今日届いた新年最初の致知は2月号。
今回のテーマは「一意専心」でしたが、将棋と囲碁の世界で、それぞれ史上最年少で名人位を獲得した、日本将棋連盟会長の谷川浩司さんと囲碁六冠の井山裕太さんの対談が掲載されていました。
互いに若くして頂点を極めた方たち同士として、お互いに共通する高い精神性が読み取れます。
本年最初の致知の記事の紹介です。
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谷「囲碁は将棋と違って世界戦があるわけですが、井山さんはその世界選でも見事に優勝を果たされましたね」
井「子供の頃から世界で勝てる棋士になりたいと思い、それを励みにずっと頑張ってきました。
小学生の時、初めて中国に行かせていただく機会があったんですが、向こうには同世代や下の世代に本当に恐ろしいくらい強い人がたくさんいましたので、その時からずっとあの人たちに負けないように頑張りたいと思い続けていたんです。
おかげさまでプロになり、世界戦に出させていただくようになって五年くらい経つんですけれども、このところ日本は中国や韓国に全く太刀打ちできない状況が続いていて、そこで勝つことの大変さ、難しさというのは非常に感じていました。
それでもなんとか、日本もまだまだやれるところを見せたいと考えて頑張ってきましたから、今回優勝を果たしたことは、個人的にも嬉しかったですけれども、日本の囲碁界にとってもよかったとおもいます」
谷「他の国の棋士と対局することで戸惑いを感じることはありますか。例えば、日本の棋士は囲碁を芸術として捉えている部分がかなりあるのに対して、韓国などは完全に勝負として割り切って臨むといった話を聞いたことがありますけれども」
井「おっしゃる通りだと思います。中国なんかは完全にスポーツとして位置付けています。国の体育局が管轄して頭脳のスポーツとして扱われているんです。
日本的な感覚で言うと、負けるときも美しくとか、棋譜を汚してはならないといったことも重視されますけれども、中国や韓国にはそういう感覚はだいぶ少ないように感じます。
そんなことより、とにかく勝負を優先するというか、常に勝ちに一番近い手を選んで打ってくるというのはありますね。
僕が小学校三年生の時に初めて中国に行って驚いたのは、普通の子供の大会に親もたくさん見に来ていて、自分の子供が負けると手を上げたりするんです。日本ではちょっと見られない光景でしたので、ショックでしたね(笑)」
谷「日本の大会でそういう親をプロ棋士が見たら、叱りつけたくなりますよね(笑)私はよく、将棋の棋士は勝負師と芸術家と研究者の三つの顔を持つことが大切だとお話しするんです。対極というのはお互いがベストの状態で臨み、二人で良い作品を創り上げていく芸術作品であるという側面もあって、それはとても大事なことだと思います」
【負けをどう生かすか】
井「谷川先生は名人になった後、何か気持ちの変化はございましたか」
谷「初めて名人になって翌年は防衛しましたが、その次の年に中原先生に奪取されました。そのときに中学校の時の担任の先生から、『谷川、よかったな』って言われたんです」
井「あぁ、負けてよかったと」
谷「ええ。それしかおっしゃらなかったんですが、私なりにその意味を解釈したのは、この二年間名人という地位に就いたことでいろんな経験をさせてもらったに違いない。それを一度失って、今度は自分の実力で勝ち取りなさいと諭してくださったんだと思うんです。
タイトル初挑戦で名人になって、自分が立場上一番になってしまったんですけど、実力的にはようやくベスト5に入ったかどうかくらいだと思っていましたから、やはりこれからどんどん強くならなければいけないという気持ちでした」
井「自分も運よく名人にはなりましたけれども、やっぱり自分が強くなったとは全然思わなくて、まだまだだなというところがたくさんありました。師匠にも小さい頃から『慢心したらおしまいだ』と結構言われていまして、やっぱりその言葉はすごく意識しました」
谷「…負けをどう生かすかというのは非常に大事ですね」
井「本当にそうですね。負けた時というのは、勝った時よりも自分の足りない部分とか、課題が見えやすいと思いますし、その負けを何とか次に生かせるように心がけています」
谷「将棋も囲碁も、どんなに強い人でも年間に二十局くらいは負けると思うんですね。そして負けた時というのは必ず原因がある。その手が悪かったのか、その手をどうして選んだのか。当然読みを間違えて負けるわけですけれども、そういうミスをもたらす精神面の問題もあるわけで、それらをきちんと分析した上で忘れるというのが一番です。まぁそれがなかなかできないんですけれども(笑)」
井「棋士というのはどなたも負けず嫌いですしね(笑)」
谷「将棋では対局後に大体一時間くらい感想戦をやります。相手と一緒に大局を振り返って意見交換をするわけですが、直後はどうしても局面を冷静に見られないんですね」
