私のイライラはマックスを過ぎ…
肩こりは、介の字張り(コマーシャルのように)にシップを(主人に)4日間連続して貼って貰ったら、
やっとこっているよー くらいの 肩に戻りました。
自分では、貼れないのでやっぱり主人がいてよかったー! って思います。
今日は、ちょっと暗いお話ですが、目を背けてはいけない記事を、ご紹介します。
『こころばえと憂鬱』 へんみ・よう(作家)
ことしの賀状はいつもの年とずいぶんちがって、気のせいか、文面や絵柄が重く沈んでいた。何通りかは
おきまりの祝詞を略して「暗中模索」だの「五里霧中」だの、およそ賀状らしからぬ文言でまえおきし、
「めげずにがんばりましょう」などと、なにをどうがんばればよいものかさっぱり要領をえないまま文をむすで
いたりした。だれしも手放しで「おめでとう」とはおもっておらず、眼には見えない不安の波動のわけをとらえ
ようと過敏になっているようだ。かつて疑う余地がなかったはずの日常のなめらかな連続性が、ここにきて
不気味にきしみはじめていることは、たかが賀状の文面の変調にもそこはかとなく知れる。
いつもなら「旧年の特筆私事トップ5」と「新春の決心」を細やかな字でびっしりと書き送ってくる70歳代の
女性の賀状が、ことしは遅れて着いた。文面も例年とまったくことなる。のっけから
「轍鮒(てっぷ)の急にたちあがれ!」といかにも古めかしい檄文調なので苦笑してしまう。「轍鮒の急」とは
「荘子」にでてくることばで、わだちの水たまりにいる命あやういフナ。つまり、危急にひんする者のたとえで
この寒空に困窮する失業者たちを助けるために行動せよ、と呼びかけているのである。
相変わらず元気なことだと感心して読み進むうち粛然として座りなおした。彼女、暮れから東京・
日比谷公園の年越し派遣村で「飯炊き、テント張り、救援物資の分類、配給、ごみ拾い」のボランティア
をやっていたのだという。
「立ちっぱなしで一日目はヨロヨロ。けれど、だんだん強くなりました。陽が落ちるととても寒いのですが、
私は‘お母さん'と呼ばれながら、まわりに教えられて仕事をしています」。ことばに屈託がない物心にまだ
余裕のある私たちに対し「たちあがれ!」と叫んでもとくに含むところはなく、ストレートなふん、かえって明るい
のだ。彼女は殺された樺美智子さんらと60年安保を戦ったことがある。
しかし、ふたたび水をえた魚というのではない。くさぐさ思った末私は得心する。世代、経歴、思想、立場
をはねかえす一個人の凛とした〈 こころばえ 〉 が、老いた彼女を派遣村に通わせているのだ。と。
ときに単純にもみえるよきこころばえのまえには、どんなに華麗で精緻な理屈もしぼんでしまう…そう
自分にいいきかせたことだ。
この正月、印象深い便りがもう一つあった。こちらは30代の新聞記者からのEメールで、赤錆のような
疲労が文面にただよっていた。仕事を辞めたいのだが辞められない。
「暗闇に吸い込まれていくような孤独と虚無感」に日々おそわれている。辛いこと、疲れること、解決の
難しいことを考えるのをうまく避け、自分に都合の良い相手とだけほどほどに付き合う毎日をおくっていたら
「かつての理想がうそみたいにやせほそってしまった」という。社はこの不景気をしのぐために以前より
さらに権力や大企業、お茶の間になりふりかまわず媚をうり、大事な記事を減らしてでも広告を入れようと
しているけれども、意義をとなえる気力は社内にも自身にもないとなげく。
知的障害があるとみられる容疑者でも、写真撮影できるよう便宜をはかれと警察に求めているのは、
読者ではなく実は記者たちであり、社内でさして論議にもならない。自社のウェブサイトへのPV(アクセス量)
が毎日、社内メールで流され、まるでPVを上げろと追い立てられているようだともいう。
記者たちは社外でも社内でもまず「空気をよむ」のが本分のようになりつつあり、他者の苦しみをおもう
「痛覚」が年々にぶっている…と恥じている。
「孤絶の感情がつのり、このところ自分の存在を脅かすほどになってしまいました」「人は生まれてから死ぬまで、孤独のやみに沈められているのですね。ふと足元を見ると、会社もまた孤独の底なし沼です」―。
青年は年末休みに妻子を置いて夜行列車で一人旅にでた。雪の北陸路をさまよい歩くうち、孤独からのがれ
るのでなく、これからいっそ孤独をもっと深めてみようと思い立ったという。晦日の夜に帰宅したら、生まれて間
もないわが子が暗い寝床で、じっと自分の小さな手にみいっていた。彼の心はその情景にふるえ「痛感が静か
によみがえるのを感じて泣いた」のだそうだ。雪道、赤ちゃんの手、派遣村…が、私のまなうらでひとつらなりの
絵になった。
『日本イレブン、優勝!』
やりましたねー。
寝不足です。体調が悪かったので、初めの90分はほとんど目を閉じての観戦で
時々意識もなく寝ていました。
テレビの音だけがガーガー鳴っていて、薄目を開けては、点数を確認していました。
延長戦になってからは、だんだんこちらも目が覚めて、力入りました。
背の高いオーストラリア(豪)に対して、果敢に立ち向かって満身創痍の体で全員が団結して
戦う姿は、感動しました!
