フランスの女性監督、ミア・ハンセン=ラブ(Mia Hansen-Løve、1981~)の『ベルイマン島にて』という映画を見た。チラシを見て、あまりにも美しい風景に魅せられて気になっていたんだけど、時間が合わなかった。調べたら今週からお昼に一回の上映に変わったので、ようやく見られた(シネスイッチ銀座)。予想通り、非常に美しい風景に感嘆して心奪われてしまった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/5b/33/c99dafdbd3d72cde71a360f893acf17a_s.jpg)
「ベルイマン島」なんていう島はない。本当はフォーレ島というんだけど、スウェーデンの有名な映画監督イングマル・ベルイマンが映画のロケに使って気に入り、その後住むことになった島である。ベルイマンの家が残り、ベルイマンの映画を見せる文化センターがある。ベルイマン関連の名所めぐりをする「ベルイマン・サファリ」というバスまで出て来る。場所はバルト海に浮かぶスウェーデン最大の島ゴトランド島(アニメ『魔女の宅急便』のモデルと言われる美しい家が建ち並ぶ島)の北で、橋でつながっているということだ。ベルイマン映画では荒涼たる感じだが、この映画は夏なのでとても気持ちが良い風景が広がっている。
(フォーレ島)
冒頭で二人の男女が船でフォーレ島に向かっている。二人とも映画監督で、島には難航している脚本執筆にやって来たのである。女はクリス(ヴィッキー・クリープス、1983~)、男はトニー(ティム・ロス、1961~)といって、二人は夫婦で子どもが一人いる。俳優の年齢を見れば判るように「年の差」カップルだが、過去は全く説明されない。二人はまず宿を訪ねるが、ベルイマン映画に憧れて滞在する芸術家向けの宿が用意されている。トニーは文化センターで作品上映会があり、多くのファンが訪れているから有名監督らしい。クリスはまだ若くて脚本も行き詰まっていて、同居していたら書けないと言って向かいの風車で過ごすと言う。
(ベルイマン関係の宿泊所)
映画内でベルイマン「名所めぐり」をして、様々な人とベルイマンにまつわる話をするのも楽しい。ベルイマンは9人の子どもがいて、相手の女性は6人だとか。果たしてちゃんと子育てに協力していたのか。世界的映画50本に加え、たくさんの演劇・オペラ演出を抱えていたら、オムツ替えてるヒマはないだろうとか。ベルイマンの暗く沈鬱な作風に批判的な人もいるし、徴兵されて病気で帰されたのを批判する人もいる。(恐怖で病気になったんだ、大戦ではスウェーデンは中立だったのに、とか言われている。)ベルイマンがテーマの映画ではないが、ベルイマンに関する言及が多いのでたくさん見てるほど興味深く見られる映画だろう。
(劇中劇の主人公がサイクリング)
で、どうなるんだろう、この映画も「芸術家の苦悩」映画になっていくのか。ここが『ある結婚の風景』を撮影した部屋とか言ってるから、二人の関係も壊れてしまうのか。(ちなみに『ある結婚の風景』はテレビ向け連続ドラマとして作られた。最初は仲良かったように見えた夫婦の関係が次第に破綻していく。テレビで大反響を呼んで、スウェーデンで離婚が増えたと言われる。その後、映画版が作られ、日本でも公開された。)と思うと、ちょっと違って「劇中劇」になっていく。クリスの脚本が行き詰まって、それをトニーに聞いてもらう。そうすると、その脚本が実体化して映像で見られるわけである。
(劇中劇の主人公)
フォーレ島で結婚式があり、脚本はその間の3日だけを描く。ニューヨークから来たエイミー(ミア・ワシコウスカ)はシングルマザーの映画監督。15歳の時に出会った17歳のノルウェー少年に恋したが、早すぎて破綻。20歳過ぎに再会したが、今度は遅すぎて実らなかった。その相手ヨセフ(アンデルシュ・ダニエルセン・リー)も仲間だったので、一緒のフェリーで結婚式に呼ばれてる。最初は周りに配慮して知らないフリしてるけど、エイミーはまだくすぶってた恋の思いが再燃する。ヨセフは結婚を考える相手がいるが、島にいるとエイミーの気持ちに応えるようになる…。で、どうなるって時にトニーのスマホが鳴って、ああ劇中劇だった。
(ミア・ハンセン=ラブ監督)
