神奈川県立美術館鎌倉分館にて「ゴヤ版画戦争の惨禍」展をみて
蝶人物見遊山記第390回&鎌倉ちょっと不思議な物語第470回
前半の「気まぐれ」に続く「戦争の惨禍」展は解説によれば3つのテーマに分かれている。2番から47番までは戦場の悲惨なあり様、48番から65番までは戦禍による飢えと貧窮、66番から最後の80番まではフェルナンド7世復位後の悪性への批判が描かれており、今も昔もちっとも変らぬ戦争のむごたらしさが、これでもかこれでもかと描かれる。
印象的なのは、その銅板を刻むタッチが鋭く、繊細かつ冷静なことだけではなく、画家の視点がある種の天上性と普遍性を帯びていることで、それは例えばスペインとフランス兵双方の残虐が等置され、兵士に強姦されるか弱い女性の画の隣に、被害者たる女性が侵略者たる兵士を手近な刃物などで殺害している画が並んでいる点によく表れているだろう。
敵も味方も他人を殺し、殺される有様は、さながら理性も論理も投げ捨てて蠢く動物の生きた地獄絵であり、それこそいま現在、ガザやウクライナやレバノンで起こっている殺人機械による人殺しの悪循環と同質のものだろう。
カナキンでは1985年にゴヤの全版画展を敢行したようだが、次回はその再現をお願いしたい。
傘寿過ぎ暗香浮動に聡くなり願いはひとつ朝夕安居 蝶人