尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「集団的自衛権」問題①

2014年05月18日 23時07分00秒 | 政治
 辻原登の本はまだ読んでいるのだが、長い小説が多くて読むスピードが追いつかない。国際問題もいろいろあるけど、やはり「集団的自衛権」の問題を書いておきたいと思う。僕には、この問題で安倍首相が提出している問題意識が正直言って判らない。「反対」という以前に、理解不能なのである。だから、それを理解できるように考えるのが、書く意味である。それは何回か続く最後の頃に考えたいと思う。

 論点はいろいろあるが、そもそも「集団的自衛権」とは何か、また「日本国憲法」との整合性というのが、非常に大きな問題である。と同時に、歴史的な視点、また現実的に論じる意味があるかどうかの検討も大切だと思う。「国際的環境が変わった」なる前提で、ありえないような設定をいくら積み上げても意味があるとは思えない。一方、反対している側の論理にも納得できない部分があるので、それは次回以後に書いて行きたい。

 2014年5月15日、安倍首相の私的諮問機関(法的な設置根拠がない)である「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(以下、安保法制懇)から報告書が提出された。報告書全文はリンク先の他、各マスコミのウェブサイトなどに掲載されている。また16日付の新聞朝刊にも掲載されている。(けっこう「面白い」ので、全文熟読でなくても、流し読みして見ることをお勧めする。)報告書はもっと前に出来ていたという話だが、様々な政治的な思惑から15日に提出されたという。何も「五・一五事件」や「沖縄返還」と同じ日にしなくてもいいではないか。これが「歴史的鈍感力」のためなのか、あえて「政党内閣終焉」や「第三の琉球処分」に合わせたのかは直接的には知らない。でも、歴史的に敏感な国民も少なかろうという前提があるのは間違いない。

 安倍首相は同日に記者会見を行い、政府の「基本的方向性」を表明した。記者会見に際しては、大きなパネルを使って説明したのを見た人も多いだろう。そのパネルも首相官邸のホームページに出ている。首相の説明によると、「この報告書を受けて考えるべきこと、それは私たちの命を守り、私たちの平和な暮らしを守るため、私たちは何をなすべきか、ということであります。」だそうである。

 そして、具体的な例で説明したいという。それがパネルの絵でもあるのだが、「今や海外に住む日本人は150万人、さらに年間1,800万人の日本人が海外に出かけていく時代です。その場所で突然紛争が起こることも考えられます。そこから逃げようとする日本人を、同盟国であり、能力を有する米国が救助、輸送しているとき、日本近海で攻撃があるかもしれない。このような場合でも日本自身が攻撃を受けていなければ、日本人が乗っているこの米国の船を日本の自衛隊は守ることができない、これが憲法の現在の解釈です。」と言う。
 
 この問題に関しては、最後にまた強調している。「再度申し上げますが、まさに紛争国から逃れようとしているお父さんやお母さんや、おじいさんやおばあさん、子供たちかもしれない。彼らが乗っている米国の船を今、私たちは守ることができない。そして、世界の平和のためにまさに一生懸命汗を流している若い皆さん、日本人を、私たちは自衛隊という能力を持った諸君がいても、守ることができない。そして、一緒に汗を流している他国の部隊、もし逆であったら、彼らは救援に訪れる。しかし、私たちはそれを断らなければならない、見捨てなければならない。おそらく、世界は驚くことでしょう。」

 ここだけ聞くと、いやあ、それは大変だ、今の憲法解釈はおかしいですねえなどと思ってしまいそうである。そういう問題を「安保法制懇」は議論してきて、それはおかしいから変えた方がいいと首相に報告してるんだ、いや、それは必要なことだなどと思いかねない。ところが、実はなんと驚くべきことに、今安倍首相が挙げた事例は、安保法制懇で議論していないのである。安保法制懇は第一次安倍内閣時の「4類型」に加えて、今回6つの具体的行動の事例を検討している。その詳細は次回以後に書くけれど、確かに「公海における米艦の防護」や「我が国の近隣で有事が発生した場合の船舶の検査、米艦等への攻撃排除等」という検討項目はある。しかし、「日本人避難民を乗せた米艦の防護」などは検討していないのである。だから、賛成とか反対とか考える以前に、安倍首相の説明は間違っていたわけである。

