変形性股関節症に負けない『心と身体』を目指して -運動指導士 彦坂惠子-

踊りが命と舞台と指導に明け暮れていた私が突然変形性股関節症と言われ、手術をし引退したが現在運動指導士として活躍中

インソールの調整へ

2011-10-30 14:00:14 | 私の身体

 今週は、忙しくあっちこっちへと外出し歩きましたので、暫くぶりの筋肉痛が足に
 出ました。年のせいか…筋肉痛が暫くして出るようになったのか?
 (若い人は、すぐに筋肉痛が出る。歳を取ると直ぐに筋肉痛は出ないと一般的に
 言われている)前は、直ぐに出たのに…
 25日に一万歩以上(昭和記念公園を散策して)歩き、その日も次の日も何とも
 なかったのに…

 でも、よく考えると…
 28日(金曜日)に、入谷先生の(有)足と歩きの研究所へ行き、
 
(8月に作成した)足底板の調整を見ていただきました(2ヶ月後に再度の調整を、と
 前から決まっていたため)


 ※(有)足と歩きの研究所 〒225-0015
   横浜市青葉区荏田北1-6-1 江田パークサイドマンション1-A
   電話 045-910-3484

 
 入谷先生
 「これでしっかり両脚のバランスが揃いましたね! また半年後に調整
 しましょう。6ヶ月でバランスが変わるからね…」

 へぇーそうなんだ。そして、

 私は、同じ病気の脚長差のある方のインソールのことをお尋ねしました。
 すると先生は
 「底が深い靴が良いでしょう。でも、(僕のインソールは)足の長さを合わせる事が
 目的ではなくではなく、体重が両脚へ均等にバランスをかけるために…しっかりと
 骨頭の股関節に荷重がかかるように…そして歩き易すくする目的のためのものだから…」
 と。

 そうか、私、ふっと思い出しました。 
 昨年の銀座サロンの院長松本正彦先生講師の“きらら”講演会でのことです。
 体重計を左右に2台置き、その上に乗ります。そして、左右の体重計の計測で
 その方の左右の足への荷重の配分が分かります。

 例えば、私、体重45㌔→右足の方、23㌔  左足の方→22㌔というふうに
 誤差が少ない場合はあまり問題もなく(足の太さとか筋力とか)大丈夫ですが…

 例えば、左右差が右→27㌔ 左→18㌔というように 6割、4割と…の場合は、
 しっかり悪い足に体重が荷重できないということなので…。
 

 もう一つ、松本先生が入谷インソールで
 「バランスが変わるから、足に痛みが出た人(松本先生の患者さんの同病者)も
 いるから、注意して」と前の施術の時に、たしか言われたなぁー。。。

 その時は、またへぇー、、、くらいなものでしたが、
 インソールを下記のように補正しました。

           

 先生が、私の歩行を見ながら…何度も歩き(10㍍を10回位)補正して、
 最後は、力強く、足に体重が乗りました。
 痛みも出ず…しっかりと、一歩ずつ、力が足に入るのが自分でわかります。

 そして、‘きらら'の相棒を車で拾って、きららのみかんさん(片脚は3年前に、
 この19日に反対の足も人工置き換えをされたので)の所へ(病院へ)お見舞いへ。
 みかんさんのお話は、また後日に書かせていただきます。

 

 そして、夕方家に戻ると…
 足が筋肉痛に…

 しっかりと体重が(股関節に)かけられるようになったから、股関節周りの
 ふだん使いこなせていない? 筋肉が使えたからなのか?
 分かりませんが…

 この筋肉痛は、痛みの痛ではなく、筋肉が強くなっている痛だと思う。思える。
 
 でも、確かに体のバランスに変化が起こっているのは確か!!
 今までは、体のほかの部分で代償行為して、歩いていたのかもしれない??

 この代償行為が曲者なのだ。
 


      『変形性股関節症に負けないでね!』

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同級生

2011-10-29 16:18:15 | 私自身のこと

 今週は、とても忙しく…毎日のようにあっちこっちと出て歩いていたら…
 さすがに今日は疲れて、買い物だけで、他にはどこへも行く気にはなりませんでした。
 私の大好きな10月はもう直ぐ終わってしまいます。
 秋晴れの晴天に今日も恵まれ…
 暑くもなく…寒くもない… すがすがしいお天気です。

 27日の木曜日は、随分前にこのブログでも書きましたが、高校1年生の時の
 同級生3人(一人の方は隣のクラスだった)と川崎の〇〇〇〇ホストで会いました。

 当初、秋田から相模原にいる彼女(旦那様が亡くなり、子供たちも独立し関東にいるので、
 一人身の彼女が兄弟5人の中から手を上げて…実母の介護(介護5、ほとんど意識がない)
 を実家で引き受けているので…)の家で集まることになっていました。
 が、田舎なので、橋本の駅から一時間に一本のバスしかなく、彼女が車で駅に迎えにきて
 暮れる、となっていました。
 でも、他の二人は時間に追われることがないようですが、私は叔母のことがあるので…
 帰りの時間に制約があり、折角盛り上がっているのに…
 先に帰るから…彼女に駅まで送って…って言うのが申し訳なく…

