備仲臣道著「内田百閒 百鬼園伝説」を読んで
照る日曇る日 第1949回
百閒研究の権威による「内田百閒三部作」の完結編である。
内田百閒は好きな作家だ。戦時中文学報国会に加盟しなかったのは中里介山と百閒だけ。それだけでも尊敬に値するが、百閒は稀代の名文家でもあった。
この本は、漱石の「夢十夜」に霊感をうけ、発表後の漱石自身が投げ捨てて顧みなかった、その怪奇と抒情と幻想の独創的境地を、生涯に亘って切り開いていった文人の軌跡を、珠玉のような名文で、真心を込めて丁寧に、かつまた手際よく振り返った逸品といえるだろう。
既に浩瀚なる“内田百閒大辞典”をものされ、出版社の名乗りを待たれていると仄聞する著者ゆえに、例えば「高利貸」なる御題目を設定すれば、それに関連するデータが湯水のように湧き起こって読者の興味をどこまでもひっぱって行く。
「猫」の章では、あの有名なノラに関する情報のみならず、猫関係の作品が次々に列挙されるが、意外にも必ずしも百閒が生来の猫好きではなかった、という知見が報告されていて、ほんとうの百閒の姿をさりげなく伝えている。
左目の上の方から覗きこむ目医者が入れる眼内レンズ 蝶人