尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

チリ映画「NO」の教訓

2014年09月08日 22時49分21秒 |  〃  (新作外国映画)
 チリ映画、パブロ・ラライン監督「NO」という映画が公開されている。2013年のアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた作品で、1988年のピノチェト独裁を倒した国民投票を描いた映画。日本では映画祭では公開されたが見ていなかった。非常に面白い映画だが、感想はどうしてもチリの歴史や民主化問題が中心になる。映画自体は「映像」「広告」といった観点で政治キャンペーンを描いていて、そういう関心を持つ人には是非見て欲しい。もちろん主演のガエル・ガルシア・ベルナルのファンも必見。
 
 映画の中身については、映画館のサイトで紹介されているものが判りやすい。 
CMは世界を変えられるのか!? 若き広告マンが恐怖政治に挑んだ、 政権打倒キャンペーンの行方は―
 1988年南米チリ。長きにわたるアウグスト・ピノチェト将軍の軍事独裁政権に対する国際批判の高まりから、 信任延長の是非を問う国民投票の実施が決定。ピノチェト支持派「YES」と反対派「NO」両陣営による 1日15分のTVコマーシャルを展開する一大キャンペーン合戦が行われる。 「NO」陣営に雇われた広告マンは斬新かつユーモア溢れる大胆なアイデアで、支持派の強大な権力と対峙し メディア争いを繰り広げていくのだが……。 実話を元に、当時の映像とドラマが巧みに融合し交錯していく全編緊張感に貫かれた社会派エンター テインメント!

 この映画を見て疑問に思ったことが二つあり、プログラムを買ったら大変よく判った。第一の疑問は、画面があまりにも荒くて映像的にどうなのかという疑問である。最初はどうなっているのかと思ったけど、実はこれは監督が狙った効果だった。1988年当時のチリにいて、同時代ドキュメントをビデオで撮っていたとする。そういう臨場感を出すために、わざわざその当時のビデオ機材を探してきて、日本製の池上通信機とSONYのカメラとテープを使用したのだという。当時の映像やキャンペーン広告そのものも使われているようだが、確かに違和感なく見ることができる。いつのまにか当時の世界に入り込んだかのような効果を挙げているのは確かだろう。

 もう一つの疑問は、この映画では突然国民投票が行われることになり、広告キャンペーンだけで勝ったかのような感じを受ける。本当にそうなんだろうか。そのことについてはチリ国内にも批判があり、当時の関係者の中には映画はねつ造だという意見もあるという。プログラムの中で詳しく解説されており、この映画について語るならまず読んでおくべき。(高橋正明「喜び」は本当にやってきたのか)。まず国民投票については、国際的圧力で実施されたのではなく、ピノチェト政権が憲法を作って「民政移管」をした1980年時点で予定されていたという。というのは永久政権と規定するわけにもいかず、当初は16年任期にするつもりだったが長すぎるので、大統領の任期は8年と決めてあったからだ。

 それでも長すぎるが、当初は誰もそんな規定は「見せかけ」と思い、どうせ形だけの信任投票になるか、不正選挙になると思っていた。ところが、次第に反独裁運動が高まり始め、左翼から中道までの野党がまとまって「政党連合」を結成して国民投票に臨むことになった。日本と違い、有権者登録をしないと投票できないチリで、一軒一軒回り歩いて登録を勧める地道な運動を行い、国民の9割が有権者登録をしたという。そして当日も、不正投票が行われないように開票区ごとに監視と独自集票を実施した。やはり、キャンペーンだけでなく、「地道な運動あってこその勝利」だったのだ。

 そのことを踏まえた上で、この映画が描いている宣伝キャンペーンのあり方は非常に面白く、様々な「教訓」に富んでいる。最初に作られた映像は、ピノチェト政権による拷問や弾圧の被害を強く訴えていた。それに対し、広告マンのレネ・サアベドラ(ガエル・ガルシア・ベルナル)は暗くてダメと作り直す。できた映像は歌やダンスで未来の明るさをうたい、オールド世代からは「コーラの広告」とけなされる。NO陣営の中でも、いざとなればピノチェトは不正やクーデタで権力を握り続けるから、自分たちは勝てないと思い込んでいた。だから、せっかく得た15分間で、今までの被害を訴えたい。

 だけど、レネはやり方次第で勝てると思い、誰をターゲットにするか、あきらめて棄権しそうな若者や高齢女性に訴えることを目的にする。キャンペーンが始まると、「どうせ誰も見ない」と高をくくっていた政権側も相手陣営の戦略にあわてて、似たような映像を使い始める。また、関係者への脅しや尾行も強化されていく。そんな中で、このキャンペーンはどうなるか。もう歴史の審判は下り、結果は判っているのだが、やはり感動的なストーリイになっている。そして、時代の動きについていけないのは、ピノチェトだけでなく、左翼陣営の「教条主義者」でもあると明確に示している。

 これは日本の現状分析にも有効ななのではないか。原発再稼働、集団的自衛権の解禁、消費税再増税のいずれも、世論調査では反対が上回っている。では、政権支持率が暴落しそうなものである。政権不支持率が高くなれば、先に挙げたいずれの論点も政権が強行しにくくなるはずである。だけど、安倍政権の支持率は、あんな改造とも言えない入れ替えでアップしてしまう。反安倍政権側はどんどんヒートアップして、安倍政権はこんなにひどいと「被害」を並び立て、「被害者の声に誠実に耳を傾けよ」と論じる。この暗い超マジメ主義が世界を飛び回る安倍首相に太刀打ちできていない。今後の日本を考えていくためにも、興味をそそられる作品である。

 監督は日本公開が初めてだが、この映画が4作目だという。日本でも公開された「グロリアの青春」(ベルリン映画祭で主演女優賞)という映画のプロデュ―サーもしている。この映画で主演のベルナルの別居妻を演じたアントニア・セヘレスと結婚している。主演の広告マンを演じたガエル・ガルシア・ベルナルは「アモーレス・ペロス」でデビュー以来、メキシコの若手スターとして活躍してきた。若き日のゲバラを描いた「モーターサイクル・ダイアリーズ」のゲバラ役、アルモドバル「バッド・エデュケーション」の主演など、スペイン語映画界で大活躍してきた。(2019.11.29一部改稿)
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