 「自分の車で行くから…」というと時間が2時間以上(片道)かかるから、みなさんと
 相談して、川崎へ行くことにしたから、と。お母様もヘルパーさんに頼んだから、
 大丈夫だと、言う。

 忍びなかったが、ここは、みなさんのご親切に甘えました。

 〇〇〇〇ホストへ5分前に車で到着。
 顔が分からなかったら…どうしよう? 入り口付近にはいない。
 電話をする(携帯電話のなんと便利なことか。なかった時は店員さんに呼び出して
 もらわないと、いけないのだから)
 すぐにお互い分かった!!!

 42年ぶりの再会です!
 シワが増えて、白髪があったなぁー でも、懐かしい気持ちの方が強い。
 見た目年齢と実年齢の話(大阪地検特捜に捕まった国家公務員の〇〇さんと
 私たちは、同い年だそうで、えらく彼女が新聞の写真でご年配に見えたから…
 ショックだった)とか、高校生の時に誰々ちゃんはなんかした、とか、他愛のない
 話で大笑い!


 「シム(私のこと、旧姓志村だから)が、体育祭で私の代わりに100㍍を2回も
 代わってくれた!! 本当にありがとう! 今日は私が奢るから」
 って橋本の彼女がまたまた感謝の言葉で私を称えてくれます。

 私は、走ることが大好きでした!
 私は、体育祭の時、100㍍×5回 は、走ったのね!
 凄いタフ!  だったんだ一、足も速かったから。。

 盛り上がる、笑う、話まくる、延々と。
 気が付けば、11時20分に着いて、15時だった。みんな、まだ帰りそうにない。
 〇〇〇〇ホストさん、ごめんなさい、おばさんたちは、すごいです。
 普通、2時間で出されそうになるのに…
 3時間半経ってもまだねばる。 ドリンクバーのおかげだけれど…

 さすがに、叔母がデイから帰ってくるので私は慌てて…
 電話情報交換をして、帰る事にしました。

 叔母の薬の処方箋を薬局で出していると、今別れた友達から、ショートメールが。
 「私の免許書が駐車場に落ちていたそうで、取りにおいで」と。
 あーーーー その時、すでに、16時。
 叔母のお迎えは主人に頼みました。私は再び、〇〇〇〇ホストへ。
 まだ、彼女たちはねばっていました。5時間もいるー。
 負けました。

 橋本の彼女は、介護5のお母様、おとなしく寝ていて意識もないし、ドレーンだから
 おむつ交換もないし、食事はおかゆに色々と栄養素を入れて、作ってきたし、
 ヘルパーさんは、午前に一回、午後に一回と頼んであるから、大丈夫、って。
 すごい、なかなかできるもんじゃない。介護2の叔母のお世話でもひいこら
 言っているのに…

 他の二人もパワーがある。負けた! 普通のおばさんパワーはすごい。
 3人とも病気はしていなかった。

 そこで、思い出したのが…中学の時の同級生。
 一緒に旅行に行って8万円の服(ブランド品)が「これ8万だったのよ、パジャマに
 持ってきたー」と言った人とは縁を切った。
 彼女は、普通じゃなかったのねー。。。。。
 早く別れて正解。だった。


 再会を約束して免許書を貰い、ささくさと家に戻りました。

 高校のこの同級生たちとは、これから長いお付き合いができそうです!!

 

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昭和記念公園

2011-10-26 12:16:29 | 歩行

 昨日は、秋晴れの中(なぜか夏のように暑かった…)きららの相棒と秋の遠足へ
 東京都立川市の「国営昭和記念公園」へ繰り出しました。
 相棒の「コスモスが見たい!」という声に引きずられ…
 私のバラが見たい…は、却下されたのをちらっと不満に思いながら…

 行きました。私の車で。
 遠かったー、25日の5とう日ということもあってか…
 我が家から相棒宅まで一時間、そこからさらに立川まで1
時間45分もかかってしまった…
 私は、じつに2時間45分もトイレにも行かず、飲まず食わずで一人で運転していた。
 疲れたー

  でも、そんな私を癒してくれた。始めてきた、昭和記念公園。
 先日、テレビをなにげにかけたら…お正月の箱根駅伝の予選会が、この公園で
 やっていて、なんて広い公園なの…と思っていましたが…

