尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

集団的自衛権の歴史-「集団的自衛権」問題④

2014年05月25日 23時58分06秒 | 政治
 今回はそもそも「集団的自衛権とは何だろうか」ということを考えてみたい。国家に「自衛権」があるということは「国際法」の考え方だから、列強が植民地争奪戦を行っていた時代には直接は関係ない。ちょうど100年前に第一次世界大戦(と後に呼ばれることになる大戦争)が始まった。ヨーロッパでは、オーストリア=ハンガリー二重帝国、ロシア帝国、オスマン帝国が崩壊し、「民族自決」が(かなりの程度)実現した。そうすると、安全保障上は「弱国」が誕生したわけだが、国際平和機関として「国際連盟」が創設された。もっとも言いだしっぺのアメリカが議会で否決されて参加しなかった。革命が起こったソ連や敗戦国のドイツも当初参加できなかった。だから、英仏に加え、イタリアと日本が4大国だったのである。

 ところが、その日本とイタリアは後に国際連盟を脱退してしまう。満洲とエチオピアへの侵略を連盟で批判されたからである。参加を認められていたドイツとソ連も、それぞれ脱退してしまう。こうして、ドイツの東ヨーロッパ侵略やソ連によるフィンランド戦争、あるいはバルト三国併合などは、国際連盟では解決できなかった。人類は第一次大戦の四半世紀後に、さらに拡大した第二次世界大戦が起きることを防げなかったのである。

 1939年8月23日に、ドイツとソ連が突然独ソ不可侵条約を結んだ。これは世界に非常に大きな衝撃を与え、日本の平沼内閣は総辞職し、フランスの作家ポール・ニザンは共産党を離党した。一方、独ソ両国にはさまれたポーランドは、25日にイギリス、フランスと相互援助条約を結んだ。相互援助を掲げた同盟関係だけど、ポーランドが英仏を援助する軍事的、経済的力量はなかったわけだから、要するに「英仏の威を借りて独ソをけん制する」ということである。不可侵条約の秘密協定に基づき、ドイツは9月1日に、ソ連は17日にポーランドに侵攻する。英仏は条約に基づき、9月3日にドイツに対し宣戦を布告した。この段階では、英仏がドイツに直接攻撃されていたわけではないのだから、この時の英仏の参戦こそが、今の言葉で言えば「集団的自衛権」の発動だということになるだろう。「今の言葉で言えば」と言うのは、当時は「個別的」とか「集団的」とかいう概念はまだ発明されていなかったからである。

 第二次大戦後の国際連合においては、国連憲章で加盟国に個別的、集団的自衛権の行使が認められている。(第51条)だから、国連加盟国である日本にも、集団的自衛権そのものがあることは当然である。問題はそれを行使するかどうかであり、また憲法上行使できるかどうか(できないなら改正するかどうか)ということである。もちろん、行使するかどうかは、日本国民が自由に判断するべき問題である。行使しなくても(国際法上は)何ら問題はないし、日本が不完全な国家だということもない。スイスが永世中立国であるからおかしな国家とは言えないように(だからEUにも入らない)、日本もケータイ電話のごとく「ガラパゴス化」したって何の問題もない。(いいか悪いかの問題、憲法に合致するかどうかの議論とは別。安倍首相は、国連憲章にある権利を行使できないこと自体を日本の戦後が間違っていた理由とさえ考えているらしいので、あえて確認した次第。)

 ところで、国連憲章は無条件に自衛権行使を認めているわけではない。(個別的、集団的どちらも。)「安全保障理事会が国際連合の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間」と書いてあるのである。つまり、国際連盟に失敗を見て、戦後の国際連合では「安全保障理事会の常任理事国」に大きな責任を負わせたわけである。責任と同時に、戦前のように勝手にどんどん脱退しないように「拒否権」という特権中の特権を与えた。その結果、確かにソ連もアメリカも脱退するとは言わないが、冷戦当時は安保理で何も決められないという事態に陥った。現在でも、イスラエルの安全に関してはアメリカが強硬だし、シリアや北朝鮮問題ではロシアや中国が反対するから、なかなか有効な手立てが取れないのは見ての通りである。拒否権を認める以上、そのような事態は予想できるから、安保理で必要な措置を取るまでは「個別的、集団的自衛権を認める」ことになったわけである。

 個別的と集団的の違いがどうして生まれたかはなかなか難しいが、豊下楢彦「集団的自衛権とは何か」によれば、米州機構のチャプルテペック決議というものが大きく影響している。これはメキシコで開かれた米州機構の会議で、「米州機構の一国に加えられた攻撃は、すべての国への攻撃と考える」というものだったという。英仏などとの協議の中で様々なやり取りがあったが、この米州機構の考えが認められていったわけである。小国は(安保理が機能しないとしたら)、自国だけでは侵略に対処できないから、この「集団的自衛権」に頼るしかない。「自国だけでは侵略に対処できない」国は、大昔は植民地にされてしまったわけだけど、第二次世界大戦後は世界的に「民族自決」が認められ、非常に小さい国もある。