こういう風に、クリス=トニー関係、エイミー=ヨセフ関係が二重になっていて、さらにベルイマンにまつわる現実とフィクションが二重になっている。と言うと、面倒くさいように思うけど、基本は劇中劇の青春の恋の悩みである。ミア・ハンセン=ラブは17歳でオリヴィエ・アサイヤス監督作品で映画デビュー、2007年の『すべてが許される』で監督になった。その後『あの夏の子供たち』『グッバイ・ファーストラブ』『エデン』『未来よこんにちは』などを作っている。僕もいくつか見ているが、どうも今ひとつパンチに欠けた青春映画の印象がある。どうやら監督自身の実体験も絡んでいるらしい。他の若手監督の多くが移民、LGBT、都市近郊の荒廃など社会的テーマを扱う中で、ちょっと違う道を進んでいる。
クリス役のヴィッキー・クリープスは『ファントム・スレッド』で準主役のウェートレスだった人。エイミー役のミア・ワシコウスカはティム・バートン『アリス・イン・ワンダーランド』のアリス役だった人。この二人の魅力が映画を支えている。美しい風景に見合うだけの存在感のある若手俳優として見事。主人公夫婦はアメリカ出身という設定で、ほぼ英語を話している。ベルイマン関係の説明もほとんど英語で、なかなか判りやすいんだけど、下に字幕があるからそっちを見てしまう。このぐらいの英語を理解出来れば、ベルイマン映画に関する話も英語で出来ると判る。
だから、映画内では「ベルイマン」(Bergman)は、ほぼ「バーグマン」と発音されている。ベルイマン夫妻の墓も出て来るが、妻の名は「イングリッド」だった。まるでスウェーデン出身の大女優イングリッド・バーグマンと一緒のお墓なのかと間違う映画ファンはいないと思うけど、念のため。とにかく風景が美しいので、それを見るだけでも価値がある。一度は行きたいなあと思わせる映画だった。こういう風に、芸術家の記憶と結びついた観光地は、日本にもあるだろうか。こういう作品が日本でも見てみたい。
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「ベルイマン島」なんていう島はない。本当はフォーレ島というんだけど、スウェーデンの有名な映画監督イングマル・ベルイマンが映画のロケに使って気に入り、その後住むことになった島である。ベルイマンの家が残り、ベルイマンの映画を見せる文化センターがある。ベルイマン関連の名所めぐりをする「ベルイマン・サファリ」というバスまで出て来る。場所はバルト海に浮かぶスウェーデン最大の島ゴトランド島(アニメ『魔女の宅急便』のモデルと言われる美しい家が建ち並ぶ島)の北で、橋でつながっているということだ。ベルイマン映画では荒涼たる感じだが、この映画は夏なのでとても気持ちが良い風景が広がっている。
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冒頭で二人の男女が船でフォーレ島に向かっている。二人とも映画監督で、島には難航している脚本執筆にやって来たのである。女はクリス(ヴィッキー・クリープス、1983~)、男はトニー(ティム・ロス、1961~)といって、二人は夫婦で子どもが一人いる。俳優の年齢を見れば判るように「年の差」カップルだが、過去は全く説明されない。二人はまず宿を訪ねるが、ベルイマン映画に憧れて滞在する芸術家向けの宿が用意されている。トニーは文化センターで作品上映会があり、多くのファンが訪れているから有名監督らしい。クリスはまだ若くて脚本も行き詰まっていて、同居していたら書けないと言って向かいの風車で過ごすと言う。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/5c/0a/5cb052fb244c2b5772ebf1c37616a6f8_s.jpg)
映画内でベルイマン「名所めぐり」をして、様々な人とベルイマンにまつわる話をするのも楽しい。ベルイマンは9人の子どもがいて、相手の女性は6人だとか。果たしてちゃんと子育てに協力していたのか。世界的映画50本に加え、たくさんの演劇・オペラ演出を抱えていたら、オムツ替えてるヒマはないだろうとか。ベルイマンの暗く沈鬱な作風に批判的な人もいるし、徴兵されて病気で帰されたのを批判する人もいる。(恐怖で病気になったんだ、大戦ではスウェーデンは中立だったのに、とか言われている。)ベルイマンがテーマの映画ではないが、ベルイマンに関する言及が多いのでたくさん見てるほど興味深く見られる映画だろう。