 入り口近くの銀杏並木
                 
  銀杏が所々落ちていて、臭かった! 黄色く色付いたら、もっとステキでしょうに。
  まずは、腹ごしらえ、と水分補給。

   園内は、広いので、パークトレインに乗りました。

                   
  トレインの走りながらの撮影なので、あまりよく撮れませんでした。
  コスモスの丘のピンク系は、見ごろは先週だったそうで、だいぶ枯れていました。

  園内のコスモスは400万本都内最大とうたっていますので、他に2ヶ所、計3ヶ所
  咲いています。
  黄色のコスモスが今が見ごろというで、トレインをそこで降りました。

      

    とっても、可憐でかわいいです。
    間に小道があり、近くで見ることが出来ます。

   そして、コーヒータイム。相棒はつかさず、ソフトクリームを食べてます。
   そこから、約30分、景色を堪能して、でも実は、気持ちは焦って…
   というのが…
   焦りながら、の歩行は、でも足のために速くは歩かず、最後の坂は二人とも
   「足にきたー、ね、」って。笑いながら、二人で歩くことを楽しみました。
   夏のように暑く、汗をかきかき~~
   遠足は、なかなか大変、でも、楽しかった!!

   この日は、叔母がデイへ行きまして、お帰りの時間が迫っていました…
  だから、12時に園内に入って、3時前にはもう出る、という、あまりゆっくりも出来ず。。
   (前もって、叔母の施設の方へ家の鍵を預けて置きました。預けてよかった。
   やっぱり間に合わず、40分も叔母を一人にしました。が、ちゃんとお茶を飲んで
   待っていてくれました!  良かった!)


 国営なので、障がい者手帳をお持ちの方は、入園料無料、駐車料金も無料。
 ぜひ、お近くの方(で痛みがなかったら)はコスモス祭り、11月3日までやっております。
 お出掛け下さい!
    

  みなさん、秋を楽しみましょう~~~~~~

  

 

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「もったいない」を忘れるうちに…

2011-10-23 12:37:30 | Weblog

  断捨離が一時、ブームになりました。
 私は、片付けられないわけではないので…断捨離にはあまり興味もなく…
 ただ、物にあふれている空間は、快適ではない、くらいの感覚でいます。

 だから、家の中で必要なものと考えられる家具だけを置いています。
 問題は、クローゼットの中、押入れの中です。
 時々、整理して捨てないと…溜まるばかりです。

 でも、「もったいない」ので、まだ着れるし(体型が変わらないので)、
 25~30年前の毛皮のコートと値段の張ったコート、着物、帯、ワンピース
 スーツ、バッグ、パンタロン、スカートなどなど…

 捨てられません!!

 毎年、捨てようか? どうしようか? と悩みますが… 捨てられません。


 今日は、新聞の見出しで読み始めましたが、とても共感を覚えましたので、
 ご紹介します。


         「もったいない」を忘れるうちに…
                           てるおか・いつこ(埼玉大名誉教授)

 まだ余白のページが残っているのに、新しいノートを使い出す私を見て、母はよく
 「もったいない使い方をして」と言った。ご飯を残すと今度は祖母に「お米は暑い夏に
 お百姓さんが88回も手入れをして、汗を流して作ったのですよ。もったいないことを
 するとバチが当たります」と言われた。

 もったいない…その言葉を聞かなくなって、もうどのくらいたつのだろう。
 日本の社会から消え去ったその言葉を、私たちは外国人のマータイさんから聞くことに
 なる。9月に亡くなったケニアの環境活動家、ワンガリ・マータイさんは、来日時に
 「もったいない」という日本語に感動し、世界に広めた。
 大量生産、大量消費になれきった私たちの生活は、百円ショップが現れてから、
 いよいよ使い捨て中毒に浸る生活になった。
 傘もスリッパもボールペンも作業手袋も、使い捨てが当たり前で、ただでもらえるポリ袋
 や紙袋はどこからか降ってくるような感覚で使っている。節約は悪徳、消費は美徳。
 福島の原発の悲劇は私たちに「それでいいの?」と思い問いを投げかけている。
 じゃぶじゃぶと電気を使っているうちに、振り向けば54基の原発が日本列島に林立して
 いたのだ。

 辞書によれば、勿体、とは「物の本体」であり、もったいない、とは「そのものの値打ちが
 十分に発揮されずに終わるのが惜しい」という意味だという。
 そのものの価値が十分すぎるほど発揮され、30年あまりも家族の一員として働いて
 くれた我が家自慢の棕櫚箒(しゅろぼうき)がある。何十年か前、結婚して新居を持った
 とき、当時夫の月給の十分の一を超える値段の棕櫚箒を三越の家庭用品売り場で
 買った。すでに出始めていた電気掃除機よりも高かったから、義母は「まあ、そんなに高い
 箒を」と眉をひそめた。

