尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

李相日監督『流浪の月』、心の中の秘密の場所

2022年06月01日 22時23分16秒 | 映画 (新作日本映画)
 凪良ゆうの2020年本屋大賞受賞作を李相日(リ・サンイル)監督が映画化した『流浪の月』を見た。主演者(広瀬すず松坂桃李)や原作の名で見る人が多いと思うけれど、僕はまず李相日監督だから見るべきだと思った。初期の作品(『69』や『スクラップヘブン』まで)は、それなりに満足しつつも中途半端感があった。しかし、続く『フラガール』(2006)や『悪人』(2010)はほぼ満点だったし、その後の『許されざる者』『怒り』も完全には納得出来なかったが間違いなく力作だった。

 そこで今回の『流浪の月』も見なくてはとチェックしておいた。そして十分に満足したけれど、見るものを選ぶ作品だなとも思った。原作の設定を受け入れられない人もいるのではないか。映画としては力作だけど、いつも以上に(内容的にも、画面的にも)暗い。感触も少し今までと違っている。それは何だろうと思ったら、撮影を韓国のホン・ギョンポが担当していた。『パラサイト 半地下の家族』を撮影した人である。他にも『母なる証明』『バーニング劇場版』などを撮影していて、そう言われてみると何となくタッチが似ているような気がする。どこか日本じゃない場所で撮ったような画面が効果を上げている。

 最近本屋大賞受賞作はほとんど読んでなくて、今回も未読。何となく「誘拐」が絡むことは事前に知ってたけど、細かなストーリーは知らないで見た。映画は最近になく、過去と現在が複雑に絡み合って進む。主人公は家内更紗(かない・さらさ=広瀬すず)という25歳の女性。ファミレスでアルバイトしているが、上場企業に勤める中瀬亮横浜流星)と同棲している。広瀬すずも大人になったなあという感慨を覚えるラブシーンをやっている。更紗には「秘密」があり、それは15年前「男に誘拐された被害者」だったのである。亮は事件を知った上で、結婚を考えている。
(更紗と婚約者)
 10歳の更紗(白鳥玉季)は両親が亡くなり叔母の家にいたが、家に帰りたくない事情がある。公園で本を読んでいたら雨が降ってきて、同じように本を読んでいた19歳の佐伯文(さえき・ふみ=松坂桃李)が傘を差し掛ける。家に来るかと聞かれ、付いて行ってそのまま帰りたくないという。ずっと一緒にいて2ヶ月学校にも行かなかったら、テレビで女児行方不明のニュースになった。ある日、湖で文が逮捕され、「誘拐犯」と「被害女児」になった。逮捕シーンは居合わせた人がスマホで撮影し、SNSで騒がれて今も見られる。それから15年、更紗は深夜に入ったカフェでコーヒーを入れていた文と突然再会したのだった。
(再会した文と更紗)
 更紗は警察で「あること」を告白できず、だから文に負い目を持って生きてきた。実は文と暮らした2ヶ月だけが、人生で心安らぐ日々だったのだ。亮に対しては、好きになってくれたから愛していないのにセックスに応えて来た。文と再会し、つい毎日のようにカフェに足が向き、亮も怪しく思い出し、ネット上や週刊誌に「15年前の被害者を犯人が見つけた」といった記事が出回る。更紗はその写真は亮が撮ったと思い、家を出て文が住んでいるアパートの隣室に移り住むが亮は追ってくる。

 ここら辺の筋は書いていても、なかなか納得しにくい。映画はひんぱんに関係者の過去・現在を行き来し、それぞれの「孤独」を見つめる。世の中から納得されないながらも、更紗と文は「心の中の秘密の場所」で結びついていることが判ってくる。それは性的なものではない。むしろ性的でないことによって、二人は居場所をともにできたのだった。文は交際している谷あゆみ多部未華子)を大切にしていたが、それでも性的な結びつきはなかった。世間的には「ロリコン」「小児性愛」と非難され続けた文にも、実はトラウマと秘密があったことが判ってきて、この二人の関係が実は分かちがたいものだと当人たちも理解してゆく。
(子ども時代の更紗)
 暗い情念が画面からヒリヒリ伝わってくる映画。二人の関係が「ロリコン」というようなものじゃなかったとしても、やはり見ていて元気が出るようなものじゃなく、どこか秘密めいた関係であることは否めない。だから並みの「誘拐」じゃないことに納得は出来ても、こんな暗い映画は見たくないと思う人はいるだろう。それでも映画に引き込まれるのは、松坂桃李の(『弧狼の血 REVEL2』とは全く相反した)存在感の凄さ、そして子役の白鳥玉季の素晴らしい演技である。ポーの詩集を読んでいる文、それを声に出してと頼む更紗。二人の孤独な姿が心に染み入るシーンを観客だけが知る。

 主に長野県の松本で撮影されたようだが、何か人工的な空間のような映像が続く。それが「人の心の中にある秘密の場所」にふさわしい。文と更紗のようなものでなくても、人は「秘密の場所」を持っているものではないか。それが暗い映画なのに忘れがたいものにしていると思う。また、原摩利彦の音楽、種田陽平の美術の素晴らしさも特筆される。(なお、湖シーンのロケは長野県の青木湖、木崎湖、文と更紗がスワンボートに乗るのは東京大田区の洗足池だという。)ところで、「かない」と言ってるから「金井」かと思っていたら、ウェブサイトを見ると「家内」だった。「ドライブ・マイ・カー」の主人公は「家福」だったけど、そんな姓は実在するのかな。力作だし感動もしたが、ちょっとビターな後味が残る。
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