こんな気持ちでいられたら・・・一病理医の日々と生き方考え方

人生あっという間、私の時間もあと少し。
よりよく生きるにはどうしたらいい?

筆が進まない

2019年12月17日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
原稿の締め切りが遠くに見えてきた。でも、なかなか筆が進まないでいる。
思い当たる理由は2つある。
一つは、文章は7割ぐらいできているのだけど、途中でどうしても押さえておかなくてはいけない論文が出現してしまったこと。読もう読もうと思っていたところであれやこれやとなって、あっという間にひと月が過ぎた。
もう一つは、症例不足。新しい病院に移って、以前の病院の様に症例が集まってこない。専門性の高い領域だからしかたがないのだけど、こんなことになるとは思っていなかった。難しいものだ。
それでも、締め切りは待ってくれない。なんとか頑張ってみよう。
・・・
クリスマスツリーは先週末お伺いした知人宅のもの。立派で美しかったので、使わせていただいた。

年末年始の予定も考え

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自分で集め、自分で捨てる

2019年12月16日 | 日々思うこと、考えること
フラットコーテッドレトリバーのナイトの世話をしなくなったので、出勤前の散歩の時間が中途半端に空いてしまった。
妻が弁当を作ってくれるのをぼんやり見ていても仕方がないし、急かして塩加減を間違えさせても申し訳ない。そこで、ゴミ捨てを私の家事参加の仕事にすることにした。ナイトがいよいよとなった週に妻がインフルエンザで動かなくなった時からやり始め、そのまま続けている。ゴミ捨てといっても、妻がゴミ袋に詰めてくれたものを出すぐらいではあまり意味がない。家中各部屋を回ってゴミを集めて初めてゴミ捨てと言える。
面白いことに、そうするとわが家の数日の生活がわかるようになった。妻の調子が悪いときにはもちろんやっていたが、スポットではわからず、連続して行ってようやくわかるようになった。

これは、地域、国家、地球レベルでも言えることではなかろうか。私がよく覚えているのは、夢の島が周辺地域の環境を破壊しているという話とか、東京湾のヘドロ。これらの廃棄物問題は、最近でこそ聞かなくなったと思っていたら、核のゴミ問題が出てきた。福島第1原発では封じ込めることもできず、問題は深刻だ。地球温暖化は、温室効果ガスという空気のゴミが引き金となっている可能性が高い。誰も、何をしていいのかわからないまま、地球そのものが破滅に向かいつつある。

今朝も、家中のゴミを集め、膨れて重くなったゴミ袋をゴミステーションに持っていきながら、自分たちだけでこれほどのモノを不要なものとして排出しているのだと実感した。もし、世の中の人だれもが自分の出したゴミの重さを、週に数度でも感じたら、少しはこれらを減らそうと考えるようになるのではないかと思った。

缶びんプラ紙ダンボール

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スマホと電池とノーベル賞

2019年12月15日 | 日々思うこと、考えること
名古屋で会議があり日帰り出張。新幹線の車内で仕事をしようと思って出てきたのだけど、電源コンセントを忘れた。往復足りるか少し心配だったがなんとかもった。
家から名古屋市内の会場まで2時間半、往復5時間は毎日の通勤とさほど変わらない。職場ではもちろん充電するが、うっかり忘れても無事に帰ってくることはできる。

ところで、電池がなんで必要かというと、仕事のことはあるが、ブログの更新やらSNSの閲覧とかに使うためで差し迫った必要は無いとも言える。あまりない。もちろん列車の事故や天変地異があったときには家族、知人との連絡のため必要だから、今日も携帯用の電源だけは持って出てくるべきだった。こういう時は、PCが充電池の役割を果たしている。
リチウム電池の開発はノーベル賞に値する、人間社会を一変させるものだ。でも、電車内で多くの人が覗き込んでいるスマホが、人間社会にどれほど必要だったのかと考えると疑問が湧いてくる。電池の小型化が携帯スマホを進化させたのか、それともその逆かはわからないが、なければないで世の中はそれなりに回っていたのではないだろうか。もちろん、携帯以外に用途は様々で、温暖化対策が期待されるわけで、携帯のためのノーベル賞ではない。