 だからその箒は、必要とあらば一瞬のうちに姿を現し、各部屋のコンセントにコードを
 つなぎ換える必要も、騒音を立てることもなく、机の下も椅子の下も家具のすき間も
 あらゆるところをあっという間に駆け巡ってきれいにしてくれるのだった。
 綿ぼこりがあれば、祖母のしたように湿ったお茶がらをまくと、しっとりと床は掃き清めら
 れた。30年あまりの間に掃除機のほうはあっちこっち故障して3度も代替わりしたが、
 箒は故障などまったく無縁で、棕櫚の毛が擦り切れてほとんど無くなり、あわれな老犬の
 禿げ肌のようになってはじめて、二代目の箒を探すことになった。しかし世の中は変わり、
 棕櫚箒を売っている所はどこにもない。

 ようやく探し出してくれた棕櫚箒を我が家に届けに来た箒売りのおじさんは、初代の箒を
 見た途端「ああ、これは難波さんが作った箒だ」と驚きの声を上げた。
 難波さんとは、蚕糸試験場のそばにいた箒作りの名人だったという。
 私たちは30年あまりも一緒に暮らした働きものの棕櫚箒に、家族同様の愛着と尊敬を
 抱いていたが、それは作り手に対する感情であったかもしれない。

 際限なく電気を使わせたい電器メーカーと電力会社と、便利と安楽志向の私たちは、
 どこで、どのように電気が作られているのか気にもせず、もったいないことも忘れている
 うちに、人間さえも使い捨てにする社会を招いてしまったのではないか。
 失業した人や非正規のフリーターの人たちは、生まれて20年余りを親と社会が育て上げ
 学費だけでも一千万から二千万を費やして社会人になった。
 能力が発揮できる仕事と賃金さえ与えられたら、彼らは結婚して子どもを持ち、本当に
 必要な家や日用品を買い、内需を盛んにし、頼りになる働き手として社会に貢献する
 人生の喜びを持てたにちがいない。
 
 何百万人の「もったいない人生」を使い捨てする政治と財界に、それこそ私は
 「もったいないじゃない?」と叫び声をあげたい。


 そうだ、そうだ!!「もったいないじゃないかーーーーー」

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気が付けば…

2011-10-19 14:31:20 | 日常生活

 秋が深まりました!
 肌寒く…厚手の上着がいります。

 寒いと、筋肉がこわばって…ほぐすにも時間がかかり、これからは足に良くない
 季節ですね。
 明日は、股関節サロン‘銀サロ'です。
 私は、足の状態を見るときに筋肉の目安として、都営地下鉄の東銀座駅の60段の
 階段を昇る時にどのような感じか? を私の足の調子の目安としています。
 自分があまり良くないと思えるときも、意外と大丈夫だったり、もあり、
 果たして明日はどんなふうになるやら。

 背中も首も硬くて、こっています。
 松本先生は、その肩こり、首こりと同じで…
 股関節も股関節こり、お尻もお尻こり、と考えるように…と言われています。

 そう考えると、本当に「股関節痛は怖くない!」と思われます。

 だけど、常に不安が深層心理にありますね。
 死ぬまで、この深層心理の不安はたぶんなくならないでしょう。
 ただ、忘れる、忘れている、で良し、にしないと、と私は今は思っています。

 季節が進み、いつの間にか、来年の手帳・カレンダー・年賀状の用意となりました。
 来年の手帳とカレンダー来年の暦も買いました。
 来年の運勢は、四柱推命で北に入り、天中殺も重なり、絶不調のようです。
 来年は、「無事」でいることが、何よりです、みたいな内容でした。

 そう、「無事」が一番!!
 私は、股関節の手術を2005年4月に受けました。
 手術といっても簡単な(簡単と言っても簡単ではないけれど…)関節唇切除と筋解離。
 お笑いの松本さんが内視鏡でやった手術を整形外科の手術でやり、筋解離とは、
 内転筋、外転筋、屈曲伸展の筋を切りました。

 バレエの現役を続けたくて… だけど、結局…ダメでした。。

 その時に執刀医は、
 「術前の筋肉に戻るのに3年かかります。
 3年の内に病気が進行し、人工股関節へとなる可能性もあります。統計的に
 3年以内の手術をという方が多いですし、3年の次は、5年、5年の次は、10年と
 継続的に注意して下さい」と言われました」

 そして、6年経ちました。
 この分では、今年も手術は回避しました。といっても、私は、二度と手術は
 しない! つもりでおりますが…。

 ある方のブログの交流広場のようなチャットで、
 人工関節の術後、3週間で脱臼し、退院後2ヶ月がにまた、反対の足も人工関節の
 手術をして、またまた3週間後に脱臼した。(50代の女性)が、それでも、人工関節
 置き換え術の手術をして、良かった! あの痛みよりも脱臼は耐えられた、と。
 そして、手術に二の足を踏んでる方に…手術を勧めていました。


 私は、両脚ともに脱臼してもそれでも、手術の方がよし!
 と思えるような痛みにはなったことがない。
 そんなに痛いんだーーーー ってビックリしました!

