尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

ジャファール・パナヒ監督のこと

2011年11月25日 22時43分36秒 |  〃 (世界の映画監督)
 東京フィルメックスという映画祭を今やっていて、その招待作品で「ジャファール・パナヒ、モジタバ・ ミルタマスブ」の二人の名前がクレジットされているイラン映画「これは映画ではない」を見た。「これは映画ではない」というタイトルの映画。でも、映画ではないかと言われるかもしれないが、ここには二つの意味がある。

 ジャファール・パナヒは、2009年のイラン大統領選でムサヴィ候補を支持し反体制派の立場で映像を撮った。そのことで、「反体制の宣伝活動に携わった」などとしてテヘラン革命裁判所から禁錮6年の判決を言い渡され、監督活動や外国への渡航を20年にわたって禁じられたという人物である。その後、保釈され、その間に作られたのがこの映画。従って「映画は撮れない」ので、友人の記録映画監督を招いて自分を撮ってもらう。自分は監督していないので「これは映画ではない」。もう一つ、監督活動や出国と並び、脚本執筆も禁止された。そこで自分が前に書いて映画化が許可されなかったシナリオを読む。「脚本を読むことは禁止されていないと思う。」で、本当は映画化されるべきだったが未だに映像化されていない世界が朗読と自作解説で示されるところを記録する。従って「これは映画ではない。」

 ジャファール・パナヒという監督は、95年に「白い風船」でデビュー。これはカンヌ映画祭新人監督賞。アッバス・キアロスタミが脚本を書いた。2000年の「チャドルと生きる」はヴェネツィア映画祭金獅子賞。日本では2002年に公開され、9.11以後のアフガニスタン戦争との関係で大きな反響を呼んだ。2006年の「オフサイド・ガールズ」はベルリン映画祭審査員グランプリ。つまり三大映画祭制覇という監督なのである。この映画は、イランでは女性がサッカーを見られないということを世界に示した。どうしても見たいと男装してサッカー場に潜り込もうとする女子学生を描いたこの映画は、もちろんイランでは上映禁止である。ちなみになぜサッカー場に女性が入れないかと言うと、「男が汚い言葉で野次を飛ばすような風紀が悪い場所から女性を保護する必要がある」という理由かららしい。それなら男の入場をこそ禁止して、女だけで見れば解決すると思うけど。

 こういう世界的に注目されている映画監督が、撮影した映画の中身のことで(撮影禁止、上映禁止と言った行政処分ではなく)、禁錮刑と言う刑事処分を科されようとしている。ちょっと他の国では聞いたことがない。戦時中の日本で記録映画監督の亀井文夫が治安維持法に問われた。ソ連や文革中の中国でも弾圧や粛清はあったが、映画撮影そのもので罰せられた例は少ないのではないか。そういう恐ろしいできごとを世界に示す映画として、これは見てみたかった。弁護士への電話、スマートフォンで撮った映像、飼っているイグアナの映像(部屋の中で放し飼いにしている)、ごみ処理にきた男性のインタビュー(美術の大学院生)などのなかで、先ほど書いたような過去のシナリオを読むシーンが長い。テレビには東日本大震災の映像(南三陸町の大津波の様子)が突然映し出されて、心を突かれる。イラン暦では新年が3月21日に始まるそうだ。日本が津波と原発事故で衝撃を受けていた時、イランは年末年始だった。若者たちは爆竹を持って町へ出て騒ぐらしい。テヘランの町は騒然としている。「これは映画ではない」ので、筋らしい筋もないが、とても興味深い映像体験だった。

 この映画は、26日(土)10時半からもう一回上映がある。(有楽町マリオンの朝日ホール)今紹介しても遅いんでしょうけど。国際的な支援、注目が重要だと弁護士も電話で言っていた。今年のベルリン映画祭の審査員に招かれていたが、出国は認められなかった。様々な方法で支援することができないかと思う。まずはこの映画がもっと上映されるといいのではと思う
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ヘニング・マンケル「背後の足音」

2011年11月25日 02時48分54秒 | 〃 (ミステリー)
 スウェーデンのミステリーの大傑作背後の足音」。創元推理文庫上下2巻、計850頁。今、読了。もう1時半である。今週は夜に3回出かけて帰りが遅い。昨夜も演劇を見たが、あまり成功しているとは思えなかった。それで遅い日が多かったが、ここ数日は夜もこの本にかかり切り。新書とミステリーは生ものなので、できれば翌年に持ち越したくないと思って、頑張って読書中。で、お勧めしない映画や演劇は書かないことにしているが、この本は面白い上に考えさせられて、是非深夜に書きたくなった。