サッカーって、格闘技のようだ、と思いました。
怪我を恐れず、立ち向かう強いハート、仲間を信じあきらめない!
今日は、朝から何度も何度もゴールシーンとサッカーの話、テレビに釘付けで見ました。
今回は、監督が選手とコミニケーション(先発からひかえの選手まで)を沢山取った。(選手の起用の際に
選手の性格が分かっていないとダメだから。)
最近の日本チームの中で一番のチームワークだと絶賛していました。
その中で、ある方が、「柔よく豪を制す」 ~背の高いオーストラリアに背の低い日本選手がちょこちょこと
走り回るので~ 駄洒落を言ってました。
ゴールした、李選手は在日4世で(韓国の代表にもなったことがあるが、日本代表になりたくて、親戚中に
反対されても、どうしても日本の代表に、と強く望み家族の後押しで、日本代表になったそうです)、
よくぞ、ここまで、綺麗なシュート! と何度見ても 芸術品のようなシュートです!
それに、ゴールキーパーの川島もすごかったー。一心不乱のような目力で、ボールを絶対に
見逃さない。ことごとく跳ね返して、鬼のような形相で雄たけびを上げて、相手方の足に踏まれるかも
しれないのに… 突進していく… すごかった!
みなさんも、そう思ったでしょうー。
九州は、鳥インフルエンザと灰色の世界!
日本海側は、豪雪の銀世界!
明日からの国会は?!
日本中に元気もらいました。
サッカー日本代表のみなさん、本当にありがとうございました。お疲れ様でした!
なんだか、私も 嬉しくて 少し、元気出ました。
忘れる間もなく… 鶏インフルエンザ、霧島山爆発噴火と九州、特に宮崎県、鹿児島県の方は、
災難にあわれ、大変なご苦労を強いられている。
テレビで新聞で見るたび聞くたびに… 胸がいたくなります。
どうぞ、神さま、仏さま。 一刻も早くの収束を心から祈ります! お願いします!
今日は、一週間に一回のディ(叔母の)の日でした。
まだまだ調子が悪いで、9:15~14:00 まで。 叔母が出かけた後、大急ぎで叔母がいない間にこれもあれも
と色々とやろうと計画します。
が、アーっという間に時間がきて、あー間に合わない、と結局できなくて家に戻ります。
今日もそうでした。 このところ ずーっと(12月から)自分のことを我慢して叔母のことを優先していたので、
とうとう先週あたりからストレスになってイライラしてきました。
昔から、家にはあまりいられないタイプなのに…家にいるもんだから…
肩と首がカチカチになり(25日水曜日に銀サロで解してもらったばかりなのに)、首が回らなくなりました。
車の運転の時の車庫入れは、最悪です。 上も下も右も左も…いたいーいたいー! 痛くて泣きました!
体が冷えているから、よけいに硬くなりますよね。わかっちゃいるけど・・・、どうにもならない。
叔母が帰ってきて、コーヒーを作って上げ、体へボディクリームを全身にぬりたくり
(乾燥肌でかゆみがひどく、かきまくって背中と胸が血だらけのかさぶたになっている。肌がカサカサで粉をふいて、
トイレから叔母のベッドまで白い粉の皮膚の皮が落ちる)パジャマに着替えさせ、アンカを用意して、やっと
さっき自分の昼食を食べました。
叔母のズボンのポケットからプリントが出てきました。
『最近の言い方』 o次の言葉は最近ではどう言われているでしょうか。右の欄に書いてみましょう。
・寝巻き ⇒パジャマ
・えもんかけ ⇒ハンガー (時々 えもんかけ、って私使います)
・つっかけ ⇒サンダル
・レコード ⇒CD
・ランニングシャツ ⇒ノースリープ?(ランニングシャツはそのまんまじゃないの?)