 痛みをコントロールすることの自己管理、いまさらですが、大事ですね!
 明日は、大切な自己管理の一環。松本先生にしっかりとほぐしてもらおう!


            『変形性股関節症に負けないでね!』

 
 

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煩悶

2011-10-17 14:53:44 | Weblog

 叔母は、デイへ行きました。
 家事もさっさと終了し…晩御飯の買出しも別になく(昨日までの買い置きがあり…)
 やることもなく、一人だと…こんなに時間がたっぷりとあるんだなぁー、
 とあらためて実感しました。

 昨日は、今、名古屋の〇〇教会で奉仕のような生活をしている、主人の姉(60代後半)
 が車を一人で運転して川崎のわが家へ来ました。
 目的は、お墓参り(父母の)を3年していないので…そして、独身だから、行く末の
 ことを弟である主人に話しておきたい、と。
 独身で自分の考えの通りに生きてきた人なので(海外にも留学を何度もしたり
 …外車を何度も乗り換えたり…という風に)
 …独身の方、すみません。別に悪口を言っているわけでも非難しているわけでも
 ありませんので、誤解しないで下さい。
 
 
 自分の考えだけを言い、こちらの反応や意見は求めず、自由にしゃべって、
 主人が作ったヒレカツとてんぷらの昼食を人の2人前食べて、(私が作ったわけではない
 ので文句を言う筋合いはないのですが…)
 3時間しゃべりっぱなしで……… 帰っていった。

 疲れたーーーーーーー。
 姉は、両親の墓に入りたいから…お墓を綺麗に自分がしようと思う、だから、川崎で
 お葬式を出してほしい、と言った。
 だけど… お墓は、実際、これから形態が変わっていくのでは?
 と私は思います。
 私が覚えている30年前からだいぶ変化してきましたが、檀家制度も徐々に
 変化するだろうし、子どもの時代になったら、どうなるか分からないし…
 これからのお墓の意味は? 私も考え中です。 

 まだまだ解決していない、父方の叔父の件もあるので…
 一人身の姉には、きちんとしていてください、とだけは、昨日も言った。


 姉は、相当ストレスが溜まっていたようで、3時間ノンストップでしゃべり続け…
 すっきりした顔で帰って行きました。

 新聞記事にごもっとも!! と思う記事がありましたので、ご紹介します。


                 『煩悶』   飛鳥 圭介(エッセイスト)

 ふしぎなもので、人は人に話をすることによって苦しみや悲しみなどが軽減する
 ことが往々にしてある。そんな悩みの話を聞いて、助言するカウンセラーという
 専門職もある。
 きくところによると、カウンセラーになろうという人は、自分が人生上の諸問題で
 煩悶し苦しんだ経験のある人が多いそうだ。だからこそ、他人の悩みに共感し
 助言をすることができるのかもしれない。

 おじさんもよく相談される。が、助言が乱暴なので、二度と相談されることは無い。
 「ぐだぐだ言ってもしょうがねえだろう」
 「誰でも苦労はある」
 「しっかりしろ」「人はみんな死ぬんだ」などなど。

 こういうおじさん自身が悩みを抱えた場合は、どうするか。
 行きつけの酒場へ行くのだ。酒場のおかみは人生の辛酸をなめつくした人が多い。
 だから、おかみは素人カウンセラーといってもよかろう。
 一人ひとりの客のグチを受け止め、親身になって助言したり励ましたりして、
 心を軽くしてくれるカウンセラーだ。
 
 だから、おじさんたちの酒場通いは単に酒を飲みに行くわけではない。
 心の浄化のためなのです。
 すまんの。


 
 誰かにグチを聞いてもらうと、確かにスッキリする。
    私も変形性股関節症のことをしゃべる時は、べらべらと喋り捲るから…
     姉と同じかも!!? 結局… 人のことは言えませんね。。。。
     危ない…危ない。。

      『変形性股関節症に負けないでね!!』

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私の心は受信機

2011-10-14 16:21:44 | Weblog

 昨日は、‘きらら'体操教室があり、皆さんに私の誕生日祝バースディソングを
 歌っていただきました。
 毎年、必ず歌っていただきますが…
 家族以外の方々に歌っていただくのは…なかなか良いものです。
 笑顔になります。涙が一粒、ぽろっ…って落ちます。
 体操後のランチ会では、全部たくさん食べられました。
 医者の薬が効き、胃痛もしっしんも膀胱炎の痛みも無くなりました。
 きららの先輩(お姉さま達に)方に、
 「ステロイドは少量を短期間使用する分には大丈夫よ。その方が、
 お薬も沢山使わないし、飲まなくてすむのよ!」ってアドバイスされました。
 まったく、その通り! だと思いました。

 今日は、私の愛読誌「高野山教報」からご紹介します。

           『私の心は受信機』~はい、喜んで。私でよかったら~
                                                     服部 徹龍(徳島市 金龍寺副住職)

