今日からまた三連休ですが、うちは 子供も主人も仕事です。
私は相変わらず病院通いです。
昨日から叔母のリハビリが始まったようです。
でもまた、病院も三連休。
自分が股関節手術で二ヶ月入院した時、やはりリハビリ
がお休みの時は、なにもする事がなくて 時間をもてあまし
寂しい想いをしたのを思い出しました。
私の時は、5月のゴールデンウィークも入っていましたので
お正月と同じくらい… 「静かですよ」 と看護婦さんが
言っていましたっけ…
年が変わり 自分の‘心定め’ではありませんが心に残った
記事がありましたので、みなさんへご紹介します。
【60歳の初心】 愛知学院大教授 川口高風
私は今年、満60歳の還暦を迎えた。戦後のベビーブームで
誕生した団塊の世代である。その世代がいっせいに定年と
なっていく。
先人は節目の年齢の人生観をと説く。孔子は『論語』で
吾れ十有五にして学に志す。
三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。
六十にして耳順う(したがう)。七十にして心の欲する所に
従って矩(のり)を踰(こ)えず。
という。これは、数え年74で亡くなった孔子が、晩年に自分の
一生の経歴を振り返った自叙伝である。
60歳の孔子は「60にして耳順う」という。
60際にして人の言葉を素直に聞ける寛容性が身についたという
のである。
現代は、寿命も延びているところから、60歳は孔子の
「四十にして惑わず」の不惑の年齢と言ってもよいと寂聴氏は
いう。やっとあれこれと惑わない年齢になったのであろうか?
はたして私は、不惑か耳順かどちらであろうか?
まだ、まだ、『我』が出て惑っており、人の意見を聞かない
頑固なおやじかもしれない。
心理学者 多湖 輝氏はその著「新60歳からの生き方」で
60歳の定年退職により、会社ⅸ颪人霾龜家族鮃覆BR>の別れがある。
しかし、それを新たな出会いと考えて、60代を生きることを
提案している。
江戸期、博多の禅僧 仙崖和尚の「老人六歌撰」を見ると、
手が震えたり、脚がよろめいたり、歯がぬけたり、細かな字が
見えにくくなったり。また、気が短くなりすぐ怒る。よく愚痴も
言う。でしゃばって世話もやく。聞きたがって話したがる。
私は確実にその域に入ってきたものと思う。
そこでいつまで生きるかわからない今後の人生を生きぬく
心構えを考えてみた。
それはいつも志を持ち、世阿弥の言う『初心を忘るべからず』
を忘れずにいることと思う。
年齢をとってから一番大切なのは志であるといったのは、
江戸期の儒学者 佐藤一斎である。その著「言志後録」に、
血気には老少ありて、志気(しいき)には老少なし。
老人の学を講ずるには、まさにますます志気を励まして、
少壮の人に譲るべからざるべし。
といっており、血の気は若い青年と老人とでは違いがある。
しかし、その志にはその差がないというのである。
だから老人が勉学するには、ますます志という「志気」を
励まして、若い人に負けてはならない。 志は若いとか年寄りとかは
ないことをいうのである。
さらに、「言志耋録」でも、
人は百歳なる能(あた)わず。ただ当(まさ)に志、不朽に在るべし。
といい、人間は百歳まで生きることは難しいが、志だけは永遠に
朽ちないものであるともいう。
能の大成者 世阿弥は「花鏡」に、
老後の初心を忘るべからずとは命には終わりがあり。
能には果てあるべからず。
という。60歳をこえた老後に及んでも老境の初心の芸を忘れては
ならないと教えている。
人間の命には必ず終わりがある。しかし能にはこれでよいとする
到達点がない。老人は老人にふさわしい芸を覚えることが老後の
初心の芸であった。
生涯、初心の芸を忘れずに過せば、これが最後ということはない。
能の行き止まりを見ることなく、上達していく姿のまま生涯を終える
ことができるのである。
現在、私は60歳の『初心を忘るべからず』の初心を生きぬいている。
来年は61歳の初心を生き抜くことになる。
毎日が初めての体験であり、かつて経験した一日の復習ではない。
そのために稽古をし、精進して、絶えず向上心を持つことが世阿弥の
極めた奥義である。
今後の人生を生きぬく心構えとして、老いてなお、志を持ち、
老後の初心を忘れずに不断の精進をすればよいのである。
★毎日が初めての体験! かつて経験した一日の復習ではない。
とても新鮮な言葉でした。 あなたは どう感じましたか?!