・隧道 ⇒トンネル
・乳母車 ⇒ベビーカー
・国鉄 ⇒JR
・ちり紙 ⇒ティシュペーパー
・ジャンバー ⇒ジャケット?(ジャンバーって使いますよねー)
・さじ ⇒スプーン
・雨合羽 ⇒レインコート
・デザート ⇒スイーツ?(デザートはデザートでいいじゃん)
・成人病 ⇒メタボ
・シミーズ ⇒スリップ
・スパゲッティ ⇒パスタ
・保母さん、保父さん ⇒???
・アベック ⇒カップル
・スチュワーデス ⇒キャビンアテンダント
※右側の答えは、すべて私が答えました。プリントには叔母は何も書きません、書いてありませんでした。
叔母によくよく聞いたら、「先生と皆さんでやったんだけど
みんなが答えるのを待っていたら、遅くなっちゃうから、先生が全部(答えを)言っちゃうんだよ!」
これには、思わず笑ってしまいました!
オレオレ詐欺・・・ ではありません。
昔、サッカー Jリーグ が発足した時、前後で でた曲です。
覚えてますか?! 『オ・レオレオレオレー』← 私が歌ってる。
でも、その先が歌えない。
この曲と青いユニフォームを使って、子供達にバレエの発表会で振り付けをしました。
なつかしーい!!!
昨日は、興奮しましたー! 正直。追いつかれた時には、もうダメだーって 思いました。
よく頑張ったー! 日本 チャチャチャ、日本 チャチャチャ!(これはバレーボールだっけ?)
あきらめない、フレッシャーにまけない、強い心!
見ていて、教えてもらいました。 ありがとう、日本代表(サッカー)
「一番でないと、ダメなんですか」 って、神さまが聞く。
「 ハイ、ダメなんです!」 って、青いスーツを着て 言いたい! エヘへへ
ここまで来たら、アジア1 優勝 を 夢に見ています。
がんばれ、日本、 えらいぞ 日本、 まけるな 日本!
今年は、本当に寒い!
毎年 暖冬、暖冬といわれながらも、寒がりなので(肉付きも悪いからか…仲間の人よりか)、部屋は
温かくしているほうだ。 厚着をすれば肩がこるし、動きも鈍くなる。
まして、叔母が寒い寒い、と言うものだから余計に気を遣って部屋を温かくし、加湿も怠らない。
今、私がやっているエコは、室内干し、こまめに電気を切る。使っていないコードを抜いておく。
結構気をつけているのになー。 息子が夜中に帰ってきて、テレビと照明器具をつけっぱなしで、
携帯電話をにぎったまま‥‥寝ている。夜中にトイレに起きたら、全部消しているんだけど…
毎日、そのためだけに起きていたら、私の身が持たない。一銭も家には入れないのも腹が立つし、
ストレスになっている。我慢我慢。自覚のない息子に育てた私が悪い、と思って、
あきらめているものの。。。
その結果、ガーン ガガーン!!
ガス代、電気代が! ぶったまげた! 昨年比の1.4倍!
叔母が風邪をひかないだけでも良いことだ、と思いながら…
節約できるものであれば… 節約したい!