 私たちは言葉を使って相手に自分の思いを伝え、また相手の考えを聞こうとします。
 いわゆるコミュニケーションをとっています。
 「こんにちは」「今日はいいお天気ですね」
 「はい、やっぱりいいお天気は気持ちがいいですね」といった、耳で聞こえる音としての
 言葉です。そして私たちは日本語ですが世界中にはそれぞれの国の言葉があります。

 では、仏さまは何語でしょうか。仏さまは仏語で話しておられます。宇宙語とでも
 言えば、よくわかるでしょうか。仏さまの言葉は宇宙語、電波のようなもので、聞く側の
 あなた自身がラジオにならなくては聞こえません。
 あなた自身の感性のアンテナを張りめぐらせ、心の受信機で感じるものなのです。
 だから、それを感じることの出来ない人には無いに等しいし、感じることが出来る人
 にとってはすごく楽しい気分にならるのです。

 仏さまは「あまねく照らす」と申しまして、昼も夜も関係なく、いつでもどこでも陰日なた
 なく、生きとし生けるものすべてにお話してくださっています。残念ながら、それを
 感じるのは我々ですから、ちょっと油断してしまうと聞き逃してしまうのです。
 でも有難いことに、仏さまは対機(たいき)説法といって、仏さまのお話の内容は真理
 一つなのですが、相手よって、また機会に応じて適切な説法をしてくださっているのです。

 受け取る私たちの顔一つとっても、同じ人はいない。ましてや心となると、それこそ
 違っています。それでも一人ひとりにわかるように話してくださっているのです。
 だから、それを悟るのは私自身の責任であり、あなた自身の自己責任ということに
 なります。

 初めから完璧な方はいないでしょう。でも幸いにも、この世に人間として肉体を持って
 生まれてきた以上、頑張って生活していかなければなりません。
 いろいろ苦労して人生経験を積み重ねて、次第に立派な人間になっていくということも
 仏教では説いています。
 でも、お大師さまの密教では、仏様は我々人間を絶対的に信頼して下さっているのです。
 だから人間は、もともと仏さまのように完全な人格とそれぞれの特色を持っている、と
 説いておられるのです。

 ところが、私たち日常生活の中で、自らは気付かずに心の赴くままに他の人を批判したり
 争いを起こしたり、あるいは逆に自分の欠点ばかりを気にして悩んだりしています。
 もうそろそろ、生きとし生けるものすべては、仏さまの命を持っているのだということに
 目覚めて、自分自身の本来の姿を見つけ出しましょう。

 私も毎日の生活の中で、例えば檀家さんの法事に行ってお勤めをして、お話をする
 こともあります。すると親戚の中に私の同級生がいたりして、「今の話はよくわから
 なかった。なんのことやねん」と言われたこともります。
 「何?私の話が分からない?これでも一生懸命やっているのに」と、正直言って
 腹が立つこともあります。でも怒ってみても仕方のないこと。
 「ああ、そうか。友だちだからこそストレートに意見してくれるのだ。よく言ってくれた」
 と思えるようになったのは最近です。まさに独りよがりであった自分を反省するわけです。

 いまどき、陰では悪口を言っても、すぐ相手に向って注意してくれる人なんていませんよね。
 でも同業の坊さんの悪口を聞かされるのが一番困ります。返事のしようがない
 でしょう。かくいう私も言われているかもしれませんが、やはり自分の気持ちを本人には
 はっきり言ってくれる友達が、本当の友だちなんだとつくづく感じます。
 
 そこで私の生き方を申しますと、
 「はい、喜んで。私でよかったらさせていただきます」ということです。
 「はい」は言葉の返事です。
 「私でよかったらさせていただきます」は体で行う行為です。
 仏さまの体と、仏さまの心と、仏さまの言葉で、今日一日を仏さまとして
 いい日にしましょう。
 
 
 私は、ある方に、友だちだと思って、はっきりものを言ったら…
 「あなたは何様! 親でも先生でもないのに。私はあなたの子どもではありません!
 口出ししないで!」 と言われたことがあります。そして、絶縁しました。
 難しいですね。
 


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誕生日

2011-10-12 15:18:44 | 私自身のこと

 今日は、私の58回目の誕生日。
 爽やかな一日、おだやかな一日(気候が)になりました。

 10代の大学生の時は、早く一人前になりたくて(稼ぎたくて…)
 歳を早く取りたかった…
 40
歳を過ぎた頃…  
 歳を取ることが… いやだった。
 一つずつ減らしていきたい、気持ちになった…

 今、歳を重ねることが…嫌な気もせず、ただ、普通なこととして考えられる
 ようになった。
 
 昨日、とうとう我慢できなくなり(自分の体調の悪さに…)開業医を受診した。

 2ヶ月前からのしんしんも治らず…あいかわらず、かゆい。
 市販の薬も毎日3回は塗らないと(ステロイドが入っていない)、かゆい。
 体のあっちこっちがかきむしった跡で、かさぶたになっている。
 