携帯に話を戻すと、情報化社会が進み過ぎたが故に、知らなくてもよかったことも知らされるようになり、いいのか悪いのかよくわからない。もちろん、悪事の類は世に知らしめ、糺す必要があるが、中には判断の難しい事項もある。文明の利器は、文明によって作られるのか、文明を作るのか、よくわからない。医学にしても、どこまで人の命を延ばしていけばいいのだろう。

進歩はどこまで必要か

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ナイトの初七日

2019年12月14日 | ガーデニング・菜園・花・緑
こうやって、悲しみというのは少しずつ減っていくのだろうか。
初七日、四十九日、一周忌。供養を重ね、悲しみを減じていく。


株分けのために水栽培していたゼラニューム(ゼラニウムの挿し木に挑戦、ついでにインパチェンスも。 - 2019年11月5日)から根が出てきていたので、それをいよいよ培養土に移そうと、先週の土曜日、娘を駅まで送ったあと、私は園芸店に向かった。
植木鉢を買ったついでに、ゼラニウムが安く売られていたので、6株買った。
夕食の買い物をしてから帰った。それからナイトと”大富豪同心”を見た。
これが、その6株。ナイトの分身とまでは言えないけれど、この花たちをみたら、ナイトとの最後の日を思い出すかもしれない。大事にしたい。
今日もまた、ナイトへのお花が届いた。お花が届くたび、妻が悲しい気持ちになるが、

後悔しない

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患者さんの人権についてのわたしの思い

2019年12月13日 | 日々思うこと、考えること
先週、12月4日から10日までは世界人権週間だった。医療のあり方などを書いていて、人権について考える時間はあまりなかったので、遅まきながら今日考えてみる。
すべての人には人権があって、それをおろそかにしてはいけない。なぜ、そうしてはいけないかという理由の一つには、それがいつ自分の問題となるかがわからないからだ。いつ、自分の自由が奪われてしまうか、身体が不自由になってしまうかなどということ、誰にもわからない。平和な国で、自分の安全が確保された場所にいる人こそ、他者の人権に思いを致す必要がある。それぞれの問題については長い間深い議論がなされているので門外漢がここで発言するのは控えておく。

そこで医療従事者として、医療現場でのことを少し考えてみたい。患者さんと医師の関係性について考えることは人権に直結することだ。
病人とは全くの弱者で、その人の尊厳は守られなくてはならない。病人の人権というものを、医師はどれほど意識しているだろうか、あまり意識していないのではないだろうか。それはある意味仕方のないことなのかもしれない。医師は患者さんの病気そのものの治療ということしかできない技術者に過ぎない。
重篤な疾患である自分を挟んで、数名の医師が自分を無視して話し合う。そんな情景は医療ドラマを見なくてもすぐに眼に浮かぶ。患者さんは自分について、多くの医師が集まってカンファレンスを開いているなどということはほとんど知らない。ちなみに、私がセットアップしたカンファレンスルームに30人余りの医師があつまって、数名の患者さんについての討論をしたことなんて、当の患者さんも想像はつかないだろう。”御意”などということはないが、ディスカッションを通じて出席者の合意を得て、それを治療に反映させる。患者さんの前では配慮が足りない様に見えても、その様な意味では、医師は重篤度に応じて患者さんに対応し、見えないところで努力している。その上で、患者さんの尊厳に配慮した行動が必要となるが、全ての医師にそれを求めることは困難だ。

それは、頭では知っていても、それを実践することはできないからだ。いや、実践していたとしても、程度の差もある。こうなってしまうときりがない。なかなか難しい問題で、簡単に答えは見つかりそうにない。

