目が覚め、スマホを開けたらいきなり某雑誌からのGmailが届いていた。”あー、論文査読の催促だ。”とすぐにわかる。おかげで血圧がいきなり上がってしまった。まだ、1度しか読んでいないので、もう少し読み込んでと思っていたのだが、今週が締め切り。気合をいれてさっさとやれということだ。
僭越ながら査読システムというものをご存じない方に説明させていただくと、学術論文(よく知られたのだとNature、Cell、Science)のほとんどは、投稿された論文がその雑誌に掲載するにふさわしいかを”査読者”という雑誌社が選んだその道の専門家に無償で吟味させる。論文1本1本にお金をかけていたら、ボツになる論文の方がよほど多いわけで、とてもじゃないが資金がもたない。そして、当然といえば当然だが、査読者の名前は一切公表されないし、査読したことは査読者の業績にもならない。査読をカウントするシステムがあるが、それで”美味しい”思いをしたことはない。

じゃあなんで、そんな一文の得にもならない査読を血圧を上げてまで引き受けているかといえば、それはもう、しがらみというか・・・、ではなく、科学文化の向上に少しでも寄与しようという心がけからであって、私のような末端医学徒にも参加の余地があるのだと考えてのことだ。日本学術会議だとかに入っているような高名な先生方からみたら、私なんぞなんてことない泡沫学者だが、そんな名もなき査読者によって多くの学術論文は支えられている。自己満足というよりは矜持のようなものだろう。
乾燥注意報が出ているほどの湿度のせいか、肌寒い。また、1週間が始まる。色々あるだろうけど、一つ一つ心を落ち着け、怒らず、焦らず。新学期で大声で談笑する学生が車内に目立つようになった。怒りそうになったら、怒る前に南無阿弥陀仏を7回唱えるようにしてやり過ごそう。まあ、私も昔はそうだったわけだし。
笑顔を作って