 8日から、お小水の後、痛い。どうも膀胱炎のようだ。
 9日~胃が痛くて痛くて、ギューっとずっと痛くて…ベッドから起きれない、
 食べられない、トイレへも行きたくない、くらい痛い、我慢できず、主人に
 ガスターテンを買ってきてもらった。
 飲んで暫くしか、効かなかった。

 3つも症状がかさなり、お手上げ状態。
 微熱もあり、何日寝ても回復しないので…医者に。

 膀胱炎は、薬ですぐに良くなった。
 胃痛は、…まだ痛いが我慢できる痛さ。
 しっしんは、ステロイドの弱い塗り薬なので、かゆみが治まった。
 やっぱり、自然治癒は元気な時には、良いが…体調の悪い時は…
 歳だから…無理があるのかも… と思い、ここまで、我慢してしまったことを
 反省した。

 医者にかかったには、叔母のケアマネの助言もあった。
 「とても元気だった方が、我慢しすぎて‥‥結局医者にかかった時には、
 難病だった」

 私が、元気でいないと、主人・叔母・子どもが悲しむ。
 自分だけは、大丈夫ということはない! と思い直したのでした。


 今日は、お誕生日。
 朝から、きららの関係の方から、バースディメールが届きました。
 バースディソングをきららのうさぎさん(カラオケ自慢の)に受話器の向こうから
 ステキな声で歌ってもらいました。

 とても、凹んでいたので、笑顔になり、癒されて、元気出ました!!
 〇〇さんと〇〇さん、ありがとうございました!

 今日は、テレビで満月です(ただ今年一番小さな)と言っていました。

 明日は、‘きらら'体操教室もあります。
 又、皆さんにバースデイソングを歌って貰い元気を貰います!!

 体が元気でないと、足も調子悪くなります。
 どうぞ、みなさん、ご自愛くださいね。


             『変形性股関節症に負けないでね!』

 


 

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合掌

2011-10-07 18:02:00 | Weblog

 昨日、また息子の彼女が遊びに来ました。
 まだ、続くようで…母は頑張って、昼食をご馳走しました。
 少しずつ、息子が素直になってくれているのがわかり、嬉しい気持ちです。

 衣替えもしなくっちゃ、って思うけれど…
 一気にやる気はないし、雨の日はできないし…
 ずるずると延ばし延ばし…少しずつ、必要に迫られて…やっています。

 昨年の叔母は、ほとんど、ベッドで寝ていました。
 デイサービスも週に1回、行けたり行けなかったり…でした。
 なので、秋冬用のズボンがいくら探しても見当たらず…焦りました。
 天気の良かった日に、叔母と一緒に(車いすで)徒歩、5分のひなびた洋品店へ
 叔母のズボンを買いに行きました。
 ちょうど、丈も直さずにすむものがあり、2本買って来ました。

 今年は、週に2回、デイへやっと行ける様になったので、もう少ししたら、
 近くのヨーカドウーへも行けるかも知れない、ね、行こうね、と約束した。
 幾つになっても、おしゃれをして元気になってもらいたい!


 今日は、私の愛読誌「高野山教報」からご紹介します。

                   『合掌』
                         藪 崇史(福岡県・切幡寺住職)

 近頃は合掌する機会が減ってきたようです。お仏壇のない家庭の子どもに
 いつ手を合わせたかを尋ねると、食事の時に「いただきます」と手を合わせたと
 言います。また食事の時にも手を合わせない子どももいて驚きました。
 核家族が増え、親類付き合いもなく、冠婚葬祭にも顔を出さず、手を合わすこと
 がないのです。

 合掌はインドに端を発した、相手を敬う方法の一つです。もともと恭順の意味で
 敵意がない争う意志がないということから、自我を慎み敬うべき相手に対し
 敬礼する姿でした。
 東洋では最も敬うべき神仏に祈る時はもとより、森羅万象に手を合わせ感謝して
 きました。仏教では右手が仏さまを示し聖なる働きを表し、凡夫衆生を示し自分
 を表します。
 手を合わすことで仏さまと自分が一体になることや、仏さまに帰依する心を示す
 行いとなるのです。また他人に向って行う合掌は仏心を持って相手に深い尊敬
 の念を表しているのです。

 合掌の種類にはさまざまありますが、最も一般的な、手の平をぴったり合わせ
 指をまっすぐに伸ばし、素直でいつわりのない心を表現する「堅実心合掌」や、
 掌をつけず蕾のように手を合わせ、いつか花開く仏心を保っている状態を表現する
 「虚心合掌」、指を少し開き、右親指が上になるように交互に組み合わせ、より強い
 仏さまとの一体感、ゆるぎない心で祈りを表現した「金剛合掌」がよく知られている
 所です。

