イギリスを舞台にしたエヴァ・ユッソン監督『帰らない日曜日』(Mothering Sunday)は素晴らしい映画だ。原作を調べると、グレアム・スウィフト『マザリング・サンデー』がクレストブックスから翻訳されていた。この作家は『ウォーターランド』『最後の注文』も同シリーズで出ていて、イギリスでは有名なんじゃないかと思う。題名の「マザリング・サンデー」が判らなかったが、イギリス中のメイドが年に一度の里帰りを許される〈母の日〉だという。1924年3月のある日曜日のことである。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/3c/21/9a28525f1e0c06cba4c608a98a40b185_s.jpg)
邦題「帰らない日曜日」には二つの意味が掛けられている。主人公はニヴン家で働くメイドのジェーン・フェアチャイルド(オデッサ・ヤング)だが、孤児だったので母の日にも帰るところがない。名前も孤児院で付けられたものである。大きな屋敷に住むニヴン家は、第一次大戦で二人の男子が戦死してしまった。今は当主夫妻のゴトフリー(コリン・ファース)とクラリー(オリヴィア・コールマン)が二人だけで孤独に耐えている。この夫婦役二人の米アカデミー賞受賞俳優(「英国王のスピーチ」と「女王陛下のお気に入り」で二人とも英国君主を演じて受賞した)の存在感が凄くて、イギリス上流階級の犠牲に粛然とする。
(夫妻とメイド)
メイドがいないその日、ニヴン家とご近所のシェリンガム家、ホブディ家の人々は会食する決まりである。ニヴン家のメイド、ミリーとジェーンにも一日ヒマが与えられ、二人は一緒に自転車で出掛けた。ジェーンはどこに行くのだろうか。ゴトフリーに聞かれたジェーンは、「晴れた良い日だから、どこか外で一日本を読む」と答えたけれど、実は秘密の行き場所があったのである。朝食中に電話があって、間違い電話だと取り繕うが、実はシェリンガム家のポール(ジョシュ・オコナー)からの密会の誘いだった。シェリンガム家も二人の兄が戦死して、残ったポールはホブディ家のエマともうすぐ結婚する予定である。
(シェリンガム家の屋敷)
このお屋敷が凄い。初めて訪れたジェーンは肖像画に見入ってしまう。シェリンガム夫妻は先に会食に出掛けてしまい、ポールは「つがいが不在」と表現して愛人を呼んだのである。屋敷は初めてだが、二人の関係は明らかに初めてではない。その経緯は描かれないが、ジェーンはポールに奔放に身をゆだねている。ポールが遅れて会食に向かうと、その後は裸で屋敷を歩き回る。ここら辺のシーンではセックスシーンもあるし、ヌードシーン満載だが嫌らしさは全く感じない。一人生き残ったポールはエマと結婚するしかなく、どんなに愛していても孤児のメイドと結ばれることはあり得ない。ジェーンもそのことはよく判っている。
そして悲劇が起こり、その二度と戻ってこない秘密の一日が「帰らない日曜日」となった。映画では時々未来のジェーンが挿入されるが、本が好きだった孤児ジェーンはやがて本屋で働き、タイプライターをもらったとき、ジェーンに作家になる夢を叶える道が開けた。そして晩年のジェーン(グレンダ・ジャクソン、『恋する女たち』『ウィークエンド・ラブ』でアカデミー賞を2回受賞した伝説的女優)は大作家になっている。世界的作家を作ったのは、心の中の「秘密の場所」だったのである。内面の秘密を描く点で『流浪の月』と共通するが、悲しみがたくさん積み重なったジェーンが報酬を受けるのは見るものの救いになる。
(ジェーンとポール)
この映画が納得出来るのは、ジェーンとポールに誰もが知る大スター、絶世の美男美女をキャスティングしなかったことである。オデッサ・ヤングはオーストラリアのテレビ出身の新進女優。ジョシュ・オコナーはもう少し有名らしいが、テレビシリーズ「ザ・クラウン」でチャールズ皇太子役を演じてゴールデングローブ賞を受けた人だという。主演の二人に若手を充て、脇に重厚な名優を配した作戦が見事に当たった。監督のエヴァ・ユッソン(1977~)はフランス出身の女性監督だが、日本でも公開された『バハールの涙』は「イスラム国」に我が子を誘拐された母親が兵士となって戦う姿を描く映画だった。国を超えて活躍している。
イギリスのお屋敷を描く文学、映画は数多い。ブロンテ姉妹の『嵐が丘』『ジェーン・エア』やジェーン・オースティンの諸作からE・M・フォースターの『ハワーズ・エンド』『眺めのいい部屋』、そして現代作家のカズオ・イシグロ『日の名残り』、イアン・マキューアン『贖罪』(映画題名『つぐない』)などなど。ダフネ・デュ・モーリアの『レベッカ』などを変種として挙げるとすれば、もっと増えるだろう。こう見てくると、英国のお屋敷の描き方もいろいろだ。美しい風景に見事な洋館が出て来ると、実に「絵になる」。そこにはロマンスや犯罪がよく似合う。この映画は「秘密のロマンス」が一生を決めた様を忘れがたく描いた。