早く温かくなって! と思っても、まだまだ後1ヶ月半は無理だろう。
私にも出来る簡単な節約術、ありました。 ご紹介します。
ちょっと『エコわざ』 中島まゆみ(環境ライター)
環境のためにも家計のためにも、今ある家電製品を上手に使って少しでも節電に励みたい。
まずは、使用時間と回数の削減から。意外と消費電力の大きいドライヤーはシャンプー後の
タオルドライをしっかりしてから使おう。
節電ネットによれば、消費電力1200㍗のドライヤーを5分短く使うと年間約800円
の節電ができる。洗濯回数を減らすため、バスタオルをやめてフェイスタオルで体をふいたり、
入浴ついでに小物を手洗いしてもいい。掃除も、ほうきを使えば掃除機の出番を減らすことができる。
使用時の設定を見直すのも効果的だ。
省エネセンターの調べでは、三畳用の電気カーペットの設定温度を強から中にすると年間約4000円、
エアコンの暖房を一度下げると年間約1200円の節約になるという。
また、温水洗浄便座は、使用後にフタを閉め、便座暖房・洗浄水の温度を低めにするだけで
年間約1700円得をする。
電気機器こまめな掃除も欠かせない。一年間、照明器具の傘や蛍光灯を掃除しないでいると
明るさが20%低下、台所など汚れやすい所では40%下がるともいわれている。
ハタキをかける程度でもいいのでこまめな掃除を心がけよう。
節電は誰にでもできる簡単で小さな行動だが、続けることで効果は確実に大きくなる。
ぜひとも習慣にして、省エネモードの暮らしを手に入れよう。設定温度 一度、たかが一度、されど続ければ大きい、ストレスに感じない程度に、
もう少し、気をつけてみようーと思いました。
今日は、亡き母の祥月命日です。
母は、89歳で亡くなりました。父は、69歳で亡くなりました。
父と母は、9歳 年が離れていましたので、父が亡くなってから、39年間 母は一人で過ごした
ことになります。
(女の人の方が一般的にみても) 一人になって残されても、たくましく長生きでした。
一人になったこともあって、私たち母子は仲が特に良かったのだと思います。
昨年、長いこと不仲だった、兄、とも 修復できましたし、母も喜んでいてくれるはず!
この記事を読んで、しばらくぶりに父と母のことを思い出しました。
『父の涙』 西田小夜子(作家)
尚子さんの母が急死した。交通事故である。年老いた両親は、いっしょに横断歩道を渡っていた。
ほんの数歩先にいた父が、急ブレーキの音に驚いて振り向いたとき、母の体は大型車に巻き込まれて
見えなかったという。即死だった。
父は長いこと町の議員などもしていたためお客の多い家で、尚子さんは忙しそうに台所で働く
母の姿しか思い浮かばない。八十で亡くなった母の葬儀には、大勢の参列者があった。
父は82歳の体を小さく丸め、何度も何度も尚子さんたちに泣きながら訴えた。
「あのときおれが手を引いていれば、お母さんは死なないですんだのだ。
手を引いてやればよかった。おれはいつもと同じく、さっさと先に歩いてたんだよ。
いつもいつもそうだった。並んで歩くこともなかったんだ。
母さんは脚が弱ってたのに、わかってたのに、手を引いてやらなかったんだ、おれは」
お父さん、お父さん、仕方なかったのよ。自分を責めないで。
悪いのは車の方なんですもの・・・。尚子さんは父をなぐさめる。
母の好きな花ばかりで祭壇が埋めつくされていた。やさしく眠っているような母を花が取り囲む。
棺にすがって父は号泣した。
「何で、何で先に逝っちゃったんだ。もうケンカできないじゃないか!」
父の声がほとばしり、会場の空気がいっとき流れを止める。ケンカできないじゃないかという
82歳の男の言葉に、30代、40代も60代の夫婦も声をあげて泣いた。胸がいっぱいになり、涙が溢れました。
天国の私の父と母は、幸せに暮らしているかしら? 仲良くケンカしていれば良いけれど・・・
と ふっと思いました。
この寒さに、体が慣れてきたのでしょうか? だんだん、身震いがしなくなりました。
が、毎日、雨が降らないので、カラカラと空気が乾ききって…
この低湿が、私の目に、良くありません。
右目は、4年前に白内障のため(まだ、50代なんですが、超近視と乱視なので、白内障になり、
コンタクトレンズで、矯正が出来なくなって眼鏡屋さんで言われ、目医者に行ってわかりました)
眼内レンズと左目の自前の目では、見え方、色の具合が違うのです。
そして、何より、眼内レンズにコンタクトレンズを重ねると(手術して目医者が、私は遠くが見えたいと、
希望したのに、0.3しか見えないレンズだった…ので、結局運転したり、普段でも見えにくいため、コンタクト
をしないとダメ)ドライアイがよけいにドライになって、外出先で目がシバシバ、チカチカ…挙句の果ては、
痛くてコンタクトを入れてられない! 入れないと、外も歩けない!
だから、2ヶ月に一回は目医者に行ってドライアイの点眼薬をもらってくる。
これが、一つ目の違和感。
二つ目の違和感は、入れ歯。
つい、家にいる時に、はずしていたら… きつく、痛く、感じるようになった!