 こうした祈り、感謝、仏心の表れである合掌の姿が見られない世の中は感謝のない
 世の中だと言えます。感謝のない世の中は満たされない世の中であり、欲望に満ちた
 安らぎのない世界でもあります。安らぎのない世界で私たちは病み、癒されることもなく
 日々生きていくのです。お腹が痛くなったとき直ぐに出来る治療は、痛い患部に手を
 当てることです。これが手当ての始まりです。手の平には不思議な力があると言われ
 ますが、仏さまと一体になる合掌の姿は、傷つきやすい心を仏さまに手当てしていた
 だいているのです。

 合掌の姿が見られないということは、拠り所をなくした状態だと危惧されてなりません。
 冬の寒空の中で道端の石仏に手を合わせてみてください。冷たい風にさらされ指先
 までかじかんできます。しかし、仏さまと一体になった掌はほのかな温もりを保ち
 続けることでしょう。私たちの日々の暮らしも世間の荒波にもまれ、冷たい風にさらされ、
 身も心も冷え切ってしまうこともあるかと思います。
 しかし、仏さまとともにある人生ならば、きっと心に温もりを残すはずです。

 自分を見失わない前に、冷め切ってしまわない前に、合掌の心と姿を取り戻して
 いただきたいと心よりお願い申し上げます。高野山大師教会の大講堂には
 「相互供養、相互礼拝」と掲げられています。
 お互いに拝み合える世の中が仏さまの世界、幸せな世の中であることを示して
 いるのです。
 拝み、拝まれ、癒し、癒される世界を、今のあなかから広げていただきたいと
 お願いします。
 手を合わす心におわす仏さま。


と、ここまで読んで、ギョッとしました。
    筆者の藪 崇史さんは、去る9月15日に急逝されました。…とありました。
    私のブログでも何度も藪さんのお言葉を載せました。と
ても、良いお話ばかりで
    心に残っております。
    ありがとうございました。
    お顔もお歳も存じ上げませんが、心よりご冥福をお祈りいたします。

    命尽きるまで、「今」を一生懸命に生きていきましょう!!
 

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続婚契約

2011-10-05 20:51:27 | Weblog

 今日は、ゴミ捨てへ行く時、玄関を出た途端…思わず「寒い!」と声がでました。
 ひゃーーーー
 一気に1ヶ月、季節を飛ばしてしまったようです。
 買い物から戻ると、太ももが触ると冷たくなっていました…
 これからは、足に影響しますね~
 しっかり、温めないと!!


 昨日、結婚記念日のことを書きました。
 そしたら、今日の新聞で面白い記事がありました。ご紹介します。


               『続婚契約』   西田小夜子(作家)

 夫婦の間で毎年結婚記念日に「結婚契約書」を取りかわす友人がいる。
 一方が解消したいと言えば、別れるしかないのだ。星美さんがその話をすると、
 夫の健三さんは「スリル満点だなあ」と青ざめた。
 「それでね、私も考えたのよ。続婚契約っていうものなの」と星美さんは切り出した。

 「長いこと夫婦やってると緊張感が薄れます。友だちの場合はご主人の浮気が
 原因だったけど、私のは違うの。67歳にもなれば女もくたびれますよ。死ぬまで
 夫を世話するのかと思うと、逃げ出したくなるってみんな言ってるわ。もちろん
 男にも言い分はあるでしょ。そこで、お互いを年に一度査定して、話し合っていい
 方向へ持っていく契約です」

 健三さんはうーんと考え込んだ。妻は家事が好きなんだと思い込んでいた。
 料理も得意だし、健三さんは「おいしい」と誉めるので良い夫だと自信があった。
 男の料理教室に通ったことはあるが、家では作らない。

 だが、男が三度のめし作りから介護まで妻を頼りきれば、ばあさんになるばかりの
 女もつらいだろう。逃げ出したくもなるだろう。
 「その査定ってのは、そまりおれが自分のことは自分でやれるか、一人で生きていける
 男かどうか、ってことだね」

 「私のほうもあなたに甘えて、いい気になってちゃだめなのよ。力仕事や修繕なんかも
 できないとね。病気の時も二人で助け合って、仲良く結婚生活を続けるための契約です」

 「続婚契約でおまえにぞっこん、、なんちゃって」と健三さんは賛成した。



 続婚で…ぞっこん… 駄洒落がやっと分かった。。。
    これを読んでいて、うちの主人は一人でも生活できる…
    食事作りも掃除も洗濯もなんでも出来る!!
    しかし、私は、なんにも(家事に関してですよ)満足に出来ない!!
    甘えてばかりいる、考え方の甘いのは、私だ!!!

    金婚式の前に、怒られないように…せめて、やさしく接しよう。
    危ないあぶない。。

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