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邦題「帰らない日曜日」には二つの意味が掛けられている。主人公はニヴン家で働くメイドのジェーン・フェアチャイルド(オデッサ・ヤング)だが、孤児だったので母の日にも帰るところがない。名前も孤児院で付けられたものである。大きな屋敷に住むニヴン家は、第一次大戦で二人の男子が戦死してしまった。今は当主夫妻のゴトフリー(コリン・ファース)とクラリー(オリヴィア・コールマン)が二人だけで孤独に耐えている。この夫婦役二人の米アカデミー賞受賞俳優(「英国王のスピーチ」と「女王陛下のお気に入り」で二人とも英国君主を演じて受賞した)の存在感が凄くて、イギリス上流階級の犠牲に粛然とする。
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メイドがいないその日、ニヴン家とご近所のシェリンガム家、ホブディ家の人々は会食する決まりである。ニヴン家のメイド、ミリーとジェーンにも一日ヒマが与えられ、二人は一緒に自転車で出掛けた。ジェーンはどこに行くのだろうか。ゴトフリーに聞かれたジェーンは、「晴れた良い日だから、どこか外で一日本を読む」と答えたけれど、実は秘密の行き場所があったのである。朝食中に電話があって、間違い電話だと取り繕うが、実はシェリンガム家のポール(ジョシュ・オコナー)からの密会の誘いだった。シェリンガム家も二人の兄が戦死して、残ったポールはホブディ家のエマともうすぐ結婚する予定である。
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このお屋敷が凄い。初めて訪れたジェーンは肖像画に見入ってしまう。シェリンガム夫妻は先に会食に出掛けてしまい、ポールは「つがいが不在」と表現して愛人を呼んだのである。屋敷は初めてだが、二人の関係は明らかに初めてではない。その経緯は描かれないが、ジェーンはポールに奔放に身をゆだねている。ポールが遅れて会食に向かうと、その後は裸で屋敷を歩き回る。ここら辺のシーンではセックスシーンもあるし、ヌードシーン満載だが嫌らしさは全く感じない。一人生き残ったポールはエマと結婚するしかなく、どんなに愛していても孤児のメイドと結ばれることはあり得ない。ジェーンもそのことはよく判っている。
そして悲劇が起こり、その二度と戻ってこない秘密の一日が「帰らない日曜日」となった。映画では時々未来のジェーンが挿入されるが、本が好きだった孤児ジェーンはやがて本屋で働き、タイプライターをもらったとき、ジェーンに作家になる夢を叶える道が開けた。そして晩年のジェーン(グレンダ・ジャクソン、『恋する女たち』『ウィークエンド・ラブ』でアカデミー賞を2回受賞した伝説的女優)は大作家になっている。世界的作家を作ったのは、心の中の「秘密の場所」だったのである。内面の秘密を描く点で『流浪の月』と共通するが、悲しみがたくさん積み重なったジェーンが報酬を受けるのは見るものの救いになる。
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この映画が納得出来るのは、ジェーンとポールに誰もが知る大スター、絶世の美男美女をキャスティングしなかったことである。オデッサ・ヤングはオーストラリアのテレビ出身の新進女優。ジョシュ・オコナーはもう少し有名らしいが、テレビシリーズ「ザ・クラウン」でチャールズ皇太子役を演じてゴールデングローブ賞を受けた人だという。主演の二人に若手を充て、脇に重厚な名優を配した作戦が見事に当たった。監督のエヴァ・ユッソン(1977~)はフランス出身の女性監督だが、日本でも公開された『バハールの涙』は「イスラム国」に我が子を誘拐された母親が兵士となって戦う姿を描く映画だった。国を超えて活躍している。
イギリスのお屋敷を描く文学、映画は数多い。ブロンテ姉妹の『嵐が丘』『ジェーン・エア』やジェーン・オースティンの諸作からE・M・フォースターの『ハワーズ・エンド』『眺めのいい部屋』、そして現代作家のカズオ・イシグロ『日の名残り』、イアン・マキューアン『贖罪』(映画題名『つぐない』)などなど。ダフネ・デュ・モーリアの『レベッカ』などを変種として挙げるとすれば、もっと増えるだろう。こう見てくると、英国のお屋敷の描き方もいろいろだ。美しい風景に見事な洋館が出て来ると、実に「絵になる」。そこにはロマンスや犯罪がよく似合う。この映画は「秘密のロマンス」が一生を決めた様を忘れがたく描いた。