人はみんな年老い、病気になる

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カンファレンスルームに模様替え

2019年12月12日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
病理診断科の部屋といえば、診断はまだか、病理診断と臨床所見が合わない、から始まって、学会の準備、論文を手伝って、とか、カンファレンスをいつやろうとか、臨床医がひっきりなしにあれやこれやと頼みに来るというイメージがあった。ところがここの病理は門前雀羅、臨床医の姿は検体を出しに来る以外に見ることはほとんど無かった。ただでさえ一人病理医で寂しいのにこれでは孤独で心身共におかしくなる。さてどうやったらみんなが来てくれるだろうかと考えた。

私の仕事場である病理鏡顕室はやけにだだっ広く、顕微鏡とか診断システムとかバーチャルスライドの装置とかが実験台の上に間延びして並べてあって、その広さが余計に孤独感を際立たせた。人間立って半畳寝て一畳、私には広すぎて却って落ち着かなかない。そこで、赴任してすぐにパーテイションで自分のスペースを囲って診断スペースを作った。
残りの”余った?”スペースをどう使うかだが、私はここを非常勤で来ていた頃から、カンファレンスルームにしたかった。そうすれば少なくともカンファレンスには人が来てくれる。

使用頻度の低い顕微鏡と部門システムを1つの机にまとめた。立会う必要のないバーチャルスライドの取り込み装置も部屋の隅に移動した。少し大きめのモニターが使われないであったので、それを中心としてカンファレンスができる様にした。

ほかにも、さまざまなシステムがあって、すべての情報をモニターに集中させるのは
ひと苦労だと思っていたのだが、技師長さんが骨を折ってくれ、顕微鏡画像システムと、電子カルテと、病理診断部門システムとスタンドアローンのPCを、リモコンひとつで交互にモニターに出せるようにしてくれた。堂々たる病理カンファレンスルームの完成。これなら誰が来ても恥ずかしくない。

外科とか腫瘍科とか、病理診断が治療方針決定の決め手となることの多い科の先生に売り込んだ。そうしたらさっそく病理画像のプレゼンが必要となるカンファレンスがあるのだがどうしよう?とある科から相談された。もちろん二つ返事で引き受け、カンファレンスルームに案内し、ここでやりましょうということになった。人数がやや多めになることが予想されたので、部屋をさらに整理して、病院の会議室から椅子を借りてきて部屋の中に並べた。
カンファレンスの出席者は30人余り。ちょっとした研究会より多いぐらい。残念ながらひと部屋にみんなは収まり切らず、後ろの方の人は開けたドアの外で聞いていただくことになった。ディープフリーザーの音がうるさく、ディスカッションがよく聞こえないとか、立ち見が出てしまったとかはあったが、それぞれの症例については活発で有意義な議論ができた。
なんといっても、マクロミクロの病理画像を提示して行うディスカッションは、臨床医にとっても得るものが大きい。この病院では、これまで病理医がそういう様なことをするのはほとんどなかったらしく、物珍しさもあったのだろう、今日聞かされた評判はよかった。

私の病理医人生最後のご奉公は始まったばかりだが、尻切れとんぼとならない様にやっていきたい。

病理も営業

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マルチーズのコロの様子

2019年12月11日 | 犬との暮らし
フラットコーテッドレトリバーのナイトへの供花がまた増えた。ナイトのために用意したサイドボードの上がいっぱいになりそうだ。ナイトがこんなにも多くの人に愛されていたのだと知ると、とても嬉しくなる。しっぽをぶんぶん回して顔を寄せてきた人なつこかったナイトのことを思い出してくれているのだろう。

ナイトが逝った時、マルチーズのコロもスヌーピーハウスの前にいて僕らの声を聞いていた。
ナイトが腹腔内出血で動けなくなってから、コロは毎朝ナイトのそばにやってくると、ナイトに近づいてちょっと鼻をつけていた。挨拶だったのか、生存確認だったのかはわからないが、コロはナイトのことを気にかけていた。犬が他の犬のことを気にするなんてすごいことだと思った。ナイトもそのことはわかっていたに違いない。
腹ばいになってコロの写真を撮ってみたら、ナイトとコロはこの高さで互いをみていたのだと、気がついた。

