”依頼原稿”
よくわらかない名称であるが、多くは、商業誌といわれる医学雑誌の特集だとか、ある分野についての書籍を出版社が出すにあたり、出版社から企画を持込まれた元締めとなる大家が、その道の専門家と思われる人に依頼し(割り振っ)て書かせる原稿のことである。
ほとんどの人は依頼される側であり、依頼する側になることはまず無い。
従って、依頼(された)原稿である。
元締めとなる大家は、その道の大御所であり、いずこかの名門大学の教授であったり、名門病院の院長などの有名医師である。いっぽう、依頼されるのは、だいたい、中堅どころの医者で、玉石混交、その道の明日を担う優秀な若手であったり、教授の弟子筋であったり、弟子ではないが学会でお世話になったことがあるとか、さらには当初依頼された人から頼まれた孫請けのようなこともままある。
いずれにしても、この依頼原稿というもの、頼まれるとなかなか断ることができない代物で、試験対策委員なみの大変さである。
不肖、コロ健もそのような依頼原稿を頼まれることが、まれに、ある。
元来、人様に読んでいただけるようなたいそうな専門知識を充分に持ち合わせているわけでもなく、文章を書くには大変な苦痛と苦悩を伴うこととなる。
そして、時間だけは飛ぶように過ぎ、締め切り日が来る。
先日、締め切り日を過ぎたら、その3日後に某出版社から、「締め切り日までに原稿が届きませんでしたが、大丈夫でしょうか」という、はがきが来た。
出来上がっていたら、とっくに送っている。
この前など、別の原稿の催促で、毎日電話が来たこともあった。
この時はさすがに参って、妻にこぼしたら、
「サザエさんの、伊佐坂先生とノリスケさんの関係よ、あまり気にしなさんな」
と、妙な慰められ方をしたが、当人にとっては気にしないで入られない。
こんなこと、プロの小説家からみれば、チャンチャラおかしいかもしれないが、本来、私の仕事は文章を書くことではないわけで、文章がすらすら出てくるわけがない。
そうはいっても、多少なりとも他人様のお役に立てるかもしれない。そう考えて愚考を並べ立てるのだが、いざ印刷された駄文を読むと、赤面もので、穴があったら入りたくなる。