 それは首相の理解不足なのか、何か別の政治的目的を持って故意に間違ったのか。新聞には安保法制懇の報告書が掲載されているわけだけど、どうせ多くの国民はちゃんと見ないだろうから、国民の心情に訴えるような具体例に変えちゃえということなのか。国民も舐められたものだと思う。

 それはそれとして、首相の提出した具体的事例も全然判らない。一体、どことどこが戦争するという想定なのか。確かに世界の多くの国に日本人が出かけている。紛争に巻き込まれる人もいる。そのような場合に、自衛隊の船舶が邦人救出に行けないのだろうか。もちろん、それは前から可能である。自衛隊の任務はずっと拡大され続けていて、2013年のアルジェリア事件を受け、それまで航空機と船舶に限られていたものを、新たに陸上輸送も可能になるように改正されている。2013年11月15日のことである。1994年の自衛隊法改正で航空機による在外邦人輸送が本務に加えられ、1999年に船舶も加わった。このように「自衛隊の任務の拡大」が果てしなく進められてきたことに批判もあったわけだが、それはともかく、こうして法改正を行い「自衛隊による邦人救出」ができるようになっているのに、何故米艦でしか救出できないと設定するのか

 それは一説によれば、「朝鮮半島有事」に際して(ということは、朝鮮民主主義人民共和国が大韓民国に戦闘行動を起こし、国連軍を構成する米国軍を中心に軍事的反撃を行うということを想定しているわけだろう)、韓国政府が日本の自衛隊(つまりは、かつて朝鮮半島を支配していた日本軍とも言える)の入国を拒否するかもしれないというケースを想定して「頭の体操」を行っているのだとも言う。その想定は間違っていないだろう。遠いアフリカや中東で似たようなケースが起こったとして、「日本人を救出した米艦」があったとしても自衛隊が米艦防護に掛けつける前にことは終わっているだろう。だから、やはり日本の近くで起こった場合の想定だろう。その場合でも、日本の民間機、第三国の航空機や船舶はないのか。もちろんあるし、それで避難する人がほとんどだろう。

 それ以前に、それほど突然の軍事行動が起きるのだろうか。日本人全員が緊急に国内に避難しなければならないような緊急事態は、急には起こせない。多くの準備行動が衛星から監視されているわけだし、事態の緊迫化は事前につかめるはずである。(1990年のイラクによるクウェート侵攻時も、事前にクウェート国境にイラク軍が集結して事態が切迫しているという報道が相次いでいた。一挙に占領してしまうとまでは想定していなかったと思うが。)だから、「おじいさんやおばあさん、子供たち」が救出する対象にいたら、それは政府の重大な失態である。それ以前に避難勧告を行っていなければおかしい。(大体、祖父母や幼児と一緒に海外に赴任している人がどれぐらいいるのか、僕にはこの情緒的な設定が全く理解できないが。)

 そして、もし自主避難が間に合わず、自衛隊以外で避難しなければならないとするならば、できるだけ米艦で避難することを避けなければならない。なぜなら、交戦当事国の船に乗ったら攻撃される可能性があるからである。米国は交戦中であるという前提なのだから。第三国の船、韓国は電気製品や自動車の大輸出国なのだから日米以外の船がかならず存在するはずである。それでも米艦に頼るしかないとしたら、どうか。そういう緊急事態に、どうして世界最強であるはずの米軍を日本の自衛隊が防護できるのか、理解しがたい。しかし、万万が一、安倍首相の心配する事態が起こったとしたらどうか。一刻も早く、米艦から他国の船舶に移動するべきだと思うし、米艦は自衛隊の防護などいらないと思うが、それはそれとして、自衛隊が米艦防護行動を行ったとして、それは誰が見ても「米軍を防護した」のではなく、「米艦船に救出された日本人の防護に当たった」と思うのではないか。ありえないような想定を重ねていって、何故こんな議論をするのか、僕には判らないのである。
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