こんな気持ちでいられたら・・・一病理医の日々と生き方考え方

人生あっという間、私の時間もあと少し。
よりよく生きるにはどうしたらいい?

人材の偏在と空洞化

2018年03月23日 | 日本のこと、世界のこと

今年の大学受験シーズンも終わった。

医学部への進学者数も発表された。例年と同様、灘高から東大理Ⅲに15人、京大医学部に22人、開成から理Ⅲへは10人。びっくりしたのは文Ⅰが多い印象があった筑駒(筑波大学附属駒場高校)で、理Ⅲへ17人も進んでいる。日本のエリート養成学校のトップの学生の多くが医学部に進んでいる。灘の卒業生は220人ほど、筑駒なんて160名余りで、ほぼ1割だ。理Ⅲも京大医も大学教授養成のためのエリート校だから、エリートはそもままエリートになるということで、まあそんなものかと思うが、なんだかなとも思う。というのもエリート医学部以外の医学部も狭き門。優秀な学生の多くが医者を目指している。医者という職業の持つやりがい、可能性というのは、とても大きいし、世のため人のため、日々働いたら働いたぶん、目に見えて誰かが幸せになる。だから、医者を目指す人が多いのは当然だろう。医学部の偏差値はそれなりに高くなるし、医師不足解消のために医学部の定員を増やしたり医学部を新設したりしても、偏差値はいっこうに下がらない。


でも、この状況も行きすぎなんじゃないかと思う。日本のトップクラスの頭脳が医学部に集中したら、そのほかの分野は一体どうなるのだろうかと心配になるのだ。医者になろう、人の役に立とう、なんていう奉仕精神が少なからずある、ある意味善良で、さらに優秀な人が医学部に集中してはもったいないと思うのだ。でも、せっかく財務省に入って局長クラスまでいっても二世三世の政治家に忖度した上、尻拭いまでさせられるのを目の当たりにしたら、出世競争に明け暮れてトップを目指すより、医者の方がよっぽどましと思う学生の気持ちもわかる。

今の日本、幕末の志士たちがしたように”日本をよくする、変えてやる”と思っても、こんな状況では何もできない。最近では、高校を出た後、海外の大学に進学する優秀な学生が増えている。既得権益がはびこり制度疲労の著しい日本にいても将来は暗い。確かに海外に出ていってしまった方が、よほど将来は明るいという事だろう。


日本はこれまでの遺産でなんとかやっていられるし、受け継いできた遺産は莫大なものだ。でも、それを受け継ぐ人材が豊富だったらいいのだけど、少子化という絶望的な現実がある。でも、子育てが資産へのリスク要因である現実があっては、少子化対策も簡単には進まない。

日本という国はずいぶん危うい状況にある。

受験生の皆さん、お疲れ様

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