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で、どうなるんだろう、この映画も「芸術家の苦悩」映画になっていくのか。ここが『ある結婚の風景』を撮影した部屋とか言ってるから、二人の関係も壊れてしまうのか。(ちなみに『ある結婚の風景』はテレビ向け連続ドラマとして作られた。最初は仲良かったように見えた夫婦の関係が次第に破綻していく。テレビで大反響を呼んで、スウェーデンで離婚が増えたと言われる。その後、映画版が作られ、日本でも公開された。)と思うと、ちょっと違って「劇中劇」になっていく。クリスの脚本が行き詰まって、それをトニーに聞いてもらう。そうすると、その脚本が実体化して映像で見られるわけである。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/03/08/ad58a9927e599e5ecaa7eeacda7368e5_s.jpg)
フォーレ島で結婚式があり、脚本はその間の3日だけを描く。ニューヨークから来たエイミー(ミア・ワシコウスカ)はシングルマザーの映画監督。15歳の時に出会った17歳のノルウェー少年に恋したが、早すぎて破綻。20歳過ぎに再会したが、今度は遅すぎて実らなかった。その相手ヨセフ(アンデルシュ・ダニエルセン・リー)も仲間だったので、一緒のフェリーで結婚式に呼ばれてる。最初は周りに配慮して知らないフリしてるけど、エイミーはまだくすぶってた恋の思いが再燃する。ヨセフは結婚を考える相手がいるが、島にいるとエイミーの気持ちに応えるようになる…。で、どうなるって時にトニーのスマホが鳴って、ああ劇中劇だった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/63/c3/e77d26177e3561d1dc7e8095e447ebec_s.jpg)
こういう風に、クリス=トニー関係、エイミー=ヨセフ関係が二重になっていて、さらにベルイマンにまつわる現実とフィクションが二重になっている。と言うと、面倒くさいように思うけど、基本は劇中劇の青春の恋の悩みである。ミア・ハンセン=ラブは17歳でオリヴィエ・アサイヤス監督作品で映画デビュー、2007年の『すべてが許される』で監督になった。その後『あの夏の子供たち』『グッバイ・ファーストラブ』『エデン』『未来よこんにちは』などを作っている。僕もいくつか見ているが、どうも今ひとつパンチに欠けた青春映画の印象がある。どうやら監督自身の実体験も絡んでいるらしい。他の若手監督の多くが移民、LGBT、都市近郊の荒廃など社会的テーマを扱う中で、ちょっと違う道を進んでいる。
クリス役のヴィッキー・クリープスは『ファントム・スレッド』で準主役のウェートレスだった人。エイミー役のミア・ワシコウスカはティム・バートン『アリス・イン・ワンダーランド』のアリス役だった人。この二人の魅力が映画を支えている。美しい風景に見合うだけの存在感のある若手俳優として見事。主人公夫婦はアメリカ出身という設定で、ほぼ英語を話している。ベルイマン関係の説明もほとんど英語で、なかなか判りやすいんだけど、下に字幕があるからそっちを見てしまう。このぐらいの英語を理解出来れば、ベルイマン映画に関する話も英語で出来ると判る。
だから、映画内では「ベルイマン」(Bergman)は、ほぼ「バーグマン」と発音されている。ベルイマン夫妻の墓も出て来るが、妻の名は「イングリッド」だった。まるでスウェーデン出身の大女優イングリッド・バーグマンと一緒のお墓なのかと間違う映画ファンはいないと思うけど、念のため。とにかく風景が美しいので、それを見るだけでも価値がある。一度は行きたいなあと思わせる映画だった。こういう風に、芸術家の記憶と結びついた観光地は、日本にもあるだろうか。こういう作品が日本でも見てみたい。