妻とともに苦楽をともにした半世紀の歳月を回顧するわけであるが、即興的な話になれている人は別だが、あいさつの前に日記や記憶を頼りにいくつかのエピソードを書き出し、そのなかから自分がどうしても話したいことを2,3に絞り込むとよい。
*2エピソードの細部が充実しているほど、聞く側の感銘が深まる。
*3誰にもかけがえのない自分史がある。その旬のハイライトの部分を切り取ってスピーチする。短いフレーズのなかにも主人公のいきざまの片鱗が覗える。
*4配偶者のスピーチが予定されていない場合には、なおさら内助の功についてしっかりと触れておくのが紳士のたしなみであり愛情というものである。
*5 身内への細やかな配慮が聞くものを幸せにする。


アサヒからスーパードライと言われたらどうぞと差し出す丸川珠代 蝶人
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