松も取れて、松飾を納めに北海道神宮まで雪道を歩いてゆきました。
境内には露店も出ていて、ちょっとした賑わい。
古札収納所と書かれた臨時の小屋の中で、古い松飾やお札は分類して治めるようになっていました。
入り口には柳の枝に繭玉をつけた飾りが飾られています。
繭玉はカラフルな色のついた半球状の最中の皮みたいなもので、子供の頃は片方の淵をなめて粘りを出すことでくっつけて飾っていた思い出があります。
昔は親と一緒に家の中に繭玉を飾ったものですが、今ではとんとやらなくなりましたね。
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以前松本に住んでいた時には、こうした古いお札を始め、松飾や縁起物のだるまに書初めの半紙などを旧正月の頃に燃やす「三九郎」という地域行事がありました。
各家では柳の枝に米粉で作った「繭玉」と呼んだ練団子をつけておきます。
本当は正月飾りとして飾っておくのかもしれませんが、我が家では三九郎の時のために柳の枝と米粉を買い求めました。そうして、三九郎の当日にこの枝をもって広場へ出かけます。
お札や松飾が山のように積み上げられたやぐらに火がつけられて炎が上がると、子供たちは家から持参した柳の枝を火にかざして繭玉を焼きます。
三九郎の火で焼いた繭玉を食べると一年風邪をひかず、無病息災で過ごせるといういう縁起物なのです。
私のいた頃には繭玉に煤が付かずしかも上手く焼けるようにと、アルミホイルで包むのが流行っていました。
この三九郎、元々は宮中行事の「左義長」がルーツらしいということになっていますが、「どんど焼き」とも言われるような旧正月の火祭りは全国に点在しています。
そして繭玉と呼ばれる練団子は、柳の枝に多く付けることで実る稲を表し、また養蚕信仰にも繋がっていると言われます。
信州は特に明治期は養蚕で栄えた土地柄でしたから、繭への祈りも格別だったことでしょう。
健康も経済も農作物の育ちも、科学的な研究のおかげで対策がとれるようになり、理解できないものへの祈りの心が薄れてしまったのかもしれません。
せめて松飾をどんど焼きに納めるくらいで許してもらうことにしましょうか。
雪の降る北海道神宮はきれいでした。