コロは13歳で、すっかり老犬の域に入っている。クッシング症候群からは回復したが、心臓弁膜症はそのまま。この一年よくむせるようになったのが心配で、その都度背中をトントンしてやるのだが、あまり上手に叩いてやらないと逆に怒られる。今日、トリミングのついでに受診したら、高血圧がひどいようだ。

いずれにしてもすっかり隠居生活といったところ。ときどき、ベランダに出て、ぐるっと一周する。
それでも、昨晩は食事の用意でセットしておいたタイマーが鳴ったとき、別室にいた私に大きな声で知らせてくれた。ナイトがいなくなった分、まだまだ頑張らなくちゃとでも思ってくれているのだろう。

頼もしい

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ナイトと僕と犬の十戒

2019年12月10日 | 犬との暮らし
ナイトは僕の帰りをいつも待っていてくれた。
いつも、かならず。
僕が帰ると、必ず玄関で待っていて、しっぽを振って出迎えてくれた。

やがて、玄関までこれなくなった。
それからほどなくして、ナイトが僕を置いていってしまった。
ナイトは僕に置いて行かれるたび、こんなに悲しい思いをしていたのだろうか?

犬は飼い主がどこに出かけるのか、帰って来てくれるのか、そして再び頭を撫でてもらえるのか何も知らされず、ただただ待っている。

・・・・・

犬の十戒という言葉がある。以前(犬の散歩 - 2010年2月12日)このことに触れたことがあるのだけど、その中のリンク先が削除されていたので、改めて、ここに載せる。原文は同じだが、日本語訳は少しずつ違っている。僕なりに訳してみた。

The Ten Commandments of Dog Ownership 
(犬を飼うにあたっての10の戒め)

1.My life is likely to last ten to fifteen years. Any separation from you will be painful for me. Remember that before you get along with me.
(ぼくの命はせいぜい10年から15年です。どんな形であっても、あなたと離れるということはとてもつらいことなんです。ぼくを飼うのであれば、そのことを覚えていてください。)

2.Give me time to understand what you want of me.
(あなたがぼくに何を求めているかがわかるまで時間をください。)

3.Place your trust in me- it's crucial to my Well-being.
(ぼくを信じてね、そうしてくれてこそ、ぼくは幸せに生きることができるのです。)

4.Don't be angry at me for long and don't lock me up as punishment. You have your work, your entertainment and your friends. I have only you.
(ぼくのことを叱り続けたり、罰として閉じ込めたりしないでね。あなたは他にやることがあるし、楽しみもあるし、友達もいる。でも、ぼくにはあなたしかいないんです。)

5.Talk to me. Even if I don't understand your words,  I understand your voice when it's speaking to me.(ぼくに話しかけてください。ぼくにあなたの言葉の意味はわからないけど、あなたがぼくにかけてくれた声だということはわかります。)

6.Be aware that however you treat me, I'll never forget it.
(ぼくがあなたにされたこと、ぼくはそれを忘れないからね。)

7.Remember before you hit me that l have teeth that could easily crush the bones of your hand but that I choose not to bite you.
(ぼくにはあなたの手を噛み砕くことのできる歯があるけれど、ぼくはあなたをかんだりしません。ぼくをたたく前にそのことを思い出してください。)

8.Before you scold me for being uncooperative, obstinate, or lazy, ask yourself if something might be bothering me. Perhaps I'm not getting the right food or I've been out in the sun too long or my heart is getting old and weak.
(ぼくが手に負えなくなっていたり、意固地になっていたり、ダラダラしていたりしたら、ぼくが何かで苦しんでいるからじゃないかと、叱る前に考えてください。それは、もしかしたら、エサが合わないのかもしれないし、日よけのないところに出しっぱなしにされているからかもしれない。それとも、もう年をとって弱っているからかもしれません。)

9.Take care of me when I get old ; you, too, will grow old.
(ぼくが年をとっても、世話をしてくださいね。あなただって年を取るのと一緒です。)