 スウェーデンでは、「ミレニアム」という大傑作が世界的に大ベストセラーになったが、その前に20世紀末にヘニング・マンケルクルト・ヴァランダー刑事シリーズがあった。そのさらに前には、「マルティン・ベック」シリーズもあった。皆、社会派的な色彩がある。ヴァランダーのシリーズは、日本では10年以上遅れで出されていて、今度の作品は7作目。それでも1997年までしか訳されていない。残りが90年代に2冊、10年おいた2009年に10年ぶりの新作が出たらしい。その間にもノン・シリーズやヴァランダーの娘が警官になる作品があるとのことで、順に訳されていくようだ。マンケルの作品は、創元文庫で2冊上下で出ている4作品がとりわけ傑作。ヴァランダーものの「目くらましの道」「五番目の女」「背後の足音」とノンシリーズの「タンゴステップ」である。しかし、シリーズ物は結構私的な事情や感想が多いので、できれば順番に読みたいところ。と思うと、初期の「リガの犬たち」や「白い雌ライオン」が長い上に、叙述もなかなかしんどくて読み進まない。ソ連支配下のバルト諸国(ラトビア)事情や、南アフリカのアパルトヘイト問題など、90年代初期には世界的な大問題で誰もが関心を持ったが、今では一応の「解決」を見たテーマを扱っていることもある。この初期作品で挫折する人も多いようだけど、そこを通り越すとすごい作品にめぐり合う。

 ヘニング・マンケルと言う人は、ミステリー作家として名前を覚えたが、それだけの人物ではない。ただ者ではない人だとだんだん気付いて行った。まずは日本でも翻訳がある児童文学作家。それもアフリカ南部モザンビークの地雷問題を扱っている。現在すぐに入手できるのは、産経児童出版文化賞を受賞した「炎の秘密」だけだが、他にも翻訳がある。では、どうしてモザンビークなのかというと、きっかけは知らないが、モザンビークで劇場を作りそこで演劇活動を長く続けてきたという人なのだ。アフリカでの文化支援活動である。そこから進んで、今では世界的な人権活動家で、イスラエルが封鎖したガザ地区への支援船計画にコミットして自分も乗船していた。イスラエルに拿捕されて、国外追放された中に入っていたという。一方、若い時から演劇や映画に関わっていたためだと思うが、98年にはスウェーデンの世界的な映画監督イングマル・ベルイマンの娘と結婚している。今はベルイマンの生涯を描くドラマを製作中だそうである。こういう公私ともに波乱万丈そのものという人生を歩んできた。

 でも、世界的に話題となり賞も取り映像化もされて一番有名なマンケルの業績と言えば、クルト・ヴァランダーシリーズの作者ということになるだろう。僕は今回の作品が一番面白かったけど、「目くらましの道」の方が傑作かもしれない。もし、同時代的に紹介されていたら、もっと大評判になっていただろう。一方、今回の作品は、何か犯罪の造形、主人公のつぶやきなどが今の日本に合っている。クルト50歳、辞めたいときもあったけれど、たぶん定年までやるだろう主人公。妻が去り、父が死に、リガの恋人ともうまく行かず、娘とたまに電話するくらいの人生。さらに今回は血糖値が高く、健康不安をかかえての不眠不休の捜査である。スウェーデンといったら、あるいはフィンランドやノルウェイなども、安定した社会保障と教育の国として日本人は理想みたいに思うが、ノルウェイの乱射事件を思い出すまでもなく、実際は難しい課題を抱えているようだ。というか課題を抱えていない国はない。ナチス・ドイツやソ連共産主義への「前線国家」だったスウェーデンの現代史は「ミレニアム」を読むとよく判る。しかも女性差別(家父長制)や移民への憎悪なども強い。監視社会化や官僚主義なども強まっていて、日本でも他人ごとではない問題意識に貫かれている。そういう社会派的な問題関心を下地にしたうえでの、警察捜査小説の醍醐味を味わえる展開となっている。ミステリーだから筋立ては一切書かないが、とにかく面白かった。

 最後にある主人公の感慨。(というかもちろん作者の社会意識。)
 「このままきっと世の中はますます悪くなっていくだろう。もっと多くの放浪者が、もっと多くの世の中に必要とされていないと感じる若者たちが増えるだろう。社会は鉄格子と鍵に象徴されるようになるだろう。/警察官の仕事はただ一つだけだ。この流れに抵抗することだ。両腕を開いて、全力でこの破壊的な力に抵抗することだ。(中略)スウェーデン人の間で分裂がいま起きているのだ。必要とされる人々と不必要とされる人々。ここで警察官はむずかしい選択をしなければならない。社会の深いところにある土台に亀裂が入りはじめているにもかかわらず、表面の秩序を保つ職務を果たすのか。/すべてがむずかしくなるだろう。残りの十年は大変なものになると覚悟しなければならない。」
 まるで今の日本のことを言ってるとしか思えない。「警察官」というところも、「教育」「社会福祉」などと置き換えても通用する。この言葉を紹介したかった。単なるミステリーではないですね。
 ヘニング・マンケルの公式ホームページがある。英語です。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする