尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

文学座「タネも仕掛けも」

2012年11月09日 23時30分40秒 | 演劇
 文学座の新作、「タネも仕掛けも」という芝居を見た。新宿の紀伊國屋サザンシアター。これが滅法面白いんだけど、もう土日の午後2時の回しかない。僕も招待で見たんだけど、まだ席はあるようでもったいない面白さ。
 

 緑川という地方の小さな町。そこの観光案内所、になったはずの今は物置に使われている建物のロビー。その2階にマジックショーで前座を務めるシロウトの高齢女性グループ(4人)が泊っている。冬で雪が降り続く中、そこにかつて「脱出王」と言われた元有名老マジシャンが現れる。マジックショーの主役はかつての弟子だったが、栄光の地位は奪われてしまった。また何か関係のありそうな謎の女性も。そうして、いよいよ主役を務めるマジシャンの登場。老マジシャンは奪われた栄光を取り戻そうと、かつてない大ネタで昔の弟子に勝負を挑む…。

 もう少し人間関係は込み入っているのだが、ベースとなるのはこの新旧人気マジシャンの対決である。もっとも老マジシャンの正体は誰なのか、女の弟子との関係は、シロウト女性グループのそれぞれの事情など、いろいろと関わってくるのだが。そして実際に舞台でマジックを行う。シロウト老女性と言っても、文学座の俳優であるわけだが、きちんとマジックを行うが、まあご愛嬌。楽しいムードを盛り上げる。一方、「胴体斬り」などもちゃんとやって見せる。最後の大ネタは「人間の縦斬り」(胴体切りではなく)で、これはどういう仕掛けなのか。多分演劇ならではのタネがあるのではないかと思うのだが、だまされるのも観客の楽しみではないか

 人間関係のもつれた事情などいかにも演劇的な設定で、一室ですべてが展開されるという劇なんだけど、実際にマジックショー的な見世物で作っているところが面白い。すごい人気俳優が何人も出ているというような劇ではないので、興行的には大変かもしれないが、見て損はない。誰かと見れば、帰りにタネをめぐって議論になること必至である。そういう楽しさがある劇。

 2005年に「ぬけがら」で岸田國士賞を受賞した佃典彦という若手の劇作家の作品。僕は初めて見たが、満足して帰ってきた。もっとも演劇と言うよりマジックの満足なのかもしれない。
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和田春樹「領土問題をどう解決するか」-領土問題としての沖縄

2012年11月09日 00時27分07秒 |  〃 (歴史・地理)
 和田春樹氏の「領土問題をどう解決するか」(平凡社新書、2012.10)を読んで、前に書いた領土問題についての記事を大幅に考え直す必要があると思った。全面的に展開するには時間がかかるので、とりあえず自分が気付かずにいたことを書いておきたい。

 和田春樹氏はロシア(ソ連)現代史の研究者(東大教授)として有名だったけど、70年代に韓国民主化運動の連帯運動の責任者をしていた。そこから朝鮮・韓国現代史の研究に踏み込み、朝鮮戦争や金日成の研究も行ってきた。北方領土問題も古くから研究課題としている。90年代には、いわゆる「従軍慰安婦」問題に深く関わり、「アジア女性基金」の活動を担う一人となった。研究者を超える社会運動家として、左右を問わず論議を呼ぶことも多い。しかし著書や論文は「実証的歴史学」に基づくもので、主張の賛否とは別にして、反論するには実証的な批判でなければならない。

 和田氏の立場は、ソ連や韓国、北朝鮮、そして日本に対しても、その暗部を指摘する立場がはっきりしている。政治性もあるが、勇気ある言論活動を続けてきた。現代史家として、また韓国政治犯の救援運動家として、僕は70年代以来いつも気にかかる存在だった和田氏の北方領土論も前に読んだと思うが、細かい論点は忘れてしまった。改めて読んで思ったことがいくつかある。和田氏の主張は、かつて「日面ソ心」とまで某教授に悪罵を言われた。「昔なら決闘を挑むところ」と思ったとまで書いている。しかし決闘はできないから反論に全力を注いだという。
(和田春樹氏)
 そこで見えてきたのは、日本が放棄したクリル(千島)列島に、国後、択捉の2島が含まれていることは、敗戦直後の政府には了解されていたという事実である。この事実は同書を読む限り疑いようがない。しかし、だんだん日本政府の見解が変わっていく。吉田茂首相の答弁が変わるのである。アメリカの意向がその背景にある。つまり日本が2島を放棄することを認めるなら、ソ連も「平和条約締結時に、色丹、歯舞は返還する」と言ってるわけだから、鳩山一郎内閣時代に「2島返還」で平和条約が結ばれていた可能性があったのである。

 しかし、そうなってはアメリカが沖縄を支配していることの不当性が日本人に大きく見えてしまう。ソ連は返した、アメリカも返せ、ソ連とは仲良く出来る、アメリカはひどい、になる。60年代のベトナム戦争に沖縄の基地が果たした役割を考えると、アメリカは少なくとも60年代には沖縄を手放したくなかったということだ。だから、日本に対し、2島返還でまとまらないよう様々な工作をする。そのため、だんだん「4島返還論」が常識化していって、ソ連はひどいという世論が形成されていくという。そういう成り行きが書かれている。そして、北方領土や竹島に関して独自の主張を行う。その中身は賛成できない部分もあるのだが、とにかく読んでおくべき本だ。外務省のサイトを見ているだけでは、出てない(か、もしくは判りにくい)論点があるということである。

 この本を読んで一番思ったのは、「領土問題としての沖縄問題」という観点である。戦後長らく、日本人にとって、最大の領土問題は沖縄問題だった。1972年5月15日の「復帰」までは。ところが、アメリカが奄美、小笠原、沖縄と「返還」して行ったから、「アメリカとの間に領土問題はない」という気持ちになる。ソ連(ロシア)との間には「解決できない領土問題がある」という見方が常識になった。しかし、領土問題とは、大日本帝国が戦争に敗北したあとの領土の範囲を確定するということでだ。日本人のほとんどは、朝鮮独立、台湾や「満州」の利権(遼東半島の租借や満鉄線など)の中国返還に異存はない。本州、北海道、九州、四国と周辺の諸島で納得している。ただ、個別の具体論で、どこまでの島なのかで問題になっているだけである。

 沖縄、北方領土、竹島などは皆アメリカの戦後戦略と密接に関連していたし、今も関連している。(尖閣は沖縄の一部で、米国支配中は中国も台湾も領有権を主張していなかった。)我々は、「北方領土は領土問題」、沖縄の基地は「国内の問題」というカテゴリーだと思っている。国内には本土にも米軍基地があり騒音問題などがある。沖縄は「本土並み」になるはずだったし、「日本国憲法」の下に入ったのだから、日本国民としての基本的人権が認められなくてはならない。そういう主張を行うことによって、そもそも沖縄が領土問題だった記憶が薄れてしまった。しかし最近の米軍人の行動を見ても、米軍は「沖縄は自国民の血で獲得した実質的な領土」と考えているのではないか。そうでないとこれほど事件が頻発し続けるわけがない。

 今日本人に突きつけられているのは、領土問題というより、実は日本の戦後処理の問題と言うべきだ。その中には「慰安婦」問題や朝鮮人「BC級戦犯」問題、中国の遺棄毒ガス問題など未解決の様々な問題がある。一方、沖縄の基地問題も日本の「未完の戦後処理」の問題なのである。そう見れば、日本人の住民がいない竹島や尖閣(旧島民はいる)、北方領土(旧島民はかなりいる)と比べても、「今でも苦しんでいる国民が多数いる」という意味で、今なお「沖縄が最大の領土問題」と言えるのではないか。「未完の沖縄返還」という事態こそ、日本の最大の領土問題だという観点の重要性。僕が和田氏の本を読んで学んだ最大の点はそのことだった。
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