10. Go with me on difficult journeys. Never say, "I can't bear to watch it ." or " Let it happen in my absence." Everything is easier for me if you are there. Remember I love you.
(ぼくがつらいときには一緒にいてください。「見てられない。」とか、「いないときに逝ってくれ」などと言わないでください。ぼくはあなたがそこにいてくれさえしたらいつも安心なんです。そして、ぼくがあなたのことを愛しているということ、忘れないで下さい。)

僕はちゃんとやっていたか

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新しい朝、新しい一週間、新しい一年

2019年12月09日 | 日々思うこと、考えること
また一つ歳をとり、そこからの新しい一日が始まった。
見た目は昨日の朝と大して変わらない。
階下に降りて、骨壷の前に置いたナイトの写真におはようと声をかける。

インフルエンザから回復した妻は、今日からまた弁当を作ってくれるようになった。
少しだけ、時間に余裕ができたので、ゴミを集める。
今日は、看病に使ったシートやら何やらが残っていて、いつもの月曜日より出す量は多めだから、出かける前にゴミステーションに一往復した。
ほんのゴミ出しなのだけど、玄関前やアプローチにナイトの面影を追ってしまい、心が動揺する。
ナイトと一緒に頑張った闘病生活を思い出し、心を落ち着ける。

駅のホームには見慣れた人が並んでいる。
あの人、この人はどんな週末を送ったのだろう。
少し眠そうな顔を見るだけではもちろんそんなことうかがい知れない。
少しだけやつれたかもしれないけど、私もそうたいして変わってないだろう。
それぞれの人がそれぞれの時間を過ごしたことは間違いない。
今、生きているということはそういうことだ。

時間は、前に進むだけ。
決して元には戻らない。
たとえ戻ったとしても、それは時間の延長上に出現した過去であり、過去の上に存在する過去を変えることはできない。
この世に存在するものはすべからく時の流れに抗うことはできず、その流れに身を委ねて生きていく。

私の誕生会、4人でいろんなことを話した。
私の抱負を話し、息子と娘の夢を聞いた。
妻は楽しそうにそれを聞いてくれていた。

また一つ歳をとった。
「お父さんのミッションは何?」と子供達に問われ、言いよどんでしまった私はまだまだやらなくてはいけないことがわかっていない。
一部ではすでに、そのことに着手しているのかもしれないけれど、情熱を傾けて行動に移すことができるほどには明確になってはいない。

今がスタートライン

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君のいない散歩道

2019年12月08日 | 犬との暮らし
昨晩、わが家のフラットコーテッドレトリバーのナイトが亡くなったことを、息子と娘に知らせたら、ナイトの名付け親である息子は出先からまっすぐ帰ってきてくれました。娘は・・・12月1日の食事会の後、妻がインフルエンザで寝込んでしまい、それから今日まで看病、家事を頑張ってくれていたのですが・・・親友の舞台があって、ナイトの死に目に会えませんでした。とても気の毒でしたが、致し方ありません。

妻には「ナイトの名前を呼びすぎると、ナイトがパパのことが心配になって天国に行けなくなるわよ。ナイトは楽しいのが好きだったのだからそうしてあげて。」と言われ、笑って送ろうと思いましたが、なかなかうまくいきません。

昨日の1本目の記事(ナイト、まだまだ頑張ってます! - 2019年12月7日)の写真を撮った時もそうだったのですが、昨日のナイトはとてもよく目を開いていて、私の顔を見つめてくれたのです。
”パパ、僕もういくからね。”と今にして思えばそう言っていたのでしょう。
私が娘を送りがてらちょっと買い物に出かけて帰ってきてから亡くなったのですが、私の帰りを待ってくれ、腕の中で亡くなってしまうなんて、感謝以外の何もありません。
・・・
今日は不肖コロ健、56歳の誕生日です。
朝から良く晴れました。