それでなくても、歯並びがだんだん悪くなり、前に前にと狭くなって、前歯が糸切り歯に押されて、
前にせり出してしまったー。
せり出してしまったから、と、歯医者さんに言ったら、矯正のしようがないと。
もう、おばちゃんだから、あきらめるしかない! のか。 みたい。
三つ目の違和感は、術足(悪い方の足)。
レントゲン上、左右の股間節の狭さは同じくらいなのに… 右脚は、なんともない。痛みもない。制限もない。
でも、整形外科医は、両足とも変形性股関節症、と言う。
左脚は、いつも痛い→時々痛い→たまに痛い→痛みを忘れる→違和感→なんともない
このように、銀サロに行き施術をしてもらうようになってから、変化しました。
今は、違和感 と なんともない をいったりきたり。
先月の施術のときに、銀サロの松本先生とこの「脚の違和感」について、話しました。
先生には、言葉をつくして説明しましたが、わかられなかった。
この三つの違和感。やっぱり、患者にしか、わからない、ことってあるよねー と思いました。
寒さで、足の痛みが出やすくなっています。頑張ってケアしましょう!
『変形性股関節症に負けないでね』
メガロス スポーツクラブのパーソナルトレーナー 阿部佳之氏が 以下のブログで
股関節の講習会への参加を募集しておりました。
私も きららの相棒と参加します。 もう、申し込みを済ませました。
よろしかったら、のぞいてみて下さい!
ご一緒にがんばりましょう!
http://blogs.yahoo.co.jp/hpj_trainer/7383570.html
風邪、インフルエンザが流行りだしたと、テレビでいってました。
私の周りでは、まだ大丈夫。 叔母がとりあえず・・・風邪をひいていないので、調子はよくないが、
いまのところよし、だろう。この調子で風邪をひかないように、体力を維持してもらいたい、と祈る気持ちだ。
今年は、花粉が通年の5倍、10倍なんて・・・予想されているようで、それも花粉症持ちの私としては
頭が痛い。
歳を重ねると、健康が一番と何にもまして、関心が高まります。
今日は、「がんばらない健康法」と嬉しい記事がありました。ご紹介します。
寒天レシピでおいしく元気!
『がんばらない健康法』 鎌田 實(諏訪中央病院名誉院長)
地域医療に尽力し、かつて脳卒中による死者が多かった長野県を長寿県にした立役者・鎌田實さん。
持論の「がんばらない健康法」とは、どんなものなのか、お話を伺った。
「僕が考案したのは、『7悪3善1コウモリの法則』です。
ここ数十年、日本の死因は1位がガン、2位心疾患、3位脳血管疾患です。ガンはまだ確実な予防法が
見つかっていませんが、2、3位は血管の老化に関する病気。つまり、血管を若く元気に保つことが重要
なんです」
鎌田さんがすすめるのが、血管を老化させる『7悪退治(高血圧、肥満、ストレス、脂質異常症、たばこ、
糖尿病、痛風)』と血管を若返らせる『3善の実践(ニコニコ、運動、食物繊維)』、そして、アルコールは
悪にも善にもなる『1コウモリ』と心得る生活で万病を防ぐ方法だ。なかでも血管を若返らせる食材として
注目なのが寒天だ。
「寒天が地域の特産品だったことから、健康づくり運動に取り入れようと調べてみると、1g当たりの
食物繊維がどの野菜より多く、繊維の王様だということがわかりました」
食物繊維の利点は、血糖値の上昇・下降をゆるやかにすること。また、寒天は胃や腸で吸収されない
性質があるため、腹持ちもヨク、ダイエットにつながる。さらに腸内の余分な脂肪を吸着して便とともに
出す効果も期待できる。
「我慢してダイエットするより、適度に食べて幸せホルモンを分泌させた方が、結果として人間は長生き
できるんです。美味しいものを食べ、ちょっと食べ過ぎたと思ったら、寒天を利用する。
寒天は『がんばらない健康法』の最高の味方ですよ」
☆豆乳寒天
①鍋に豆乳(1.5カップ)と粉寒天(2g)を入れて中火で混ぜ、ひと煮立ちさせたら弱火に。1分ほどよく混ぜて
煮溶かす。
②火から下ろしてあら熱をとり、型に入れて冷蔵庫で固める。
③黒蜜ときなこ、しょうゆとしょうがなどをかける。
★寒天のキムチあえ