 だから、「集団的自衛権」という考え方そのものは有効だし、あってしかるべきものである。でも、もう一回戦後史を思い起こしてみれば、アメリカやソ連が自国の支配圏に国々に行った「不当な軍事行動」、例えばアメリカがドミニカやニカラグアに対して、あるいはソ連がハンガリーやチェコスロバキアに対して行った軍事行動は、「集団的自衛権」の名のもとに正当化されてきた。ベトナム戦争やソ連のアフガニスタン侵攻(1979年)も「集団的自衛権」の発動だった。つまり、「集団的自衛権」というものは、実質上自国の支配圏というものがある国にとっては、都合のいい考えだということである。フランスがアフリカの旧支配圏の内戦やテロ組織攻撃にフランス軍を出すのもそうだし、ロシアが旧ソ連の国々、グルジアなどに軍事行動を起こすにもそうである。

 ヨーロッパの戦後史は、アメリカとソ連の狭間でいかに独自性を保持するかということで、「欧州統合」が進められてきた。1989年の東欧革命で、事実上ロシアの植民地だった東欧が解放され、軍事上はNATO(北大西洋条約機構)が拡大していった。現在旧東欧圏も含め、28か国が加盟している。EUの正式メンバーではないトルコやノルウェイも入っている。また下部機関の「欧州・大西洋パートナーシップ理事会」(EAPC)には中立国のスイス、オーストリアや旧ソ連の国々(ロシア以下12か国)も参加している。だから、ヨーロッパでは「集団的自衛権をどう考えるか」などといった問題は存在しない。よく日本では、戦後のドイツの歴史に学ぶべきだという人がいるが、ドイツは完全にナチスの過去を克服し、欧州の一員となったことにより、NATOの軍事行動にも当然参加している。199年のコソヴォ紛争ではセルビアの空爆にドイツ軍も参加した。当時の社民党のシュレーダー政権で、外相は「緑の党」のフィッシャーだったが、党内で激論の末、政権重視の立場から軍事行動を容認した。2001年のアフガニスタンでの軍事行動にも参加した。しかし、2003年のイラク戦争には国連安保理の非常任理事国として反対を貫いた。

 日本でも、「戦争責任問題の最終解決」と「アジアの統合」が進んで行けば、成立した「アジア連合」の軍事行動に参加するべきだという議論は出てくると思う。しかし、現状はその正反対の状況にある。アジアの集団安保機構は存在しない。日本の「支配圏」などというものは、(かつてはあったが敗戦により失って)ない。日本が関わる可能性がある「戦争」があるとすれば、それはアメリカも関わる戦争しかありえない。アルジェリアで日本人がテロ組織によって人質になっていたとしても、もちろん自衛隊が救出部隊を独自に派遣することなどできない。世界のどこに地域に何が起こったとしても、政治的にも経済的にも、もちろん軍事的にも日本がただ一国で出来ることはない。

 安倍首相がいろいろ強弁しているが、「集団的自衛権」の行使である以上は、「自衛隊が他国の軍隊のために戦う」ということである。それは日本が独自に判断することのはずだけど、現実の力関係を冷静に考えれば、アメリカが関わる戦争で下働きをするということである。「日本人を救出した米艦を防護する」などという事態がありえないことは前に書いたし、それは別にしてそういうことがあるとしても、それは個別的自衛権で容認可能なケースだろうとも書いた。ところで「現実を法的にどう位置づけるか」は別として、そういうケースの自衛隊の作戦は「米軍の下働き」ではないのかということである。

 日本は「アメリカの部下」だと言って言い過ぎなら、「目下の友人」だし、それも困るというなら「緊密な友人」でもいいけど、要するに同じ。アメリカの軍事行動にもっと自由に協力したいという、それが「集団的自衛権論議の本質」にならざるを得ない。「日本が戦争しないのは同じ」だと安倍首相が言うのもある意味では正しい。アメリカしか、日本が関わるべき戦争を起こせる国はいない。憲法を変えて、残念にも憲法を変えられないなら解釈を変えて、アメリカの戦争にもっと協力できる国にする。それは「戦争をする国」ではない。この解釈変更を支持する人の頭の中では「国際協力をもっと行う国」に見えているのではないかと思う。だけど、実質は「アメリカの戦争で下働きをする」ということにしかならない。もう一回、日本の戦後史の防衛論議を振り返って考えておきたい。
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