歩けば気持ちが晴れるだろうと、ナイトとのほぼ定番の散歩道を歩きました。ヒンヤリした空気の中を歩くといろいろなことを思い出します。左手にもうナイトを引くリードはありません。涙が込み上げてきますが、こんなおじさんが涙目でうろついていては気持ちが悪い、口元を無理にでも上げ、微笑みながら歩きました。
もちろん、犬の散歩をしている人には”おはようございます”と挨拶しました。
学会前、講演前になるといつも手を合わせていた天神様です。ナイトはいつも横で待っていてくれました。
鎌倉宮まで歩いて、引き返すことが多かったです。紅葉が美しく目にしみます。
これまで、ナイトを連れていたのでできなかったのですが、今日は私一人です、拝殿まで入ってお参りしました。
一言祈願、というお札が1枚だけ残っていたので初穂料を入れ、”ナイトがあの世に行っても楽しく過ごせますように”と書き奉納しました。
パン屋さんで4人分のアップルパイを買ったあと、犬の散歩仲間のお魚屋さんのご主人にも、報告しました。ナイトが倒れてからも何度か訪ねてきてくれたそう。
帰ってきたら、園芸好きでナイトにキュウリをくれていたお向かいの奥さんがいらしたので、これまでのお礼を言いました。

午後一番で焼き場の予約が取れたので、支度をしていたら、近所のラブラドールレトリバーとお母さんがお別れに来てくれました。そのあと、柴犬とその両親もお花を持ってかけつけてくれました。
ナイトは葬儀屋さんが作ってくれたダンボール製の棺に入れてからクルマに乗せ焼き場に向かいました。棺が大きくて、二人しか乗れないのであわててタクシーを探そうとしたら、ありがたいことに柴犬の飼い主さんが乗ってきた車で妻と娘を焼き場まで連れてきてくださりました。

ナイトに、最後のお別れをしたあと、棺が火葬炉に入れられ、”ボッ”という、ボイラーの音が聞こえた時には膝が崩れそうになりましたが、なんとか踏ん張りました。
4人で骨上げし、帰りは4人とナイトと、ナイトが大好きだった海の見えるルートで
で帰りました。
帰ってきたら、玄関前にお花が届いていました。夜になってもご近所の親子さんがお花を持っていらっしゃって下さいました。もちろん、このブログでもナイトはアイドルで、たくさんのコメントをいただいてきました。本当に、皆さんナイトのことを愛してくれてありがとうございました。

昨日今日とあっという間の出来事でしたが、4人で送ることができて本当によかったです。

夜はみんなが私の誕生日を祝ってくれました。娘が作ってくれたカードに、妻と息子もお祝いのコメントを書いてくれました。もちろん、ナイトとコロからのコメント付きです。

たくさんの思い出を胸に

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・・・
”こんな気持ちでいられたら”、の読者の皆様へ。
いつもお読みいただきありがとうございます。
このたびは、ナイトと私たち家族に多くの温かいコメントをいただきありがとうございます。ありがたく拝読させていただき、とても元気が出ました。
去り際までカッコよかったナイトは、私たち家族にとってはもったいない、素晴らしい犬でした。いつまでも心の中で尻尾を振ってついてきてくれると思います。

ナイトが亡くなり、この先ブログを続けていくことができるかとても心配です。
私は私なりに新しい1年をスタートさせ、頑張っていきたいと思っています。
これからも、よろしくお願いいたします。

ありがとう、ナイト

2019年12月07日 | 犬との暮らし
さっき、ナイト、まだまだ頑張ってます。と書きました。
書き終えたら、ちょうどNHKで”大富豪同心”がはじまったので、ナイトを後ろから抱え込んで、体をくっつけ、胸をトントンしながら笑っていたら、ナイトの顔を覗きにきた妻が、ナイトが口に泡をためているのを見つけ、あとは、そのまま逝きました。

妻と私で見送ることができて、よかったです。

苦しそうな息もしないで、寝ているばかりと思っていたのだけど。
毛艶も良いままで、まだ眠っているだけのようです。
フラットコーテッドレトリバーのナイト、9歳。カッコいいナイトのまま逝きました。

餌と水とお花を供えし、お線香をあげました。

たくさん、ありがとう



ナイト、まだまだ頑張ってます!