井「囲碁でも感想戦をやりますが、辛い負け方をしたときなどは、パスして帰られる方もいらっしゃいます」
谷「そこである程度客観的に対局を振り返ってきちんと気持ちの整理をつけ、覚えておくことと忘れることを整理して次の対局に臨むというのが理想ですね…」
井「やっぱり何が良かったか悪かったかというのを後で振り返ることは凄く大事ですね。僕も原因を自分なりに整理したうえで、次の対局には前の対局のことは引きずらないように心がけています」
【運を無駄遣いする人
運を味方につける人】
谷「運というのも勝負と深くかかわっていると思いますね。私は一人ひとりが持っている運の量っていうのは平等だと思うんです。そして、運が悪い人というのはつまらないところで使っているんじゃないかと思うんです」
井「運の無駄遣いを」
谷「将棋の棋士を見ていると、例えばトップクラスの棋士がやっぱり一番将棋に対する愛情、敬意をもって接していますね。対局前の一礼にしても、羽生さんをはじめとするトップの人ほど深々と礼をするんです。その姿勢は相手が先輩でも後輩でも変わらない。そして対局後に『負けました』と言うのは一番辛いですけれども、それもやっぱり強い人ほどハッキリ言うんですね。
それから、棋士の中には対局開始前ギリギリにやってくる人もいます。さすがにトップ棋士は対局の十分、十五分前にはちゃんと対局室に入るけれども、そういう心掛けのできていない人は、電車が遅れたりしたら大変です。なんとか対局に間に合ったとしても、その人はそこで運を使い果たしていると思うんです。
将棋も囲碁も先を読みますが、どんなに頑張ってもどこか読み切れない部分があります。そういう最後の最後、一番大事なところで運が残っているかどうかというのが非常に大事だと思うんです」
井「とても勉強になるお話です」
谷「ですからどんな対局であっても、与えられた条件で最善を尽くして運を味方につけることが大事です。
対局の持ち時間を残して勝負をあっさり諦めるような人は、やっぱり成績も振るわないし、最後の最後の大事な場面で勝ちを逃すことが多いような気がします」
井「自分の場合は囲碁をずっと好きでやってきたわけですが、そういう気持ちを表現する意味でも、目の前の言って、一局に集中することはもちろん大切にしてきました。対局中だけでなく、普段どれだけ囲碁のことを考え、しっかり向き合っているか、その積み重ねがすごく大事だと思います。
いい時は誰でも頑張れると思うんですけど、大変な時でも変わらずにそういう姿勢を持続するということは大事だと思いますね。そういう意味では、どの世界でもそこで長く活躍されている方というのは凄く尊敬します…」
谷「よく天才とか才能とかいう言葉を使うんですけれども、それは決して一瞬の閃きではなくて、井山さんが今言われたように毎日の積み重ねが自然にできることがやっぱり才能だと思いますね。どんなに酷い負け方をしても、翌朝には盤の前に自然と座れることが大事で、やけ酒を飲んで次の日を無駄にしてしまうような人は、やっぱりだんだん差をつけられていくんでしょうね。
…いまから三十年くらい前でしょうか。もうお亡くなりになった芹澤博文九段からご存命中に言われてすごく印象に残っている言葉があります。
『谷川、おまえは運がいい。そのことをありがたいと思いなさい。運のいいことが当たり前だと思うようになったら、もうその運は逃げてしまうんだ』
私は連盟の仕事をさせていただくようになってこの一、二年生活がガラッと変わりました。もちろん大変な部分もありますが、私が会長を務めながら現役を続けることでそれをまた応援してくださるファンの方もいらっしゃると思います。
ですから、やっぱりいまの自分の立場は凄く恵まれている、それに感謝する気持ちを忘れてはならない、と常々自分に言い聞かせているんです」
井「僕が心掛けていることはそんなにありませんけれども、囲碁の作法では対局前に碁盤を清めるというのがあります。これを僕は普段も、勉強を始める前と終えた後に必ず行うようにしています。いつ頃からそういうことをするようになったのか覚えていないんですけど、やっぱり神聖な碁盤には、自分の心をちゃんと整えたうえで向かわなければならないという願いがあります」
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いかがでしょうか。谷川名人は昭和37年生まれの51歳、そして井山六冠は平成元年生まれの24歳。
若いながらもお二人とも、数多くの対戦を通じて修羅場をくぐり続ける中で、自分自身が慢心しては戦えないという高い境地に至っていることがよくわかります。
世界は違えども、その世界のトップに立ち続ける人たちの人生観、対局感には、深く感銘を受ける言葉がたくさんありました。
心を洗って今年一年を迎えたいと思います。