尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

発達障害への無理解-この判決はおかしい

2012年08月02日 23時56分43秒 | 社会(世の中の出来事)
 7月30日に大阪地裁であった、ある殺人事件への判決。新聞の見出しでは、「求刑超す懲役20年 『発達障害 再犯の恐れ』」と報道されている。新聞では、「判決理由」が引用されているので、報道機関に配布された判決要旨に基づくものだと思うが、そこに書かれている論理はどう考えても納得できない感じである

 判決理由による事件のようすは以下の通り。(引用は東京新聞)
 被告(42)は約30年間引きこもりで、引きこもり生活から抜け出したいという願いが実現しないのは姉のせいだと勝手に思い込み、2011年7月25日、生活用品を届けに来た姉(当時46)の腹や腕を包丁で何度も刺し殺害した。姉に逆恨みを募らせた動機の形成に、先天的な広汎性発達障害の一種、アスペルガー症候群の影響があったと認定した。

 ところが、量刑の判断にあたって、
 ①十分に反省していない
 ②親族が被告との同居を断り、社会内でアスペルガー症候群に対応できる受け皿が用意されていない
 の2点から、再犯の恐れがあると指摘し、
許される限り長く刑務所に収容し内省を深めさせることが社会秩序の維持にも資する」と量刑理由を説明した、とある。

 これはびっくり、驚くべき無理解と偏見に満ちた判決である。大体「アスペルガー」という言葉は最近は使われなくなっているようなのに、そういう表現をしていること自体がおかしい。(最近は「高機能広汎性発達障害」と言うことが多いのではないか。発達障害の専門家の証言などはなされているのだろうか。)発達障害は、精神障害や知的障害と違って認識力、判断力の不能、不足はないので、刑事責任能力は認められるし「減刑の要因」にもならない(ことが多いと思う。)でも、再犯可能性が高いということもないし、「増刑」になるいわれもないはずである

 社会の中に受け皿がないということは被告人の刑を長くする理由になるのか。これでは差別であり、いじめである。親族が同居を断るのは当然だろう。家族関係のようすはわからないけど、被告は今までも「やっかい者」扱いをされていたはずで、面倒を見てくれていた(らしい)姉を逆恨みして殺してしまった。姉に夫や子どもがいたとしたら、絶対に許す気持ちにはならないだろう。日本では殺人事件のほとんどが家族内で起こるわけだが、社会の無理解、福祉の不足は家族が一身に負わされてしまう。家族でケアできる限界を超えている場合、それを「家族が拒否」→「出来るだけ長く刑務所に入れる」という対応でいいのだろうか

 この判決が「発達障害への無理解」と思う一番の理由は「十分に反省していない」と断じていることである。「アスペルガー症候群」という障害は、まさに「うまく反省することができない」という点にある。少しでも発達障害の知識があれば、こういう判断はしないだろう。「反省」するためには、「自分」と「他人」で構成される社会を認識していることが前提になる。しかし、いわゆる「空気を読む」「行間を読む」ということができないのが、この発達障害である。だから姉の援助を逆恨みして捉えることも起こるし、その後自分の行為を「反省」してみせると「自分の刑が軽くなる」ということも判らない。そのことをもって、「再犯の可能性が高い」という判断はおかしい。

 僕はこういう判決が出る社会の無理解と偏見はおかしいと思うので、この判決への疑問を書いた。刑務所に入れて「内省を深めさせる」というのも疑問である。ただし、被告人自身にとっては、刑務所にいる方が暮らしやすいということも十分考えられる。刑務所は、世の中にある組織の中で、たぶん一番くらいに「空気を読む必要がないところ」と言っていいだろう。決められた秩序を守り、刑務官の指示通りに生活を送ればいい。知的能力が低いわけではないから、対人関係が少なくて済む刑務所は生きやすい場所になるのかもしれないと思う。

 しかし、それはそれとして、「世の中で生きにくさを抱えている人」を「再犯の恐れがあるから、刑務所に長く入れる」というのでは、この社会のキャパシティの狭さに唖然とする。ではどうすればいいのかはうまく書けないが、まずは「発達障害への理解を深める」試みが必要なのではないか。学校の教員なんかでも、きちんと研修を受けたことはあまりない人が多いと思う。学校ではLD(学習障害)やADHD(多動性障害)は判りやすいし知られているけど、「軽い自閉症」である「アスペルガー症候群」は「変な子」「言ってることが伝わらない子」というマイナス評価を付けられたまま、先天性の障害を持つ子としてのケアを受けてないことが多いと思う。

 ところで、この判決や報道は「発達障害への偏見」を生むおそれがある。発達障害の場合、ルールを認識していないからルール無視に見えることが多いが、「犯罪が多い」ということはない。この事件の場合、小学校から引きこもりと思われるし、家族間の犯罪なので、もう少し丁寧に事実を検証しないと、はっきりしたことを言えない部分もあるのではないか。
コメント (3)
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