2019年12月07日 | 犬との暮らし
昨晩忘年会で、帰りが遅くなった。現在、鎌倉駅前は改修工事中で、終電で帰り着いたら、夜中も工事をしていた。ご苦労様です。
午前様で家に帰りついてから、ナイトに点滴。遅くなってごめんねといいながら、1時間ほどで終わらせた。

ナイトはもう二週間近く何も食べていないし、水もあまり飲みたがらない。担当の獣医さんから、”お家で輸液セット”を出してもった。
イヌの血管なんてわかりっこないので、はじめは無理だと思っていたのだけど、ヒトと違って皮下注射で輸液できるそうだ。とのことで、もうこの一週間ほど毎日1リットル(500ml X2)ずつ入れている。時々、水も飲むので、水分補給はなんとかなっている。でも、やっぱり何も食べていないわけで、一体どこに、そんな生命力があるのだろう?
一昨日、往診に来てくださったときに、先生が「ナイちゃんの生きる力はすごいですね。私には(ナイトがどれぐらい生きるのか)まったくわかりません。普通ならもう、とっく(に死んでいるはず)なのに・・・。でも、こうやって、ご家族とのお別れの時間を作って、ナイちゃんは本当にエラいですね。」と涙ぐみながら、妻に話したそうだ。
鼻血も止まって、DICの状態も収まったのではないかと思われる。私としてはクリスマスを一緒に迎えることができるのではないかと、奇跡が起こるのではないかと、本気で思うようになっている。
妻と私と娘で、三交代で添い寝していたが、妻がインフルエンザでたおれ、しばらく離脱していた。それでも、娘がよく頑張ってくれ、なんとか乗り切った。

大丈夫

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Servant leadership・・・書き留めておきたい3つの言葉(3)

2019年12月06日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
書き留めておきたい3つのこととして、これまでに”ともに生きる”、”医師は患者のガイドである”をあげた。最後の1つは”Servant leadership”。

”Servant leadership”
ハンドアウトには、
・”Servant leadership”(と)は力づくで引っ張るのではなく、Missionに向かって自発的に歩み始める人を後押しする(こと)。それは使命感に基づいてなされる高貴な行動であり、組織やチームに目標を達成させる大きな力になる。
・”Servant leadership”はまず相手に奉仕し、その後相手を導くものである。

とあった。さらに、”Leadership”とは、

・戦略的思考(Strategic thinking)
・情緒的理性(Emotional intelligence)
よりなり、
・変革への挑戦で、Mission, Passion, Actionを持つ必要がある。
とのことだ。

管理職向けの研修会だったから、最後はこのようなテーマになったのだろう。
リーダーとは何か。リーダーは部下とか研修医、学生といった若い人が、どうしたら、病院さらには日本の医療のミッションを理解してもらい、それに向かって歩み始めてもらえるように気づかせ、それに向かって歩み始めることを後押ししてやれるかということを考えなくてはいけない。
そのためには、自らが使命を持たなくてはいけない。
自分の使命、すなわちミッションはなにか。ミッションを持たずにいきている人には魅力がなく、誰もついてこない。そして、ミッションを持たないリーダーの元では組織は早晩崩壊する。
そして、自らのミッションの実現のためであれば、相手に対して奉仕することは苦にならないし、むしろ喜びとなるだろう。それが”Servant leadership”。
さらに、Leadershipはそれに引き続いて発揮すべきもので、戦略的かつ情緒的に発揮する。私の周りの優れたリーダーは、よく考えているし、よく思っている。
Mission, Passion, Actionとは、具体的にどういうことかと考えていたら、昨日、中村哲先生の訃報を聞き、まさしく中村先生の生き方はその一つのお手本だった。返す返すも残念なことだ。

私のミッションとはなんだろう?
ミッションとは何かということを、これまでにも何度か考えたことがある(私のミッション - 2010年5月13日)。読み返すと、漠然としていてなんだかよくわからない。
では、10年近く経った今の私はどう考えているか。
今回、私のことを誘ってくれた院長にミッションを提示されたから、私はその考えに共感し、私のことをとても大事にしてくれた教室の仲間に迷惑をかけながら大学病院を辞めてきたのだ。前の大学でも、教授は私にミッションを提示してくれていた。それよりも大きなミッションがあると考えたらからこそ、私は今ここにいる。

院長に提示されたミッションも大きなものだが、かつて暗中模索していた頃に比べたら格段に明確だ。決してスケールが小さくなったのではない。
私はこのミッションを常に意識し、情熱を持って行動したい。

やるべきこと

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医師は患者のガイドである・・・書き留めておきたい3つのこと(2)

2019年12月05日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
書き留めておきたい3つのこととして、昨日は”ともに生きる”について書いた。
2つめは”医師は患者のガイドである”。

”医師は患者のガイドである”
ハンドアウトには、
・病気の治療は山登りのようなものである
・医師は患者の山登りのよきガイドでないといけない
・医師は患者とともに歩まなければならない
・ともに生きるところに癒しがある
と書いてあった。
患者さんと直接接する機会の少ない病理医であるが、それは表面的な問題で、私は患者さんの病気そのものに触れていて、やはり医師の一員と自覚している。
病気を克服するというのは難しいことだ。完治を目指すことのできない疾患は少なくない。がんなど、”とってさえしまえば”という考えは間違っていて、その部分の欠損による機能障害が新たに出現する。患者さんにおこるすべてのことを医師は把握するなど、土台無理な話だ。医師はそのことを自覚し、ベッドに縛り付けて患者さんを支配するようなことがあってはならない。
さらに、医師として患者とともに生きるとして
・患者を大切にする「ともに生きる精神」として、
   患者の気持ち、立場を考える
   医療において、患者の利益を大切にする
   患者の悲しみ、喜びの共有
   治療に最善をつくす
     患者もチームの一員として責任を持ってもらう。
という話もあった。
病気をかかえ、対峙し、生きていくのは患者さんであって、医師ではない。医師の役割は患者さんに生き方の選択肢を提示し、患者さんが希望することが実現できるよう、手助けをすることだ。医師にしかできないこと、というのは診断、治療で、これについては最善を尽くすことはいうまでもない。医療資源の有効利用ということも医師は意識していなくてはいけない。


アフガニスタンで、復興支援のための活動を行なっていた中村晢先生が、銃撃されて亡くなられました。そのご功績に心からの敬意を表するとともに、ご冥福をお祈り申し上げます。

無念

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ともに生きる・・・書き留めておきたい3つの言葉(1)

2019年12月04日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
昨日の研修会での講義の一つに、医療についての話があって、その中に、忘れないように書き留めておきたい言葉があった。こういうことをしてしまうのは、私が付和雷同な人間だから、すぐに影響されて飛びついてしまうからなのかもしれないが、講師の先生も先人から学んだことを私たちに伝えてくれたのだとしたら、むしろその言葉を忘れず、私なりに考えていくことが私の使命ということになる。話の中から私が感銘を受けた言葉を3つ選んだ。
今日は、その1つめ。

”ともに生きる”
ハンドアウトには、
・お互いの生命を大切にし、助け合って生きる
・時にはぶつかることもある
・それを乗り越える情熱を持つ
・さらにより良いものを目指して我慢する
・決して甘いものではない
・一生懸命生きる
・乗り越えた時の喜びは感動を呼ぶ 出会い
・”我と汝”の世界
とあった。
日本語の”生きる”という言葉は、英語の"to live"とは異なり、"to have a life mentally, spiritually, emotionally"という意味であり、英語の”生命を維持している状態(to have a daily physical life)"とは異なり、日本語の”生きる”が日本人のメンタリティーの根幹にあるとのことだった。その延長上にあるのが”ともに生きる”だ。

プライベートでも、仕事でも、人と人がともに生きていくということは大変で険しいことだけど、その険しいことを乗り越えたらそこには喜びがある。生きとし生けるものすべてに共通する普遍的なことでもある。

病気になったらどう考えるか

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