①棒寒天(1本)をたっぷりの水に20分以上つけて戻し、水気をしっかり絞って一口大にちぎる。
②にら(1/2束)をざく切りにし、ボウルに入れて、軽く絞った白菜キムチ(100gほど)とゴマ、棒寒天を
さっと和える。
※クセのない寒天は、様々な食材と組み合わせが可能。トマトや無塩トマトジュースを寒天で固めた
「トマト寒天」、だし汁と合わせた「煮こごり風寒天」、「コーヒー寒天」などもおすすめ。お料理ベタな私にも簡単。豆乳寒天なら、できそう。今年は、色々な事に挑戦?してみようか、
なんて、ちょっと思ってます。いままでしなかったことをやってみようー。かな?。。
叔母の認知症が進んだかも知れない。このところ、ご飯を食べたかわからない…と言う回数が
増えた。今朝も、朝ごはんが一口しか食べられず…後で食べてね。と言って私は、風邪気味なので
ベッドで休んでいた。
昼時にご飯はどうする? と聞いたら、さっきの答え。 他にも何回かあった。
医療マッサージの先生(週に2回受けている)と何気ない会話では、昔の話ばかり、何気に聞いていて
ずりおちたー! 「私の親が田舎に生きているから…しばらく帰っていないけど」
新潟のおばあちゃんは、35年前に亡くなっている! あーあーあー! こまったー!
私の老後は、ピンピンコロリ(死ぬまで、ピンピンして元気で、コロリって死ぬ)を目標にしています。
100歳までは、自分の足でしっかり歩く。これも目標。
私の目標の100歳の方の記事です。
『レンズ越しに見た「百歳王」』
おの・しょういち(写真家、現在東京23区の「百歳王」の撮影プロジェクトを展開中)
「同じ百歳でも撮影を始めた1990年代初めと、今では全然違う。今の百歳はあまりにも普通なんです」
小野さんの百歳行脚のきっかけは、90年に訪れて鹿児島県の屋久島での縄文杉との出会い。荘厳な
巨樹のように、人間の中で多くの日の光を浴びている百歳に会いたくなった。以後、向き合った百歳は
200人を超える。
「昔は威厳のある長老という感じで、遠い存在だった」と重ねてきた人生を背後に感じたという。
「今は自然に百歳になった感じで、『若い百歳』。僕も健康でいたらなれると、目標にできる」
厚生労働省調査では、100歳以上の高齢者は91年に約3600だった。98年に一万人を超え、今年は
約四万四千四百人。確かに‘普通の存在'になりつつある。
いるはずの高齢者が所在不明だったり、すでに死亡していた「消えた高齢者問題」が明らかになった。
小野さんは「最初は、歳を取ることに負の印象が強くなるから、まずいなあ」と感じた。
一方で「百歳を超えるお年寄りが多くいて、普通に暮らしていることも知られるようになった」とも話す。
今の百歳の高齢者はどんな実像だろうか。「社交的で、家族だけでなく、外部とのチャンネルをいくつか
持ち交流している。そして、何より笑顔」と指摘する。取材したある男性は常に笑顔。以前は家族の前でも
笑うことの少ない頑固親父だった。変わった理由を聞くと「笑っていないと損だと思った」。
人と会うことで服装や化粧に気を使い、張り合いが出る。日々周囲から話し掛けられ、必要とされていると
感じることで笑みが浮かぶ。笑顔だから、周囲の人も話し掛けやすい。「相乗効果でどんどん笑顔が増えて、
本人も家族も楽になる」家族は、ひ孫と同居する四世代家族もあるが、多くは核家族。先に亡くなった実子
の配偶者と暮らすケースも。
撮影には必ず家族に立ち会ってもらうが、「家族のボス(百歳の高齢化)の性格からなのか、血縁関係に
かかわらず家族内や社会との関係が、おおらかで開かれていてさっぱりしている」
戦争など激動の時代を生きた世代。「気に病んでいると生きてこられなかったはず」。受け流すしなやかさ
も感じた。好奇心旺盛で、夢や目標を持ち続けている。小野さんはシニア世代にこうエールを送る。
「リタイアした60代にも、もう一回会社で過ごすぐらいの時間がある。その時間を幸せと思うか、
そう思わないで過ごすかは、ほんのちょっとした心持ち次第だと思う」好奇心旺盛、夢や目標を持ち続ける。ほんとうそうだ。
がんばりたい! がんばらなくっちゃ! がんばろうー!