あまでうす日記

あなたのために毎日お届けする映画、本、音楽、短歌、俳句、狂歌、美術、ふぁっちょん、詩とエッセイの花束です。

こころを濡らす

2024-02-21 11:42:17 | Weblog

 

これでも詩かよ 第307回

 

久し振りに新橋のヘラルド・エースの試写会に行くと、いつものように最前列の左端に座ったヨドチョーさんが、声を枯らして

「映画を見なさい、良い映画を見ればこころが濡れますう」

と、皆に聞こえるように叫んでいた。

 

たぶん先日ここで上映された、『ローマの休日』事件のことをいうておるのだろう。

 

その日、おらっちときたら、あろうことかローマの宮殿で、王女のオードリー・ヘプバーンが「ローマ、断然ローマです」というた瞬間、大の男が大声を上げて、泣いてしまったのだ。ほかの映画批評家連中が、誰も泣かなかったのにい……

 

くそったれ、一人くらい、泣けよ、

こころあらば、こころ濡らして、泣けよ!

 

こころ優しいヨドチョーさんは、おらっちのそんなこっぱずかしい噂を、紳士的に打ち消してくれようとしているんだろう。有難いことだ。

 

まもなく、本日の試写が始まった。

 

上映されたのはタランティーノ監督の『レザボア・ドックス』だったが、あまりの暴力シーンの連続に、おらっちが狭心症の軽い発作を起こしてニトログリセリンの白い錠剤を1粒飲んでいると、真中へんに座っていた落語家のタテカワダンシが、

 

「糞面白くもない、こんなエイガ見てられっか!」

と叫んで、隣の太った手下に「おい、けえるぞ」と告げて、会場からあらあらしく出て行った。

 

ヨドチョーさんも、おらっちも、それ以外の人も、試写会場の扉がグラグラゆれて、外光がチラチラ漏れ入るのを、みんな見ていた。

まるで『レザボア・ドックス』が、スクリーンをはみ出したみたいだった。

 

おらっち、なんせ招待された身だ。

いくら下らない映画でも、ダンシ師匠ほど勇気がないので、出ていけない。

じっと目を瞑り、心臓を抑えに抑えて、地獄のような100分間に耐えていた。

 

ヨドチョーさん、

こころを濡らす映画があるように、

こころを壊す映画もあるのです。

 

なけなしの貯金がどんどん消えていく年金だけでは食べられなくて 蝶人

コメント
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